第4回 誤嚥と誤嚥性肺炎の予防―不顕性誤嚥を例に
- 公開日: 2016/1/11
- 更新日: 2021/1/6
本連載では、摂食嚥下障害を初めて学ぶ方も理解できるよう、摂食嚥下障害の基本とともに、臨床症状や実際の症例を通じて最新の嚥下リハ・ケアの考え方を解説します。
「ムセ」=誤嚥性肺炎?
「これまで一度も誤嚥をしたことがない」という人はいないでしょう。食事中に嚥下のタイミングがズレたり、不用意に息を吸ったりして、ひどくムセた経験は誰にでもあります。では、そのときに肺炎になったかというとそうではなく、おそらくムセて辛い思いをしただけで肺炎にはならなかったと思います。それはナゼでしょうか?
今回は誤嚥と誤嚥性肺炎の関係について解説します。
誤嚥性肺炎発症のバランス
すべての誤嚥が誤嚥性肺炎に繋がるわけではありません。誤嚥に引き続き肺炎が生じるかどうかは、侵襲と抵抗のバランスで決まります(図1)。
侵襲と抵抗のバランスが重要です。侵襲が重くなるか抵抗が軽くなると、バランスが左に傾き肺炎を発症します。嚥下臨床の時には、誤嚥の有無だけでなく抵抗にも目を向ける必要があります
侵襲が大きくなるか、もしくは抵抗が小さくなったときに誤嚥が肺炎へとつながります。
侵襲とは、誤嚥物の量、性質(気道への為害性)であり、抵抗とは、呼吸・喀出機能、免疫機能が該当します。誤嚥されたものが少量で為害性がなければ肺炎は生じませんし、ある程度の量を誤嚥しても喀出が可能で免疫機能が働けば肺炎にはなりません。
不顕性誤嚥
誤嚥性肺炎発症のバランスを崩す典型例は、不顕性誤嚥です。
不顕性誤嚥は「ムセの無い誤嚥」とされており、誤嚥物が気管内に入っても咳嗽反射が生じない状態です。すなわち、誤嚥物が喀出されずに、気管・肺内に入ったままになるためバランスが崩れて肺炎のリスクが高くなります。不顕性誤嚥は、パーキンソン病(症候群、関連疾患を含む)や大脳基底核の脳卒中で多くみられるので注意が必要です。
バランスから考える誤嚥性肺炎の予防
A.侵襲の軽減
- 誤嚥量を減らす:嚥下訓練や適切な食事介助を行うことで誤嚥量を減らすことができます。どうしても誤嚥してしまう場合は経管栄養も選択されますが、それも食事による誤嚥の量を減らすことが主目的です。
- 誤嚥物の性質改善:口腔ケアを行うことで誤嚥物の性質を改善することができます。唾液中には口腔内の細菌が大量に含まれており、不潔な唾液中には1mL中に109個の細菌が存在すると言われていますが、その濃度は口腔ケアにより低下します。口腔ケアで唾液中の細菌数を減じることで、唾液を誤嚥したときの侵襲を軽減できます。
- 胃食道逆流の予防:胃内容物が食道に逆流することを胃食道逆流といいますが、その逆流物が食道にとどまらず咽頭にまで到達することがあります。ご存知のように胃酸は酸性度が高いため、誤嚥してしまうと気道にとって大きな侵襲となります。逆流の予防としては、消化管運動促進剤や下剤、制酸剤の処方が行われますが、食後水平位の禁止、胃瘻症例においては栄養剤の半固形化なども有効です。
B.抵抗の向上
- 免疫機能を上げる:誤嚥性肺炎も肺炎球菌によるものが多いため、その対策として肺炎球菌ワクチンの接種が有効です。ワクチン以外にも栄養状態の改善も免疫機能の向上につながります。
- 喀出機能の改善:ここでは詳細は割愛しますが、ACE阻害薬やアマンタジン、シロスタゾール、半夏厚朴湯が咳嗽反射の改善に有効とされています。薬剤は主作用・副作用があるため使用できる症例は限られますが、咳嗽反射改善の一つの方法としては知っておくとよいでしょう。喀出機能を維持・改善するには呼吸理学療法も有効です。また、誤嚥した場合は呼吸理学療法の排痰法を応用することで、誤嚥物を排出することができます。
誤嚥=誤嚥性肺炎ではない!
前回の「摂食嚥下機能の検査」で「誤嚥を見つけて禁食」は間違い!といいましたが、今回の解説でその理由が理解できたかと思います。バランスで考えれば分かるように、誤嚥の有無は誤嚥性肺炎発症の一つの因子にすぎません。「『検査場面の誤嚥の有無』と『CT画像上の肺炎の有無』には関連がなかった」という報告もあります(図2)。
検査食が全て気管の中に入っています(矢印)が、この後の咳により誤嚥物は完全に喀出されました。これだけ誤嚥していますが、この患者さんは肺炎の既往がありません。
誤嚥していても、それ以外の因子を改善できれば、肺炎のリスクは軽減できます。口腔ケアをしっかり行い、胃食道逆流を予防し、ワクチンを接種し、栄養状態を改善し、咳嗽反射を促す薬剤を服用し、呼吸理学療法を行えば、誤嚥していても肺炎になることなく食べ続けられるかもしれません。
誤嚥性肺炎の予防は多面的なアプローチが有効です。