第18回 認知症の人の不安や悲しみに思いを寄せる
- 公開日: 2015/12/10
- 更新日: 2021/1/6
医療者が患者の治療・ケアを行ううえで、患者の考えを理解することは不可欠です。しかし、看護の現場では、複数の患者への治療や処置が決められた時間に適切に実施されなければならないことが日常的です。また、心身が辛い中で療養している患者は、忙しそうに働いている看護師に対して、自分から治療や生活上の悩みや困難を訴えるのも勇気のいることでしょう。
そこで、患者の病いの語りをデータベースとして提供しているDIPEx-Japanのウェブサイトから、普段はなかなか耳にすることができない患者の気持ち・思い・考えを紹介しながら、よりよい看護のあり方について、読者の皆さんとともに考えてみたいと思います。
認知症の症状としてしばしば「人格変容」が挙げられます。以前は穏やかだった人が急に怒りっぽくなったり、かんしゃくを起こしたりするようになることがありますが、認知症の診断を受けている人がそのような感情を表したとき、認知症の症状のひとつだと思ってしまってはいませんか?
でも、ちょっと待ってください。本当に認知症がそうさせているのでしょうか?
何でも「認知症の症状」として片付けないで
ここにご紹介する女性はレビー小体型認知症のために味覚と嗅覚に障害が出て、料理が上手くできなくなりました。味見しても味がわからないのを家族には隠して必死で調理をしていたのですが、あるとき夫の「おいしくない」という一言に思わず怒鳴り返してしまったそうです。
50歳でレビー小体型認知症の診断を受けた女性(インタビュー時52歳)
料理をするときに、味見をしても分からないので・・・とても苦労しました。で、匂いが分からないと、料理も困るんですね。…どうしようって思いながら毎日…でも、家族には言わなかったんですね、それは。
ある日、夫が、…お味噌汁を一口飲んで、「何かこれおいしくないな」って(笑)言ったんですね。「おいしくないな」って。…で、何か、そんとき、わたし、めったにというか、ほとんど怒らないんですけれども、…何かそのときは、・・・「じゃ、自分で作ってよ」って(笑)怒鳴ったんですよね。
(中略)その少しあとだったか、ネットで、…「若年性認知症になると性格まで変わります」と、「怒りっぽくなります」って書いてあって。その家族の証言として、「この、この味が薄い」って言ったとたんに「じゃ、あなたが作ってよ」って怒鳴られたって書いてあったんですね。全く同じだと思って。
・・・こちら側からすれば、もう、ほんとに、もう、不安と悲しみと…つらさを、もう、もう、いっぱいにためて、精一杯やっていて、それがぽろってこぼれたことが、人から見たら、「あ、若年性認知症って性格まで変わるんだ」って、そういう見方をされるんだなっていうように思いました。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン > 認知症の語り」より
確かに認知症における人格変容は、BPSD(行動・心理症状)のひとつとして教科書にも出てきますが、精一杯頑張ってきた心の糸がふと切れてしまうということは病気ではない人にもあることです。
突然大きな声を出したのを病気の「症状」として片付けてしまうのではなく、それまでずっと自分の不安を押し殺して耐えてきた、その人の思いに心を寄せることが必要ではないでしょうか。
79歳のときに認知症の診断を受けた女性(インタビュー時82歳)
(認知症であると人に話すことには)すごく抵抗があって、もう別に開き直っちゃえば何でもないことなんでしょうけどね。
でもね、それをやるとね、わたしでも、逆の立場でね、ああ、あの人は認知症なんだわって。そうすると頭からね、もうそういう目でみて、みちゃうとね、そうすると普通にやってらっしゃることも、何か、おかしくみえるんじゃないかなって、自分でそう思うもんですからね。
だからね、やっぱり、めったにはそういうこと言わないほうがいいんじゃないかな。…分かれば、まあ、それは病気ですからかまわないんですけどね。でも、全然知らない方には言いたくないなっていう感じはしますね。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン > 認知症の語り」より
この高齢女性は、何をやっても「認知症の症状なんだわ」と思われてしまうことを恐れて、他人に自分の病気について話すことに抵抗感を感じています。
うっかり忘れたり、計算を間違えたり、ということは認知症でない人にもあります。
確かに認知症の人はその頻度が高くなるでしょうが、何をやっても「認知症だから」と片付けられてしまうのは、それ自体が辛いことなのです。できないことが増えていく中で認知症の人が感じている不安や悲しみにも目を向けてください。
「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(通称:DIPEx-Japan)
英国オックスフォード大学で作られているDIPExをモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)です。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指します。