【シリーズ第1弾 心電図って面白い!】 第2話 イオンチャンネルと膜電位
- 公開日: 2018/4/12
今日は週に一回、平手教授がC大学からE病院へ集中管理や手術の邪魔をしに、じゃなくて指導をしにやって来る日です。あらあら、今回も待ち構えているのは看護師のたくみ君と美和さんのようです。
ところでイオンチャンネルって何?
たくみ君「先生、待ってました。先週の続きを教えてください」
美和さん「今回のテーマは、イオンチャンネルと脱分極、再分極の仕組みについてでしたよね」
平手先生「その予定です。ところで、イオンって何か知っていますか」
美和さん「ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオンとかは、よく聞きます」
平手先生「おー! 素晴らしい。それらの元素は全てハンフリー・デービーが発見しました。と言うのも、彼は電気分解という手法を手に入れて、それを使って、今までは単体として目にすることができなかった、水溶液中の金属イオンを単離できたって訳ですね」
たくみ君「先生、一人で感動してますけど、ハンフリー何とかさんや電気分解って、心電図に関係あるんですか?」
平手先生「そーだねー。関係あるけど……。それじゃあ、たくみ君、カルシウムチャンネルブロッカーつまり”カルシウム拮抗薬”を投与すると血圧が下がったり、心拍数が減ったりするのはどうしてだか知っていますか」
たくみ君「カルシウム拮抗薬が、血圧を下げたり、心拍数を減らしたりすることは知っていますけど、理由は知りません。忘れたのかなあ?」
平手先生「カルシウム拮抗薬は、カルシウムチャンネルに作用して、細胞外から細胞内に流入するカルシウムイオンを減らすことによって、血管平滑筋の収縮を抑制し血管を拡張させ血圧を下げます。また薬剤によっては心収縮力を抑制することによって血圧を下げたり、刺激伝導系を抑制して心拍数を下げたりします」
美和さん「カルシウム拮抗薬が心臓の収縮力を下げたり、刺激伝導系に影響したりすることは、看護学校でも習ったような?」
平手先生「ズバリ! カルシウムイオンは、心筋収縮の主役です! ちょっと、言い過ぎかな、と言うことで、今日はイオンのお話をしていただくために、ファラデー先生をお呼びしました。ファラデー先生は、“イオン”という概念を広く世間に知らしめた張本人です」
ファラデー先生「初めまして、こんにちは。マイケル・ファラデーです。イギリスから来ました。一応十九世紀を代表する科学者と言われています」
平手先生「ファラデー先生は、先ほど話題に出た英国王立研究所のハンフリー・デービー教授に見出され科学の世界に入られました。デービー先生は、元素発見数の世界タイトルホルダーですが、“自分の科学者としての生涯における最大の発見は、マイケル・ファラデーである”と言っていたそうです。ついでに加えると、本当かどうか、アインシュタイン博士の部屋には、ニュートン、マクスウェルと並んで、ファラデー先生の肖像画が飾られていたそうです」
たくみ君「そう言えば、平手先生の部屋には、ハリソン・フォードのサイン入り、インディ・ジョーンズシリーズのポスターが飾られていましたね」
平手先生「その話はまた今度。ファラデー先生、イオンの存在にはどのように気がつかれたのでしょうか」
ファラデー先生「デービー先生が得意とした電気分解を観ていて、水溶液の中で陽極と陰極へ物質が移動することがわかったんだ。それで、移動する物質という意味でイオン(ion)と呼んだんだな」
それでは、問題を出します。図:水和イオンの大きさのA、B、C、Dは、生命にとって重要なNa、Mg 、K、Caの水和イオンのいずれかです。A、B、C、Dの直径は、順に6Å(オングストローム)、8Å、12Å、16Åあります。さて、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオンは、図のA、B、C、Dのどれかわかりますか。
美和さん「えーえっ!? イオンの大きさですかあ? 原子番号の順番だと、水兵リーベ、…だから。ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムの順ですね。多分」
平手先生「私もそう思ったのですが、答えは、ブブーです。読者の皆さんは知っていましたか?」
たくみ君「えっ? 読者の皆さん? 誰ですかそれは?」
平手先生「イオンは荷電粒子の一種で電荷を持っています。水分子も、弱い電荷を持っているので、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムなどの陽イオンに引き寄せられ、これらの陽イオンをとりまきます。それが水和イオンです。水溶液中のイオンは、水和イオンの形で安定するわけです」
たくみ君「水和イオンは、水ぶくれってことですね」
ファラデー先生「まあ、そんなところかな。そして、原子核が小さいほど水分子との距離が近く引き合う力が大きくなります。ですから、水和イオンの大きさは原子量とは反対で、K+ < Na+、Ca2+< Mg2+、それから電荷が大きいほど水分子を引き寄せる力が強いので、K+、Na+< Ca2+、Mg2+ということで、A、B、C、Dは、順に、K+、Na+、Ca2+、Mg2+が答えです」
平手先生「次に細胞膜上に存在するイオンチャンネルの大きさを見てみましょう。図は心筋細胞などの興奮性細胞にとって重要なカリウムチャンネル、ナトリウムチャンネル、カルシウムチャンネルの大きさを示しています」
心筋細胞におけるイオンの移動は、心筋のダイナミックな収縮弛緩をコントロールしています。ここでは細胞外と細胞内をつなぐイオンチャンネルに注目してみましょう。カリウムチャンネルは、ちょうど6Å程度の開口なので、カリウムイオンのみを通します。ナトリウムチャンネルは8Åなので、ナトリウムイオンとカリウムイオンを通します。カルシウムチャンネルは12Åと大きいので、カルシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンを通します。マグネシウムイオンは16Åもあるので、これらのチャンネルを通過することができません。マグネシウムがカルシウムに拮抗的に作用するのもこの大きさのためです。
脱分極と再分極について
平手先生「さて、次は心筋細胞の脱分極と再分極について説明しましょう。これらのイオンチャンネルが主役となって、心筋細胞の脱分極と再分極が起こり、静止電位や活動電位と呼ばれる膜電位を作っています」
たくみ君「脱分極とか再分極って、よく心電図の本や生理学で出てくるけど、イマイチ理解できてないんですよね〜」
平手先生「それでは図を使って説明しましょう!」
図は上の水色の領域が細胞内の細胞質基質(サイトゾル)を下の灰色の部分が細胞外、その間が細胞膜とそこにあるイオンポンプやイオンチャンネルを表しています。-90mVに始まる太い線は膜電位を示しています。説明のためにこれらの2つの図を重ねています。
心臓の興奮性細胞の細胞膜には、ナトリウム–カリウムポンプやカルシウムポンプがあります。ナトリウム–カリウムポンプは、エネルギー(ATP)を使って、細胞質基質(サイトゾル)内のナトリウムイオン3個を細胞外に汲み出し、細胞外のカリウムイオン2個を細胞質基質に取り込みます。カルシウムポンプは、同じようにエネルギー(ATP)を使って、細胞質基質のカルシウムイオンを細胞外と筋小胞体へ汲み出しています。その結果、細胞質基質内のカリウム濃度は、135 mEq/L前後まで上昇し、ナトリウム濃度は、10 mEq/L程度まで低下し、カルシウム濃度は、0.0002 mEq/L以下と非常に低くなります。逆に細胞外では、カリウム濃度は、4 mEq/Lまで下がり、ナトリウム濃度は、145 mEq/L前後、カルシウムイオン濃度は、3 mEq/L前後まで高くなっています。
美和さん「ちょっと待ってください。えーと、ナトリウム–カリウムポンプが1回回ると陽イオン3個が出て2個が入るので、細胞内では差し引きマイナス1になって、カルシウムポンプがカルシウムイオンを外に出せば、これも細胞内電位を陰性に向かわせるから、細胞内電位が-90mVになるのですか?」
ファラデー先生「いいところに気がつきましたね。ということは……、その上さらに、カリウムチャンネルだけが開いたらどうなるかな。カリウムイオンが濃度勾配に従って拡散するので、細胞内から細胞外に出ていきますね。陽イオンが外に出るので、ますます細胞内は陰性に傾くことになる。カリウムイオンの濃度差は、細胞内135 mEq/L、細胞外4 mEq/Lなので、細胞内電位が、-90mV程度でカリウムイオンが外に出ようとする力と中に引かれる力が平衡になりそうだな。それが静止膜電位になるわけだ。なるほどね」
たくみ君「先生、細胞内がマイナスになったら、細胞外にたくさんあるナトリウムイオンやカルシウムイオンが引き込まれるんじゃないですか?」
平手先生「いい質問です。拡張期に開いているのは、一番小さいカリウムチャンネルだけです。ナトリウムイオンもカルシウムイオンも、入りたくても細胞内に入ることはできません。では、ここでナトリウムチャンネルが開いたらどうなりますか」
たくみ君「細胞外にたくさんある陽イオンのナトリウムイオンが、細胞内に吸い込まれます」
平手先生「素晴らしい。正解です。このナトリウムイオンの流入が細胞内電位を陽性に向かわせます。つまり脱分極です」
心筋細胞の脱分極の始まりは、すでに脱分極した隣接する心筋細胞から、細胞をつなぐイオン輸送体であるコネクソンを通して、陽イオンが細胞質基質へ流入することが始まりとなります。細胞内電位が、-70mVまで上昇するとナトリウムチャンネルが活性化し、急激なナトリウムイオンの流入が生じ膜電位はさらにプラス方向に脱分極し、-40mVを越えるとカルシウムチャンネルも開き、細胞外からと筋小胞体内から細胞質基質へカルシウムイオンが流入し、膜電位は0mVを越えてオーバーシュートします。
オーバーシュートの後、ナトリウムイオンの流入速度は低下しながらも持続し、カルシウムイオンの流入、カルシウムイオンを汲み出しナトリウムイオンを取り込むNa+/Ca2+交換体の働きなどに対し、再分極に向かおうとするカリウムチャンネルを通るカリウムイオンの流出とのバランスによって、プラトー相が維持され、長い活動電位を形成します。
美和さん「たくみ君、とりあえず黙って聞きましょ」
活動電位の終盤には、ナトリウムチャンネルは穏やかに閉鎖し、ついには完全に不活性化します。するとプラトー相を維持していたイオンの流れのバランスが壊れ、カリウムイオンの細胞外への流出によって膜電位は急速に下降し、これが再分極急速相を作ります。カルシウムチャンネルも不活性化しカルシウムイオンの細胞質基質への流入が止まり、さらにカルシウムポンプによってカルシウムイオンはほとんど完全に細胞質基質から細胞外と筋小胞体に戻ります。
膜電位の変化についてまとめてみましょう。興奮性細胞である心筋細胞の細胞内電位、いわゆる膜電位を記録すると拡張期においては、-90mV付近にまで分極していますが、心筋細胞の興奮の始まりでは、膜電位が急速に0mVに向かって脱分極します。陽性に跳ね上がったオーバーシュートの後、暫く平坦なプラトー相を経て、再び急速に陰性に向かって分極します。このように再分極は前半のプラトー相と後半の急速相からできています。そしてこの電位変化は、細胞膜上に存在するイオンチャンネル、イオンポンプ、イオン交換担体などの膜輸送体の働きによってできています。
心電図が重要なわけ、興奮収縮連関!!!
平手先生「さて、ようやく核心にたどり着きました。どうしてたくみ君や美和さんは心電図を勉強しなければいけないのですか」
たくみ君「だって、いつもピコピコいっているし、アラームが鳴れば飛んで行かなければいけないし、異常を見落とすとまずいからドキドキです」
平手先生「正解です。しかも上手い! ピコピコがドキドキだから、これを興奮収縮連関、Excitation–Contraction Couplingと呼びます」
美和さん「”ピコピコがドキドキ”で”興奮収縮連関”って何ですかそれは?」
復習しながら刺激伝導や心筋の収縮について説明してみましょう。
心筋細胞には、細胞をつなぐイオン輸送体 “コネクソン” が存在しています。コネクソンによる接合は、ギャップ接合とも呼ばれます。刺激伝導系の最後にあたるプルキンエ細胞が電気的に興奮する、つまり脱分極するとプルキンエ細胞内の電位が高くなるのでコネクソンを通して陽イオンが心筋細胞に流れ込みます。これによって細胞内電位が-70mVまで上昇するとそれによって誘発されるナトリウムチャンネル、続いて-40mVでカルシウムチャンネルも活性化し、心筋細胞の脱分極を加速します。細胞内にあふれた陽イオンがコネクソンを通し隣の心筋細胞に流れ込み、同様に脱分極を引き起こします。次々と伝わる脱分極の伝導が刺激伝導の正体です。
脱分極した心筋細胞では、活性化されたカルシウムチャンネルを通ってカルシウムイオンが細胞内に流入します。すると、これが引き金となって筋小胞体からカルシウム誘発性カルシウム放出が起こり、細胞質基質内のカルシウム濃度が上昇します。この細胞質基質内のカルシウムイオンが筋原線維であるアクチンとミオシンを結合させ収縮原動力を生み出し、これが集まり心室全体が収縮し血液を全身に向けて押し出すことになります。
刺激伝導にはじまる心筋細胞の電気的興奮と機械的収縮は同時に進行する現象で、興奮収縮連関 excitation-contraction couplingと呼ばれます。
その後、心筋細胞の膜電位は再分極によって再び静止電位に向かい活動電位が終了し心電図波形も基線に戻ります。つまり心電図は、単に心臓の電気的現象を見ているのではなく、心臓の本質と言える心筋の収縮に関連した電気的活動を表していたのです。
たくみ君「なるほど、電気的ピコピコと機械的ドキドキがつながっているから、”ピコピコドキドキ”になるんですね」
平手先生「では、今日の勉強をおさらいしてみましょう。伝導速度の速いプルキンエ線維によってほぼ同時に広い心室全体に広がった電気的興奮は、心筋細胞を心室の内側から外側に向けて脱分極させ、収縮を引き起こします。その後に続く長いプラトー相は、心室筋の持続の長い収縮によって血液を絞り出す心室の働きを可能にします。さらに心室の外側から始まる再分極急速相は、効率のよい拡張過程を生んでいます。この心室筋のきわめてすぐれた特性は、“芸術的”とも表現されます。心臓興奮性細胞は、自動能と収縮能を有し、これらが巧妙に連携し、収縮と拡張を繰り返しています。この心筋細胞の収縮、拡張を決定する脱分極、再分極は、細胞膜に存在するイオンチャンネル、イオン交換担体、イオンポンプを介した、カリウム、ナトリウム、カルシウムなどのイオンの流れによってコントロールされていて、これらのイオンの流れが、心臓から発生する電流の正体であり、心電図として体表面でも記録できる電位変化を作っていると言えます。
今日は、ここまでにしましょう。ファラデー先生、ありがとうございました。先生が開かれた電磁気学は、生命現象を知る上でも不可欠となっています。もしも先生が、製本業をやめて科学の道に入らなかったら、歴史が変わっていたでしょうね」
ファラデー先生「いやあ、楽しかったです。また呼んでください」
突然始まる平手先生のゼミナールは、嘘か本当か、面白そうです。どこかに興味を持ったり、疑問を感じたりしたら、是非自分で調べて見てください。あなたの勉強のきっかけになれば、大成功! 内容の一部はフィクションであり、時代考証や発言の真偽は保証しませんよ(笑:平手)。
引用、出典
1)小山 慶太:光と電磁気 ファラデーとマクスウェルが考えたこと 電場とは何か? 磁場とは何か? 講談社 、2016
2)Dale Dubin:Ion Adventure in the Heartland: Exploring the Heart’s Ionic-Molecular Microcosm, Cover Pub Co, 2003
3)平手裕市:モニター心電図講座ステップアップ編、エス・エム・エス、2012
キャラクターデザイン
石田大明