第14回 標準的ではない治療の選択をめぐって揺れる患者の思い
- 公開日: 2015/11/12
医療者が患者の治療・ケアを行ううえで、患者の考えを理解することは不可欠です。しかし、看護の現場では、複数の患者への治療や処置が決められた時間に適切に実施されなければならないことが日常的です。また、心身が辛い中で療養している患者は、忙しそうに働いている看護師に対して、自分から治療や生活上の悩みや困難を訴えるのも勇気のいることでしょう。
そこで、患者の病いの語りをデータベースとして提供しているDIPEx-Japanのウェブサイトから、普段はなかなか耳にすることができない患者の気持ち・思い・考えを紹介しながら、よりよい看護のあり方について、読者の皆さんとともに考えてみたいと思います。
手術・抗がん剤・放射線と一通りのがん治療を終わっても、再発のリスクや不安に怯え、そのストレスとどのように付き合ってゆくべきか、悩むひとは少なくありません。さまざまな民間療法や健康食品、効果の明らかでない試験的治療、それらの情報の中で語られるいろいろな思い――そこからは病気の治療・看護にあたる私達が心にとめて置かなければならない多くの問題が浮かび上がってきます。
なぜ補完代替療法を求めるのか?
27歳で乳がんと診断された女性(インタビュー時:33歳)
それでも、やっぱり、不安だったんですよ。何かしなきゃいけないと思って。
自分は、免疫療法っていうのをやりました。それも、何か、ネットのお友達が教えてくれて、「今は、何か怪しげな療法に思うかもしれないけど、今から、たぶん、ちゃんとした治療になるよ」って友達に言われて。
(中略)でも、何もしないのが怖かったので、「とにかく、それだけはさせてください」って言って、それだけ、6本打って。それからは、ほんとに、もう無治療ですね。あとは、ほんとに、何もしてない。健康食品も全くしていないし。浄水器もカートリッジが切れたまんまだし(笑)。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン 乳がんの語り」より
20代の若さで死と直面する恐怖、それでも何かしなければという気持ちで受けた”免疫療法”―
それは効果への期待よりも、むしろ自分の不安を落ち着けるための選択であったのかもしれません。その選択は、必ずしも年齢や病気の違いで決まるものでもないようです。
例えば、70歳で前立腺がんと診断された男性も「いろいろな代替療法をやることはみんなやったんだと。悔いのないがんとの闘いで、やることはやったんだということで亡くなっていく。私はもしがんで死んだとすれば、そういうふうにありたい」と語っています。
しかし他方では、効果も明かでない治療法に疑問を感じている理性的な判断もあります。先々の経済的負担も考えれば、費用も当然問題になります。
39歳で乳がんと診断され、手術後10ヶ月で転移が見つかった女性(インタビュー時44歳)
免疫療法とか、「これをやると免疫が上がるから、がんが治る」、「その食事で免疫を上げる」とかね、「前向きな気持ちで免疫を上げる」とかって。「じゃあ、免疫を上げるって何?」、「それががんにどう作用するの?」っていうことは全然ブラックボックスで、そこばっかり使われて、何か免疫信仰みたいな、私にはそれが感じられて。
で、患者仲間にもやっぱりいますよね、結構。あの、「とにかく免疫を上げなきゃ」っていうことで、いろいろやっている人もたくさんいる。(中略)それは、 まだこれから先の研究段階の話だし、いろんな治療を確立されて、保険適用になって使うべきもの。そのなけなしのお金をね、つぎ込むものじゃないっていうふうに思います。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン 乳がんの語り」より
多くの患者さんの気持ちは、おそらく上に示した事例の両極の間で揺れ動いているのではないでしょうか。代替医療を勧めてくれる相手が家族や親しい友人である場合は、相手の気持ちを傷つけまいという配慮も働いて、その判断はさらに複雑になります。
そんなときに、治療や看護にあたっている私達にその判断を求めてくる場合もあるでしょう。その治療に、何らかの有害性が予想される場合や、あまりに高額で経済的な負担も大きい場合は、医学的な観点から詳しい情報を提供することで、適切な判断ができるように支援する必要があります。
しかし、その場合にも、まずは相手がどんな気持ちで、何に悩んでいるかをきちんと見極めて、どのように伝えることがその支えになるかを考えながら言葉を選ぶ必要があります。
「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(通称:DIPEx-Japan)
英国オックスフォード大学で作られているDIPExをモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)です。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指します。