第44回 患者の意外(?)な思い込み
- 公開日: 2016/9/16
医療者が患者の治療・ケアを行ううえで、患者の考えを理解することは不可欠です。
そこで、患者の病いの語りをデータベースとして提供しているDIPEx-Japanのウェブサイトから、普段はなかなか耳にすることができない患者の気持ち・思い・考えを紹介しながら、よりよい看護のあり方について、読者の皆さんとともに考えてみたいと思います。
調理中に塩を入れたつもりが砂糖だった、上りの電車に乗るはずが下りに乗ってしまった……。誰しも一度や二度は、こうした思い込みや勘違いをしたことがあるのではないでしょうか。
病気について専門的な知識のない患者は、ときに、医療職には思いもよらないような誤解をしていることがあります。
貧乳の女性は乳がんにならない?
55歳のときに受けた検診で乳がんが見つかった患者は、胸が小さい女性は乳がんにならないというイメージを持っていたと語っています。
がん検診で乳がんが見つかった女性(インタビュー時55歳)
新しい職場の健康診断では、腹部のエコーと乳がんのマンモグラフィがあるということが分かり、ちょっと興味があって、乳がんの方よりも腹部のエコーが私は受けたくて、ついでに乳がんも受けたという形なんですけどね。
まあ、自分自身はまったく乳がんのことは頭になくって。乳がんというのは、胸がでっかくて、お乳がなくなることをすごく嫌だと思うような人がなるような病気、というイメージを何となく持っていて、私のような貧乳は関係ないっていう気持ちでいたんです。ーー「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン 乳がんの語り」より
今から20年以上も前に、閉経後の女性ではブラジャーのカップが大きい人の方が乳がんのリスクが高いという研究が発表されましたが、現在は否定されています。ブラジャーの着用の有無、さらには着用するブラジャーのサイズと乳がんのなりやすさに統計学的に意味のある関係はないという研究も発表されています。
同様の誤解は他にもあります。大腸がん検診(便潜血検査)を一度も受けたことのない女性は、大腸がんは男性の病気だと考えていました。
大腸がん検診を受けたことのない女性(インタビュー時52歳)(音声のみ)
何か自分は胃腸が強いっていう何か……感覚があるので、…(大腸がん検診は)何か受けようっていう気にならないですね。
……何かね、あんまり女性はならないような、根拠は全然ないのかもしれないんですけど。大腸がんになった人って、たまに知っていても男性だったかな、とか。だから何かイメージとして(笑)、全く非科学的ですけど、……。ーー「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン 大腸がん検診の語り」より
事実は、女性は大腸がんにならないどころか、2014年にがんで亡くなった女性のうち最も多かったのは大腸がんでした。この女性も、「根拠は全然ない」「全く非科学的」と、自分の思い込みであることは認めています。しかし、大腸がん=男性というイメージが強いため、大腸がん検診から足が遠ざかっているのです。
病気に関するこの手の誤解の背景には、「がんになりたくない」という気持ちがまずあり、そのために「(自分は○○だから)がんにはならない」と考えたくなる傾向があるのではないかと思います。誰しも自分の考え、信念を支持する情報は受け入れる一方で、否定する情報は軽視、または無視する傾向があることが知られており、これを心理学では「確証バイアス」と呼んでいます。
健康相談などの場面で看護職がこうした誤解に接した際は、頭ごなしに否定するのではなく(それだとかえって相手が頑なになってしまうかもしれないので)、医療の専門家として客観的な事実を示しつつ、誤解の背景にある患者の心理にも目を向けてみましょう。
なぜそういう誤解や思い込みに至ってしまったのか、これまでの経験や病気に対する不安・思いを聞いてみてください。そして、その誤解や思い込みが現在の健康状態ならびに将来の健康リスクにどうかかわるのか、対話を通して患者自身の気づきを促してほしいと思います。
「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(通称:DIPEx-Japan)
英国オックスフォード大学で作られているDIPExをモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)です。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指します。