【連載】公益財団法人 日本医療機能評価機構 医療事故情報収集等事業 分析テーマ
個別テーマについての検討状況|第15回報告書(2008年7月〜9月)⑤
- 公開日: 2010/1/4
【5】手術における異物残存
手術における異物残存については、第1回報告書から第4回報告書(報告期間:平成16年10月から平成17年12月31日まで)において個別テーマとして取り上げた。今回、平成18年1月1日から平成20年9月30日までに報告された医療事故のうち、手術における異物残存92件について分析を行った。対象期間に報告された手術における異物残存の医療事故概要を図表Ⅲ-2-16に示す。
(1)手術における異物残存に関連した医療事故の現状
手術は大きくⅰ身体に切開を加える開胸、開腹、開頭等手術(胸腔鏡、腹腔鏡などの鏡視下手術を含む)、ⅱカテーテル手術や内視鏡手術等に分けることができる。本報告書では、ⅰの手術の際、手術野において手術操作を加える際に用いられる衛生材料・医療機器等(以下医療機器等とする)の残存について取り上げた。
前回個別テーマで取り上げた期間の件数を並列し図表を作成した。
① 報告件数の概要
ⅰ 異物残存が発生した手術の種類
異物残存が発生した手術の報告事例を図表Ⅲ-2-17に示す。
平成17年は特に多いものはないが、平成18年、平成19年、平成20年は開腹手術がそれぞれ15件、9件、12件と多かった。また、開胸手術および開心手術の異物残存は平成17年は8件、平成18年は10件報告されているが平成19年は2件、平成20年は1件であった。一方、鏡視下手術は、平成17年、平成18年は1件、平成19年は0件、平成20年は4件であった。その他として分類されたものの内訳は、眼科や歯科等の手術であった。報告事例では数十年前の異物残存の発見も含まれており、過去4年間を比較して大きな変動は見られなかった。
ⅱ 異物残存の内容
残存した異物の内容を図表Ⅲ-2-18に示す。
異物の内容は、ガーゼが平成17年は9件、平成18年は26件、平成19年は15件、平成20年は15件であった。過去4年間を比較して大きな変動は見られなかった。
ⅲ 異物残存の発見場面
異物残存が発見された場面を、「手術中」、「手術室退室まで(リカバリールームを含む)」、「退院まで」、「退院後」と分類し図表Ⅲ-2-19に示す。
「手術中」、「手術室退室まで」をあわせて平成17年は3件、平成18年は11件、平成年は5件、平成20年は6件となっていた。少しずつではあるが、早期に異物を発見する取り組みを医療機関は行っているといえる。また、退院後に異物が発見されたのは平成17年は4件、平成18年は9件、平成19年は11件、平成20年は7件であった。退院後に異物が発見された事例には、防止の取り組みが積極的に行われていなかった数十年前の残存物の発見も含まれていた。
② 手術において残存した異物
手術における異物残存を次の2つに分類した。
ⅰ 残留:手術に使用した医療機器等を、手術終了時あるいはそれ以前に手術野から取り除くべきであったが取り除かなかったもの(ガーゼ、縫合針、鉗子など)
ⅱ 破損・分解:手術に使用中の医療機器等の破損・分解により、部品あるいは部品の一部が手術野に残存したもの(メスの先端、金属リングの一部など)
異物残存の類型を縦軸に、残存したものの種類を横軸とし、図表Ⅲ-2-20に示す。
医療機器等の残留はガーゼが56件と圧倒的に多かった。破損・分解は10件であり、メスの先端や縫合針など細かな医療機器が報告された。また、その他として切断したワイヤーの破片などが報告された。
次に、異物残存に気付いた(あるいは疑った)時点を、「手術中」、「手術室退室まで(リカバリールームを含む)」、「退院まで」、「退院後」とし縦軸にとり、手術において残存したものの種類を横軸とし、図表Ⅲ-2-21に示す。
手術において残存したものは、手術の際、血液や浸出液、洗浄液などを除去するためなどに用いられるガーゼ等が56件、綿球等が 10 件であった。また縫合針5件、鉗子類5件が報告された。
さらに、異物残存がおきた手術の種類を「開頭手術」、「開胸手術」、「開心手術」、「開腹手術」、「四肢手術」、「鏡視下手術」、「その他」とし縦軸にとり、手術において残存したものの種類を横軸とし、図表Ⅲ-2-22に示す。
ガーゼの残存は開腹手術が30件と多く、また綿球等の残存は開頭手術が9件と多かった。
③ 手術における異物残存の発見の契機
異物残存の発見の契機を「異物残存に気付いた(あるいは疑った)時」とし、「手術中」、「手術室退室まで(リカバリールームを含む)」、「退院まで」、「退院後」を縦軸にとり、発見するきっかけである「医療機器等のカウントの結果」、「X線撮影・CT検査等」、「異物によると思われる症状の出現」、「その他」を横軸とし、図表Ⅲ-2-23に示す。
ⅰ 医療機器等のカウント(注)の結果
医療機器等のカウントの結果が発見の契機となった事例は9件であり、うち6件が手術中であった。主な内容は次のものがあげられた。
・カウントが合わないため、X線撮影をし、残存物を発見した。
・X線撮影で異物の所見は見られなかったが、カウントが合わないため再度X線撮影をし、残存物を発見した。
また、上記(注)を上付きに。(注)
(注) 本報告書において「カウント」とは、手術前後の医療機器等の数を管理するため、
①手術開始前などに手術に使用する医療機器等の数を記録する
②手術中または手術終了前に、使用中、使用済み及び未使用の医療機器等の数を記録する
ことを意味し、①と②の数が合うことを「カウントが合う」、①と②の数が合わないことを「カウントが合わない」と表現する。
ⅱ X線撮影・CT検査等
X線撮影・CT検査等が発見の契機となった事例は56件であり、うち36件が手術室退出から退院までであった。また、9件は退院後であった。主な内容は次のものがあげられた。
・カウントが合っていたため閉創したが、術後のX線撮影で残存物を発見した。
・術野で医療機器等を見失った。目視で見つからず、X線撮影で残存物を発見した。
・開頭手術後の経過を見るためのCTで異物を発見した。
・他の疾患で受けた検査(CTなど)で偶然見つかった。
また、X線写真には異物が写っていても、「異物がある」という視点で見なかったために見落としてしまい、後日気付いた事例もある。
ⅲ 異物が原因と思われる症状の出現
異物が原因と思われる症状の出現が発見の契機となった事例は17件であり、そのうち16件が退院後であった。17件の報告では、腫脹や腫瘤、疼痛や発熱、循環障害などの症状の出現が異物の発見の契機となっていた。
ⅳ その他
その他の5件の主な内容として次のものがあげられた。
・手術中、医療機器が破損したことに気付いたが、体内に迷入した。
・医療機器を使用後、直接介助看護師に返却した際に、使用前の機器と形状が違っていたことから、破損に気付いた。
④ 手術における異物残存が発生する要因・背景
手術における異物残存が発生した主な要因・背景を推測・分析し次のように整理した。
ⅰ ルールの不備
次の2つの条件下でのカウントのルールがなかった。
・手術室ではない場所(カテーテル室等)での手術。
・創が浅い、創が小さい、など開創の状況。
ⅱ ルール違反
・X線不透過鋼線入りガーゼを使用するルールを守らなかった。
・ガーゼをカウントするルールを守らなかった。
・閉創前にX線撮影をするルールを守らなかった。
ⅲ 判別しにくい医療機器等や術野
・通常は使用しないガーゼや医療機器等が混入していた。
・X線不透過鋼線入りガーゼ、X線不透過鋼線の入っていないガーゼなど複数の種類のガーゼを使用していた。
・ガーゼや医療機器等を目視で確認せず、「あるもの」という前提で頭の中で数えた。
ⅳ 複雑な状況
・ガーゼの取り扱いを、使用前、使用中、使用済みなどで区別しなければならない状況であった。
・ガーゼや医療機器等の置かれている場所が、術野、器械台、清潔野外と複数であった。
・大量出血で術野の視野が悪くなった。
・出血など緊迫した状況で、迅速な処置を優先とした為、使用した医療機器等の確認が十分でなかった。
・術中に異物残存に気付き、捜索したが発見できず、患者の全身状態を考え、やむなく閉創を判断した。
・器械出しをしながらカウントをするなど、カウントに集中できる環境でなかった。
・特別な体位や医療機器等の使用により、X線撮影をすることが困難であった。
・手術時間が延長し、閉創とカウントを同時に進行した。
ⅴ X線撮影における限界
・撮影体位や角度により陰影が不明瞭となり、判別しにくかった。
ⅵ 伝達や記録の誤り
・手術途中で医師、看護師などスタッフの交代があり伝達が不十分であった。
・医師と看護師の認識していた数が異なっていた。
・複数の医師、看護師が関与し、記録するスタッフの責任が明確でなかった。
ⅶ 教育の不徹底
・毎年入れ替わる医師の異物残存防止に関する教育が徹底されてなかった。
ⅷ 人的状況
・ カウントのために、予定より多い人員が必要な状況であったが、緊急手術などで依頼できるスタッフがいなかった。
⑤ 手術における異物残存を防ぐ取り組みの現況
多くの医療機関では、手術において異物を残存させないために、ガーゼや医療機器等をカウントする、術後X線撮影をするなどの取り組みがなされている。本報告書では、ⅰ術後(あるいは術中)X線撮影をする取り組み、ⅱガーゼカウントを行う取り組みについて分析した。
ⅰ 術後(あるいは術中)X線撮影をする取り組みの現況
報告された医療事故事例のうち、術後の経過観察や異物残存の確認のために、X線撮影を行った事例は54件であった(過去の手術で詳細がわからないものは除く)。そのうち、1回目のX線撮影で異物残存を発見できた事例は31件であった。発見できなかった理由としては、次のことがあげられる。
・ 「X線写真上、異常陰影には気付いたが石灰化と思った」等、陰影に気付いていても、他の原因による症状と判断した。
・カウントの合致により、「異物はない」という視点でX線写真を判読した。
・X線撮影条件が適切でなかったことなどにより、異常陰影を発見できなかった。
X線撮影をする取り組みには、患者の手術体位が固定されている等の状況により、必ずしも異物が発見できる条件で撮影できるわけではないといった問題がある。医療機関の中には、「放射線技師の協力を得て、ガーゼの鋼線を発見しやすい設定条件で写真を現像する」という取り組みをしているところもある。
また、X線撮影で発見できなかった事例のうち8件は、その後実施したCTやMRI撮影により発見されており、医療機関の中には早期発見のために、「カウントが合わないなど異物残存が疑わしい時は、術後CTを撮影する」という取り組みをしているところもある。
ⅱ ガーゼカウントを行う取り組みの現況
報告された医療事故事例で、残存物がガーゼであった事例56件のうち、ガーゼカウントのルールがあったのは34件であった。そのうち、ルールを遵守したのは29件であった。
カウントでは「ガーゼの残存はない」と判断したが、結果としてガーゼが残存していた事例は20件であった。カウントが合わないことで、残存の可能性に気付き探したが、見つからなかった事例は10件であった。ガーゼカウントが結果的に間違っていた主な背景として次のことがあげられた。
・ カウントしたガーゼの中に、普通はカウントしない硬膜外麻酔時に使用したガーゼが混入していた。
・ カウントの際に術野の目視ができないガーゼの数について直接介助看護師と間接介助看護師の認識に、くい違いがあった。
・記録をするというルールがあったが、その方法が決まっておらず看護師によって様々だった。
ガーゼカウントを行っている医療機関は多いが、にも関わらず異物残存が起きている現況である。ルールの不備はないか、また様々な手術の状況に対応できるかといったことや、具体的なカウントの方法、医療従事者の業務分担について、検討の余地があるといえる。
また、ガーゼカウントのルールを遵守できなかった事例5件の主な内容は次の通りであった。
・最終のガーゼカウントが実施できなかった。
・ガーゼを術野に出した時は、カウント票に枚数を記録をする予定であったが、できなかった。
ルールを遵守できなかった背景として、他の処置との同時進行や、大量の出血への対応など、他に優先すべきことがあったことや慌ただしい状況であったことがあげられた。
使用済みのガーゼカウントの具体的な方法として、ガーゼカウントのためのホルダーやトレイなどの道具を使用した取り組みをしている医療機関や、「使用済みのガーゼはすべてキックバケツに落とし、ガーゼを1枚ずつさばいて数える」といった取り組みをしている医療機関もあった。
(2)手術における異物残存に関連したヒヤリ・ハット事例の現状
第27回および第28回ヒヤリ・ハット収集事業において、記述情報のテーマにあげられた手術の際の異物残存について分析を行った。手術の際の異物残存に関連したヒヤリ・ハット事例の発生状況について、手術の種類「開頭手術」、「開胸手術」、「開心手術」、「開腹手術 」、「 四肢手術 」、「鏡視下手術」、「その他」を縦軸にとり、残存したものの種類「ガーゼ」、「綿球・タオル等」、「縫合針」、「鉗子類」、「メス」、「チューブ類」、「その他」を横軸とし図表Ⅲ-2-24に示す。
第2回報告書(32頁表3)のヒヤリ・ハット事例では、手術において一時的に行方が不明になった医療機器等が発見された場所を紹介している。本報告書でも、手術において一時的に行方が不明になった医療機器等が発見された場所について、図表Ⅲ-2-25に示す。
また、報告された事例の中から23件の事例概要を図表Ⅲ-2-26に示す。
参照:第15回報告書(PDF形式)手術における異物残存
情報提供:公益財団法人 日本医療機能評価機構 医療事故防止事業部
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