第21回 患者さんの「決める」を支える意思決定支援とは?
- 公開日: 2016/1/7
- 更新日: 2021/1/6
医療者が患者の治療・ケアを行ううえで、患者の考えを理解することは不可欠です。しかし、看護の現場では、複数の患者への治療や処置が決められた時間に適切に実施されなければならないことが日常的です。また、心身が辛い中で療養している患者は、忙しそうに働いている看護師に対して、自分から治療や生活上の悩みや困難を訴えるのも勇気のいることでしょう。
そこで、患者の病いの語りをデータベースとして提供しているDIPEx-Japanのウェブサイトから、普段はなかなか耳にすることができない患者の気持ち・思い・考えを紹介しながら、よりよい看護のあり方について、読者の皆さんとともに考えてみたいと思います。
命にかかわるような病気の治療法を患者さんが自分で決める。今はそれが推奨されるような時代になりました。治療を決めていくときは、まず医師が、患者さんの状態や病気の進行度などから勧められる治療法を提示して、患者さんが決めていくというのが通常の流れです。
しかし、医師が提示したものが患者さんの好みに合わないこともありますし、医師が提示した治療法の中からどうやって選べばいいか分からないことも多くあります。
医師が提示するエビデンス情報だけでは、すんなり決められない
42歳の時に乳がんと診断され、医師が提示した治療法とは異なる方法を選んだ女性(インタビュー時42歳)
最初に病院の先生からは「リンパ郭清(かくせい)、(がんができた)場所があまり良くないので郭清した方がいい」というふうに言われたんですけれども。
(中略)
実際にちょっと浮腫が起きた方っていうのを個人的に知っていまして、すごく大変だというのがちょっと分かってたので、そういうふうには絶対にちょっと、なりたくないというのと、あと、そのリハビリとかの、切った後の浮腫のメンテナンスが確立していないのに取ってしまうのはすごく納得がいかなくて。
(中略)
「取った方が格段にリスクは、がんの再発とか、転移とかのリスクは下がります」っていうふうに説明をされたんですけれども、どうしてもその時にちょっと取るっていうのを踏み切れなくてですね、「取りあえず取らないでください」というふうにお話をして…。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン > 乳がんの語り」より
この女性は、医師が提示した治療法には納得がいかなかったので、違う治療法(術式)を選択しています。医師は、女性の状態や病状から考えて妥当だと思われる治療法を提示したのだと思いますが、この女性本人にとっては、これが自分にとってベストだとは思えなかったわけです。
62歳の時に前立腺がんの診断とともに複数の治療法を提示されて困ってしまった男性(インタビュー時71歳 )
そのときに医者が言うにはですね、あなたの場合は対処法…選択肢は4つあります。このまま何もしない方法が1つ、それから手術で取ってしまうことが1つ、放射線をやるのが1つ、それからホルモン療法をする…この4つありますと。
どれをやってもね、あなたの場合は妥当だから、選んでくださいと言われて、正直言って困っちゃったんですね。
「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン > 前立腺がんの語り」より
この男性は、医師から治療法を4つの選択肢の中から選んでくださいと言われ、困ってしまった経験を話しています。4つが「どれも妥当だ」と言われても、4つのどれを選ぶかで結果が違ってくる可能性も考えられるでしょう。つまり、医師のこのような説明では、「決め手」になる材料が不足していると考えることができます。
このお2人の話に登場する医師たちは、おそらくエビデンスに基づいてそれぞれの患者さんにとって妥当だと思われる治療法を提示したのだと思います。しかし、先の女性が話すように、必ずしもエビデンスで示された治療法が、本人の好みや大事にしたいことと一致するとは限りません。また、男性のように、エビデンス情報だけを示されても、自分はどうなるのか、何を優先させたいのかが分からなければ、決めることはとても難しいことです。
意思決定には一連のプロセスがあります。それは、まず(治療をしないという選択肢も含め)取りうる選択肢を全て挙げ、それぞれのメリットデメリットを知ったうえで、自分自身が大事にしたいものを理解して、最終的に選択肢の中から選んでいくというものです。
医療者はまず、患者さんが選び得る選択肢についてそのメリットデメリットを分かりやすく説明する必要がありますが、その内容はあくまで一般論です。より重要なことは、治療を選択するにあたって、その患者さん個人が何を望んでいるか、何を大事にしたいかを尊重することではないでしょうか。また時には、何を大事にしたいかについて、患者さん自身が気付いていない・分からないということもあります。そんな時、患者さんにとって身近な医療者である看護師には、患者さんの大事にしたいものを共に探っていく姿勢も必要です。
患者さん自身が「決める」ことが推奨される今の時代、医療者は、患者さんの意思決定の一連のプロセスに、「点」ではなく「線」で付き合う心づもりが求められています。
「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(通称:DIPEx-Japan)
英国オックスフォード大学で作られているDIPExをモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)です。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指します。