第9回 客観的情報を伝える医師の役割(前編)
- 公開日: 2011/9/13
今回は、在宅ホスピスの医師として、患者さんを看取る子どもを含めた家族にかかわってきた、川越厚さんに「客観的情報を伝える」という医師の役割について、子どもへのケアが整いやすい在宅ホスピスの例をもとに紹介してもらいます。
子どものショックをフォローできることが条件
在宅ホスピスでは、疾患をもつその人と家族とを合わせてケアの対象と見なしてかかわっています。ですから、患者さんの子どもにも、患者さんの状況をきちんと話すことが多いです。それが、子どもへのケアになると考えているからです。
ただし、どのようなケースでも無条件に子どもに親の病状を話すわけではありません。子どもに話をするのは、患者さんやそのパートナーが望むとき、さらに告知後のフォロー体制が整っている場合に限ります。
というのは、親の病気について子どもに告知した後は、必ずリバウンドがあるからです。そうした子どもの反応をしっかり支えないと、大人が思いもよらないところで子どもが深く傷付くことがあります。親がそこをフォローできない状況なら、話をするべきではないと考えています。
親の看取りを通じて、子どもは生きることの大切さを実体験することになり、大きな成長を遂げます。子どもに親の病気について話をするということは、子どものケアにもなるので、条件がそろっているのであれば、話をするべきでしょう。
その際の医師の役割は、「客観的情報」を伝えることだと考えています。どのような病気なのか、余命はどれくらいなのか、臨死期にはどのようなことが起こるのかといった病態の説明から、新たな症状が出てくる可能性、症状の悪化などについて、わかりやすく説明すること──科学的な客観的事実の説明が医師の第一の役割なのです。
子どもには、わかりやすい言葉で説明する必要があります。そのような実践の様子がわかる事例を紹介します。
事例[1]──親の病状を伝え、残された時間を側で過ごす
乳がんが再発し、在宅で終末期を過ごすため療養していた40歳代の女性には、夫と小学校6年生の男の子Aくんという家族がいました。
このご夫婦は、がんを発症する前からお互いに何かあった場合には、隠すことなくすべて伝え合おうと話し合っていました。ただ、子どもに対してどうするかは決めていなかったため、当初は病状などを知らせていませんでした。
Aくんは、友達と遊ぶために、学校から帰るとすぐに外出し、母親の側にいることがあまりありませんでした。亡くなる約3週間前、母親は自分がAくんに何もしてあげられないこと、Aくんが何も知らないまま自分がいなくなってしまうことが耐えられなくなっていました。
ご夫婦から「Aに、病気についての話をしたい」という相談を受け、私はそれを後押ししました。最初は父親がAくんに伝えましたが、病気の部分については十分に伝えられなかったため、医師である私から話をしてほしいと依頼されました。
そこで私は、小学校6年生という年齢を考慮し、Aくんに母親の病気のことを次のように伝えました。
「お母さんは、体に悪い物ができて、それを手術で取ったのだけれど、また悪い物ができてしまった。それが体の中にどんどん広がっていき、我が物顔でのさばっているんだ。それがいつまでのさばるかといえば、死ぬまでなんだよ。
お母さんは、君を残していくことでとてもつらい思いをしているし、君に側にいてほしいと思っている。だから、君が遊びに行ってしまうと寂しいんだよ。できるだけ側にいてあげてほしい。もうすぐ心臓が止まってしまうんだよ」
病状の悪化とともに、Aくんの理解も進んで
私のその言葉を子どもも理解したようでしたが、それでも遊びに出かけていく状況は変わりませんでした。Aくんからすれば、母親が食事の支度をしている様子を見れば、医師から深刻な状況について聞かされても、それほど状態が悪いのだとは感じられないのでしょう。
また、状況を受け止めるには時間がかかるものです。3~4回ほど、患者さんの状態を見ながら繰り返し話をしていきました。
徐々に母親は動けなくなり、いずれは意識もなくなっていきます。そうした病状の変化に合わせて、Aくんが「母親は間もなくいなくなるのだ」ということを理解できるように、段階を踏んで具体的なことを説明していきました。
次第にAくんが、母親の側で過ごす時間も増えていき、その後、母親が亡くなったときAくんは落ち着いた様子で、父親を手伝っていました。
病気について、一般の人が子どもに説明するのには限界があります。客観的情報は、医師から説明し、子どもの理解や反応を親が受け止めます。患者さんや家族の様子を看護師が確認し、状況の変化によって補足説明などの必要があれば、改めて医師が対応します。
このケースでもそうでしたが、このように段階を踏んで進めていくのがよいと考えています。
(『ナース専科マガジン』2010年10月号より転載)
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