第10回 がん患者さんの仕事と治療の両立を支えるには?
- 公開日: 2015/8/2
医療者が患者の治療・ケアを行ううえで、患者の考えを理解することは不可欠です。しかし、病棟業務の中では、複数の患者への治療や処置が決められた時間に適切に実施されなければならないことが日常的です。また、心身が辛い中で療養している患者は、忙しそうに働いている看護師に対して、自分から治療上の悩みや困難さを訴えるのも勇気のいることでしょう。
そこで今回、患者の病いの語りをデータベース化しているDIPEx-Japanの協力のもと、看護師が患者に対応する上で知っておくべき患者の気持ち・考えを解説します。
がん治療が仕事よりも優先されるとは限らない
がんの診断を受けた患者さんの中には、仕事を持ちながら治療を続けている人も少なくありません。経済的な理由や仕事上の立場から、退院してすぐに仕事に戻らなくてはならない状況の人もいれば、働きたい思いがあるのに、それが叶わない人もいます。
入院中は治療が優先事項ではありますが、退院後の仕事や仕事への思いについても目を向けることでその人の療養生活の全体像が見えてくるでしょう。
42歳で乳がんの診断を受けた女性(インタビュー時47歳)
私は一人で暮らしていましたし、病気になったことで、“病気になったから家に戻る”、“親のところに戻る”ということは考えていなかったので、「とにかく私には優先順位があります」と。
「治療は大事です。命は大事です。でも、それをするにはお金が要ります。だから、働きます。働いて治療します。さあ、どういう治療が考えられますか? 一緒に考えてください」っていうふうにドクターにお願いしました。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン 乳がんの語り」より
これは乳がんと診断されたある女性が語っている言葉です。がんに罹患したことが、すぐに死を意味すると受け取られたのは過去のことであり、がんの種類(甲状腺がん・精巣がん・乳がん・子宮がんなど)によっては、5年生存率が70~80%と見込まれるがんも少なくありません。
がんとともに生きるということは、当然、その間の治療費や生計をどのように立てていくかという問題と直結しますから、治療法の選択とその人の仕事とは切り離しては考えられないことです。
仕事の内容や支援・引き継ぎの体制、支えていかなくてはならない家族の数など、それぞれの患者さんごとに問題の種類と大きさは異なります。医療を提供する側は、これは「命の問題」なのだから最優先課題だと、疾患中心の考えを一方的に押しつけてはいないでしょうか。
この患者さんは、再発時の抗がん剤治療も、仕事を休まないでできるよう主治医と相談して、仕事が終わってから夜間にもやっている隣県のサテライトのクリニックに通ったと語っています。
治療を受けながら仕事を続けていけるよう、医療を提供する側も一緒になって、地域の医療体制や職場の支援体制について考えていく必要があります。医療ソーシャルワーカーや勤務先の産業保健師につなげていくことも一つの方法です。
就労は単に治療費や生活の糧を保証するためだけでなく、その人の生き甲斐や尊厳にも関わる重要な条件であり、それが身体的な活力や回復力にも大きな影響を及ぼすことを考えなければならないのです。
22歳で乳がんの診断を受けた女性(インタビュー時25歳)
学校へ行って資格を取って、医療職を探していたんですけれど、医療職だからか、社会の目がすごく厳しくて、このころから徐々に社会復帰に対しての不安が、不安や悩みが出てきました。
どうして、こう働きたいっていう意欲よりも、その病名っていうものを、どうしても自分の努力では消せないようなものばかりが尊重されるのかなとか、すごくやっぱ悩んでいて・・・。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン 乳がんの語り」より
この女性が話しているように、がんと就労問題について、その重要性にいちばん気づいていないのは、もしかすると医療を提供する私たち自身なのかもしれません。
病棟看護師としてできることは限られるかもしれませんが、まずは患者さんの話に耳を傾けてみましょう。
「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(通称:DIPEx-Japan)
英国オックスフォード大学で作られているDIPExをモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)です。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指します。