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【連載】看護の力で全人的痛みを緩和する! ~がん患者の緩和ケア~

グリーフケアとしての緩和ケア

  • 公開日: 2019/1/15

 がん患者の痛みや苦しみは、症状によるものだけでなく、社会的・精神的・スピリチュアルなものまでさまざまであることを、特集の冒頭でご紹介しました。緩和ケアは、このように患者がもつ全人的苦痛に対するケアといえますが、同時に家族の抱える痛みへのケアでもあるといえるでしょう。それは例えば、がんにより患者を亡くした家族へのグリーフケアでもあり、ともすれば周囲の親しい人々や自分の肉体とも別れつつある患者自身のグリーフケアでもあるのではないでしょうか。

 本稿では、「グリーフケアとしての緩和ケア」と題し、がんによる妻を亡くした夫へのケアの事例を紹介します。


1. 乳がんが全身に転移し緩和ケア病棟への入院に

 Eさんは70歳代の女性でした。2年前に乳がんが見つかり、80歳代の夫・長男と同居しつつ標準的治療を受けましたが、まもなく肺・リンパ節・骨に転移が見つかり、ついに緩和ケア病棟への入院となりました。

 入院中、Eさんは穏やかでスタッフとも良好な関係性を築き、キーパーソンである夫がほぼ毎日面会に来ており仲もよく、ほほえましい気持ちになるようなご夫婦でした。当初は意識も明瞭でADLも保たれていましたが、徐々に食事が進まなくなり、せん妄がみられはじめ、骨転移による痛みが現れ、歩行困難になりました。

 こうして、亡くなる1カ月ほど前には、モルヒネの持続皮下注射を行うとともにケアは全介助となり、ベッド上で臥床する生活となりました。次第に、悪液質によるるい痩から褥瘡を生じ、褥瘡は臀部の大部分に及び、筋層までに至る深度のものでした。がんによる痛みと褥瘡の痛みからせん妄はさらに悪化し、以前のように夫婦でコミュニケーションをとることも難しくなっていきました。

2. 痛みとせん妄のなか「家に帰りたい」という言葉が

 Eさんのせん妄は、骨転移による高カルシウム血症やさまざまな電解質異常、痛みなど複合した要因から起こっていると考えられました。そのため非常にコントロールが難しいものでした。せん妄により、Eさんは夫に攻撃的な言葉をぶつけることが徐々に増えていきました。せん妄が見られないときのEさんは、落ち着いているように見えましたが、病状の進行により失われていく機能、死を前に訪れるはずの家族との別れなど、さまざまな喪失から悲嘆ががあるとアセスメントしました。Eさんの顔から笑顔も少なくなっていきました。

 そんなEさんから、あるとき「家に帰りたい」という言葉が聞かれるようになりました。

 Eさんの夫は、いつも弱音を吐くことなく、Eさんにもスタッフにも明るく振舞っていました。せん妄による暴言があっても毎日病院を訪れ、見舞いを欠かしたことがありません。そんな夫の様子と、Eさんの口から聞かれた「家に帰りたい」という思いを前に、私たちは、Eさんを自宅に帰す準備──日帰りでもよいからと、自宅に一度帰してあげたいと考えました。

 ところがある日、夫にEさんの一時帰宅を提案してみると、「無理です」とにべもない返事でした。それでも私たちは、夫も納得の上でさまざまな準備を行い、2泊3日の一時帰宅を試みましたが、なんとか帰宅したものの「やはり無理です」と、その日中にEさんは夫に連れられて、病院に戻ってきてしまいました。

 この出来事を踏まえ、私は、夫が在宅でEさんと一緒に過ごすよりも、毎日の面会で過ごすほうが、夫自身の生活リズムを保つことができ、なおかつ夫婦としての関係性を良好に保つことができるのだろうと想像しました。面会時も夫婦だけで過ごすというよりは、看護師やほかの患者たちを交えて、コミュニケーションをとっている様子でした。もしかすると、夫にとって2人だけで向き合うことはつらく、精神的な負担になってしまうのかもしれないと考えました。夫が80歳代と高齢でもあり、身体的な負担があることも考慮しなければと思いました。

3. 穏やかで安らかで良い関係を築く方向に

 そこで私たちは、Eさんと夫に対し、院内で少しでもよい関係で、穏やかで安らかな気持ちで過ごしてもらえるようにケアを切り替えました。できるだけEさんの夜間の睡眠を確保し、それでも日中にせん妄を発症してしまい、夫への攻撃的な言葉が出てしまうときには、これはせん妄が原因であり、Eさんの意思ではないことを夫に繰り返し説明しました。また、せん妄の状態を細やかに観察し、悪化しそうなときは、事前に夫にその旨を伝えるように心がけました。

 精神状態によって疼痛の強さも変化するため、できるだけ穏やかに接するよう心がけ、モルヒネの持続皮下注射による疼痛コントロールを徹底しました。また、ケアや処置を行うときには、体動や刺激による痛みが生じないようにモルヒネの皮下注射の動作前レスキューを活用したりと、細心の注意を払いました。

 夫に対しては、表面には表れない悲嘆やつらさがあることを念頭におき、夫の身体的・精神的な負担になることを増やさないように心がけました。そしてチーム全体で、「何よりEさんを大切にする」ことを目標にケアに取り組みました。このチームの姿勢がきっと夫の心に届き、胸の内の悲嘆やつらさを癒すのではないかと考えていたからです。

 Eさんは、最期は夫に見守られながら永眠されました。こうして、およそ1年にわたる長期の入院生活を終えられたそうです。

4. ある日自宅のポストに届いた1通の手紙

 実は、筆者はEさんが亡くなられる1カ月ほど前にこの職場を退職しており、Eさんの最期を看取ることはできませんでした。しかしEさんが亡くなられておよそひと月が経過したころ、筆者の自宅にEさんの夫から手紙が届きました。

 そこには感謝の言葉とともにご自身の近況が記されており、封筒には名前のみで住所は記されておらず、直接ポストに投函してくださったようでした。それから半年に1度ほどのペースで、夫からは近況を記した手紙が届くようになりました。

 1通目の夫からの手紙には、「妻とずっといられてよかった」「喪ってもまだそばにいるような気がする」といったことが綴られていました。住所が書かれていなかったことは、返事は不要というサインだと捉えました。筆者への配慮もあると思いましたが、もしかすると手紙を書き、筆者へ届けること自体が、夫自身のグリーフケアなのかもしれないと思いました。

 その後も、Eさんの夫とは家が近所であったため、玄関先などで偶然に会い「手紙を読みましたよ」といった、他愛ないやり取りをすることもありました。そんな関係がしばらく続いたある日、ちょうどEさんが亡くなってから2年ほど経ったころでしょうか。それまでの近況報告とは少し違った、切羽詰った内容の手紙が届いたのです。

 それは、「医療的な問題で知人が大変困っているので、どうか力を貸してほしい」というものでした。便箋には、はじめてメールアドレスが記されていたので連絡をとり、筆者も在宅医療にかかわる者として、できるかぎりの方法で知り合いの方の問題解決のためのサポート体制を整えました。その後、なんとか問題が解決に向かいはじめたころ、夫から1通のお礼のメールが届き、「心配事が1つ減りました」というコメントとともに、「今ある人間力をもっともっと高めて、素敵な緩和ケア認定看護師になってください」と、感謝の言葉が述べられていました。

 そして、このメールからたったの10日後に、Eさんの夫の訃報が郵便で届いたのです。実は夫は、前立腺がんを患っており、かなり状態が悪かったことが伺われました。筆者が知り合いの方の件で最後に会ったときには元気な様子だったので、突然の訃報にとても驚きました。

 自身の余命が幾ばくもないという状況のなかで、知人の抱える問題を心配し、解決への手を差し伸べ、役割を全うして逝かれたことに感服しました。そして同時に、このように自身の役割を果たしていくことが、もしかしたら夫自身の自らの死へのグリーフケアであり、最期の役割であったのかもしれないとも考えました。

 筆者自身にとっても、看護師として地域住民として、Eさんとその夫を細く長く支え続けられたことは、非常によい経験となりました。筆者宛てに手紙を書いてくれたことは、入院中に我々スタッフを信頼してくれたことでもあり、私たちもEさん夫婦のケアを行うことができたのではないかと思うことができました。

 これは特殊な例だったのかもしれません。しかし今回のように病棟のケアがグリーフケアとなり、地域に帰られたあとも家族とつながることで、グリーフケアを続けることができることを知りました。また、地域で生きる人々に継続的にかかわることで、病棟・在宅の両面からグリーフケアに立ち会うことができたことは、筆者にとって感慨深い経験となりました。

 そして、これからの日本の超高齢化社会に必要なことは、地域包括ケアシステム以外にも、何より「地域住民同士の顔の見える関係」であると考えました。地域差はあれど、近所に住む方々のことを知り、交流をもつこと。それが「互助」としての役割を果たしていくことにつながるのだと考えました。


この記事はナース専科2018年11月号より転載しています。

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