第16回 がん患者の家族ケアを考える-親の思いと娘の思い-
- 公開日: 2015/11/26
- 更新日: 2021/1/6
医療者が患者の治療・ケアを行ううえで、患者の考えを理解することは不可欠です。しかし、病棟業務の中では、複数の患者への治療や処置が決められた時間に適切に実施されなければならないことが日常的です。また、心身が辛い中で療養している患者は、忙しそうに働いている看護師に対して、自分から治療上の悩みや困難さを訴えるのも勇気のいることでしょう。
そこで今回、患者の病いの語りをデータベース化しているDIPEx-Japanの協力のもと、看護師が患者に対応する上で知っておくべき患者の気持ち・考えを解説します。
患者さんだけでなく、家族にも目を向けて
近年、壮年期にある人のがん罹患数が増加傾向にあります。特に、30代後半から40代にかけては、男性より女性の方が罹患数も多いのが現状です。今回、乳がん患者さんの親・子それぞれの立場の語りを通して、家族ケアについて考えてみたいと思います。
娘が先に乳がんと診断され、自らも71歳で乳がんを経験した女性(インタビュー時72歳)
孫がね、忘れもしないけど、8年前のお正月に来たときに、「ばあちゃん、あのね、お母さんのおっぱいね、ちょっとね、おかしいんよ」って。(中略)陥没しているんですよ。それで、色も変わっているし。
そのときのショックのほうが大きかったです。まだ、そのころは、乳がんっていうたらとても怖いっていう、わたしの中では、印象があったから。すっごく怖かったですね。
もし、この子が何かあって、もし、あれしたら、孫たちどうなるんだろうかな。(中略)かわいそうになー思って。即、それ考えましたね。自分が宣告受けた以上に、そのときのほうが辛かったですね。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン >乳がんの語り」より
42歳で乳がんと診断された女性(インタビュー時47歳)
うちの母自身が、それを多分、自分自身の娘がそう(乳がんに)なったことに対しての不安っていうのを、言いに行くところがなかったみたいで、漢方薬屋さんに行ったらしいんですよ。
(中略)で、「『これが効くのよ』って言われて買ってきたの」って、1袋3万円ぐらいするよく分からないキノコの粉を10万円分売りつけられてきたときには、(中略)「何で買ってきちゃったの?」っていうのを聞いたら、「すごい丁寧に話を聞いてくれて、いろいろ教えてくれたの」って。その内容・精度の問題じゃなかったんですね。
きっと、彼女はそういう自分自身が、娘が病気になったことに対しての精神的な不安とかを、何か誰かに言いたかったんだけど、自分自身が病気じゃないから病院にかかるわけにもいかないし、患者のケアはできても患者の家族のケアっていうの、今、ないですよね。どこにも。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン > 乳がんの語り」より
何歳であっても子どもが病気になるのは親にとって辛いことです。ましてやがんと聞けば、子どもの深刻な状況を連想して、悲観的な思いになる人は多いでしょう。そのため、娘は、親に与えるショックができるだけ少ないようにと、伝えるのをためらったり、伝える時期や伝え方に頭を悩ませたりするのです。
私たちのインタビューでも、心配や負担がかかるのを恐れ、病気を伝えていない、詳しく話していないという人たちがいました。伝え方にしても、自分からは話せなかったのでまず母親に伝え、母親から父親に話してもらった、治療が落ち着いてから手紙を書いたなど状況に応じて工夫していました。
子どもたちの面倒を見てもらうために言わざるを得ないという場合もあります。患者さんは治療を受ける自分自身の心身両面を調整するだけでもエネルギーを使うものですが、加えて家族や周囲の人へ病気についてどのように伝えるのか、伝えないのかといったことにも気を遣い、どうしたらよいか悩むことも多いのです。
病気になる前からの関係性、家族の健康状態など、個々の状況があり、患者さんにも家族にもそれぞれの思いがあります。それらが複雑に絡み合って難しい状況に陥ることもあるのです。がんの療養は長期間にわたることが多いため、患者さんの背後に広がるこうした人間関係にも目を向けていくことが大切となります。
まずは患者さんから家族への思いや家族の状況に関する話をよく聞いてみましょう。必要であれば、家族と面談する、または患者さんを介して病院や地域にある相談窓口やサポートグループなどの情報提供をすることもできます。
家族が一丸となって患者さんの療養を支えていけることは理想ですが、ケアを必要としているのは患者さんだけではありません。診断当初から家族ケアが必要であることを再認識して、患者・家族双方の思いに心を寄せつつケアを行っていただけたらと思います。
「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(通称:DIPEx-Japan)
英国オックスフォード大学で作られているDIPExをモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)です。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指します。