第7回 摂食嚥下障害の臨床Q&A 「認知症のために嚥下訓練ができない!」
- 公開日: 2016/2/1
- 更新日: 2021/1/6
本連載では、摂食嚥下障害を初めて学ぶ方も理解できるよう、摂食嚥下障害の基本とともに、臨床症状や実際の症例を通じて最新の嚥下リハ・ケアの考え方を解説します。
嚥下訓練ができない認知症患者さんへのケアは?
誤嚥性肺炎で入院しているアルツハイマー型認知症の80歳女性。肺炎も落ち着き嚥下訓練を始めたいのですが、こちらの指示が通らず困っています。認知症の患者さんにできる嚥下訓練はありますか?
これまでの嚥下訓練は、どちらかというと脳卒中後に意思疎通が可能で食べる意欲がある患者さんに対して行われてきました。そのため、複雑な手技もあり、患者さんの協力がないとできない訓練が多くあります。質問にあるように、認知症患者さんで嚥下訓練を行おうとするとき、一番ネックとなるのがここ(=協力が得られにくいところ)です。
軽度認知症のときは理解もある程度可能ですが、本格的に訓練を適応したいときには認知症も進行していることが多く、適応できる嚥下訓練が限られてきます。今回は認知症でも適応できる嚥下訓練について解説します。
認知症患者さんに適応できる間接訓練
考え方としては、自然と自発的にできる訓練、患者さんの協力なくても術者が施せる訓練をしましょう。
1.マッサージ、ROM(可動域)訓練(図1、2)
マッサージとROM訓練は、協力が必要なこともありますが、基本的には術者が施せる訓練です。その目的は、拘縮を予防してスムースに嚥下動作ができるように保っておくことです。また、副次的な目的としては、覚醒作用や食事の準備運動、唾液分泌の促進などがあります。認知症のため自発的な会話や動作が減った患者さんおいては、日常の動きが極端に減少するため、マッサージやROM訓練は非常に有効です。
マッサージ、ROM訓練は、口腔周囲としては口唇、頬、舌に対して行いましょう。これらは嚥下関連器官であり、食塊の取り込み、保持、食塊形成、送り込み、嚥下圧形成に重要な役割を担っています。また、頸部も嚥下に大きく関わる部位であり、頸部のしなやかさが失われると嚥下機能は低下します。頸部のマッサージ、ROM訓練も間接訓練として取り入れましょう。
2.アイスマッサージ
アイスマッサージは、嚥下反射を改善する手技として用いられることが多かったですが、刺激部位と嚥下反射が生じる部位が異なるという理由から、最近は効果が疑問視されています。
臨床では、確かにアイスマッサージにより嚥下機能が改善したように思われる認知症の患者さんもいます。そのときは嚥下反射が改善したというよりも、むしろ咽頭への冷刺激によって意識レベルが改善し、その結果として嚥下機能が改善したのかもしれません。効果を過信し過ぎず、意識レベルの改善、食事前の準備運動として用いるのがよいでしょう。
3.呼吸理学療法
嚥下と呼吸は切っても切れない関係にあります。嚥下後には呼気が出ることが重要です。嚥下後に息を吸ってしまうと、咽頭に残留したものを息と一緒に気管内に吸い込んでしまう(誤嚥)ため、嚥下後には呼気を出せるだけの呼吸機能の予備力が必要になります。
また、誤嚥したとしても、誤嚥物を咳で喀出できれば、誤嚥性肺炎発症のバランスが保てるので肺炎にはなりません。この肺炎予防のKeyとなる咳も、呼吸機能が低下すると十分な喀出ができなくなります。したがって、嚥下障害の患者さんにとって呼吸理学療法は必須の嚥下訓練になります。
- 深呼吸:深呼吸の指示が通る患者さんには、自発的な深呼吸を訓練に取り入れましょう。「シルベスター法」(吸気時に両上肢を挙上して吸気時に下げる)を併用するとさらに効果的です。
- 胸郭可動域訓練(図3):意思疎通ができない患者さんでは深呼吸以外の動作で胸郭の可動域を上げる訓練が有効です。訓練としては、呼吸との同期にこだわらず上肢を挙上させる「シルベスター変法」、体幹を捻ることで胸椎を捻転させ、肋間のストレッチ効果を期待する「体軸捻転」、両肩を開いて胸を張る姿勢を取らせる「肩甲骨の内転」があります。
以上が認知症高齢者に適応可能であり、かつ効果が高い訓練です。ぜひ臨床で活用してみてください。ただし、認知症患者さんで訓練を行うときには、忘れてはならない大事なポイントがあります。嚥下訓練が効果するのは「廃用」に対してのみです。認知症に起因する機能低下は、訓練では改善できません。そこを勘違いすると「訓練をしているのによくならない」ということに繋がります。
認知症に起因する機能低下に対しては、食支援で補いましょう。適切な食支援は、廃用の予防や改善にも繋がり、広い意味での直接訓練にもなります。