第38回 語ることによって生まれる力
- 公開日: 2016/6/24
医療者が患者の治療・ケアを行ううえで、患者の考えを理解することは不可欠です。
そこで、患者の病いの語りをデータベースとして提供しているDIPEx-Japanのウェブサイトから、普段はなかなか耳にすることができない患者の気持ち・思い・考えを紹介しながら、よりよい看護のあり方について、読者の皆さんとともに考えてみたいと思います。
病いを体験した人の語りは、同じ病気の患者さんや介護する家族に様々なことを教えてくれますし、医師や看護師にとっても貴重な学びの機会を与えてくれます。「病いの語り(ナラティブ)」が注目されている理由もそこにあるのですが、同時に「病いを語る」というその行為自体が、患者さん本人にとって、あるいは介護者自身にとっても大きな力を与えてくれることがしばしばあります。
こういう病気があるんだということを知ってもらうだけでいい
「そんな幻視が見えるなんて、誰も理解できないだろう」「同じ病気の人と話したい」と必死になって探していたN.H.さんは、たまたま家族会で自分の症状について話しているという、同じ病気の患者さんと出会い、「他の人に話しても理解してもらえないのではないか」という自分の不安を打ち明けました。
41歳頃発病、10年以上も闘病しているレビー小体型認知症の女性(インタビュー時52歳)
「この病気のことを言って、理解してもらえますか、誰にも理解してもらえないんじゃないんですか」って言いましたら「理解してくれなくてもいい、知ってくれたらいい」って「こういう病気があるんだ。こういう病名があるんだって、そういう人がいるんだっていうことを知ってもらうだけでいいんです」っておっしゃったんですね。
それは、ほんとに、わたしを変えましたね、その言葉は。――「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン 認知症の語り」より
これをきっかけに N.H.さんは自分の病気を伝えていこう、病気を隠して生きるのはやめよう、堂々と生きていこうと決意し、友人や周囲の人に話すだけでなく、自分の病気について本を書き、講演を行うようになりました。いまも心拍数・体温の変動などの自律神経症状は続いていますが、医療従事者にもまだ充分認識されていないレビー小体型認知症への誤解を患者の立場からただして行く啓発活動に取り組んでいます。
患者さんだけでなく、認知症の父親を介護している次の女性(I.C.さん)も自分の介護体験を語ることによってネガティブに落ち込んで行く負のスパイラルからぬけだすことができたと語っています。
脳梗塞・アルツハイマー病の父を15年間介護している女性(インタビュー時34歳)
何かみんなの前で話すとか、聞かれたことを伝えるだったりとか、そういうことをする中で、こちら側の気持ちの整理がどんどんついていくところがあるので。私がすごくネガティブな、負のスパイラルに入ってしまっていたときとかは、それを気づいてくださってる方とかは…「この人のお父さんがこの前、脳梗塞で倒れたんだけど、脳梗塞のときどういうリハビリとか家でしてあげてたか教えてあげて」っていう感じで、わざと、私にしゃべる場を作ってくれてたんですよ。
そうすると、私もやっぱり、気持ちがだんだん落ち着いてくるっていうところはあったので、プラス、やっぱり自分の経験であっても、どなたかに伝えるっていうことは、まあ不確かなものじゃよくないなと思うので、またそれに対していろいろ調べて伝えようと思うので、ある意味、知識のストックができてくるだったりとか、いろいろあったので。
ただ「ちょっと聞いてよ」って言って、愚痴を聞いてもらうだけとかよりも、私に教えてくれた人たちが、私が今度教える側になりなさいね、っていう感じのスタンスに持ってってくれたのは、ある意味すごい助かったなと思いますね。
――「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン 認知症の語り」より
同じ問題を抱えた人の体験談や情報は非常に役立ち、家族会やネット上での交流が孤立感を癒やしたと語るI.C.さんは、介護経験を基盤に起業して、今では海外にその活動の幅を拡げています。
私たちは「患者さんやそのご家族の訴えに耳を傾ける」ことの大切さを常々教えられてきましたが、ときにはより能動的に自分の体験や考え方を語ることで、同じ病気の仲間に元気を与え、医療従事者も気づかなかった重要な問題を提起し、そのことがまたご本人の生きる力にもなることをこと覚えておきたいものです。
「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(通称:DIPEx-Japan)
英国オックスフォード大学で作られているDIPExをモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)です。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指します。