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日本看護学教育学会第34回学術集会 共催セミナー「基礎教育と継続教育が連動した職業的アイデンティティの形成支援 -看護に価値をおき、いきいきと働く新人看護師育成-」

  • 公開日: 2024/10/15
  • # 学会・セミナー
  • # 教育・指導

2024年8月19日、日本看護学教育学会 第34回学術集会において、「ナース専科 就職」との共催セミナー「基礎教育と継続教育が連動した職業的アイデンティティの形成支援 -看護に価値をおき、いきいきと働く新人看護師育成-」(東京都新宿区・京王プラザホテル)が開催され、新人看護師の職業的アイデンティティを形成するために実践された2つの教育を紹介しながら、基礎教育から臨床までの教育のあり方について、北里大学病院 看護研修・教育センター長の谷口先生が講演されました。ここでは本講演の内容をレポートします。


座長:鈴木 加乃

座長:鈴木 加乃

昭和大学 キャリアマネジメント室

演者:谷口 陽子

演者:谷口 陽子

北里大学病院 看護部 副部長/看護研修・教育センター長

“看護師になる”意志が弱くなった新人看護師

 2010年の4月から新人看護職員研修の実施が努力義務となり、厚生労働省によって新人看護職員研修ガイドラインが作成されました。これによって10~12%台であった新人看護師の離職率は、8%台まで低下しました。しかし、コロナ禍にあった2021年度から再び10%台を推移しています。

前触れなく早期離職していく状況

 新人看護職員研修ガイドラインによる育成が始まった約15年前は、離職の原因の多くが基礎教育と臨床とのギャップによるリアリティショックでした。臨床現場では新人看護師をほめながら時間をかけて育てることで少しずつ成長を促し、何とか耐え抜いた先に一人前の看護師になるという流れでした。

 一方、現在の新人看護師は過去と比較すると“看護師になる”という意志が弱くなっているのではないかと考えられます。時代背景や世代の特徴による影響も考えられますが、職業や就職先の選択に両親の意思が含まれていることも多く、耐え抜く前に突然出勤しなくなる、看護師に向いていないからと別の職業につくケースも増えています。
 しかし新人看護師が何の前触れもなく早期離職に至る状況は、臨床では大きな損失です。そこで、新人看護師を取り巻く環境の変化が、看護職の職業的アイデンティティに関係していると考え、このアイデンティティの形成に着目しました。

職業的アイデンティティの形成に着目

 アイデンティティとは、「自我が特定の社会的現実の枠組みの中で定義されている自我へ発達しつつある感覚」1)とあるように、看護職の職業的アイデンティティの場合、核である「自分」のまわりに「看護師としての自分」、そのまわりに「○○病院の看護師としての自分」というように形成されます。

看護職のアイデンティティ

 しかし、現在「看護師としての自分」の認識が弱く、そのため職業的アイデンティティの形成が不十分であると離職に至ります。この「看護師としての自分」を確立し認識するためには、さまざまな場での看護経験とその質が影響すると考えます。

 さらに、看護職の職業的アイデンティティに関する複数の文献では、看護師は入職前から看護師としてのアイデンティティの発達が求められる2)ことや、職業的アイデンティティは看護基礎教育就学中の経験で変化し、入職直後に最も低くなる3)といわれていること、臨床経験3年目以下の新人から一人前の看護師になるには職業キャリアの自律的な取り組みや計画性に対して、社会的支援を必要とする4)ことなどが述べられています。

 これらを踏まえて、新人看護師の職業的アイデンティティの形成には、基礎教育から臨床への連続的で継続的な支援が重要だといえます。

看護師としての自分を確立させる2つの取り組み

 看護職の職業的アイデンティティの形成に必要な「看護師としての自分」の確立には、基礎教育から臨床における看護経験とその質が求められており、看護経験の機会として基礎教育では臨地実習、臨床ではOJTが該当します。

 そこで、職業的アイデンティティの形成には基礎教育と臨床のつながりが重要であると感じた2つの教育実践について紹介します。

セミナーの様子

1)臨床教員制度の導入

 看護職のキャリアは学生からスタートしていると捉え、基礎教育から臨床への継続した人材育成と、双方が連携することで新人看護師が感じるリアリティショックを少なくする目的で導入しました。

 臨床教員は、看護学部に移籍し、半年以上研修を受け、自部署での臨地実習において病棟実習指導者と学部教員の役割を担います。さらに実習前の演習やオリエンテーション、実習後のケースレポート指導や面談も行います。なお、担当する領域の実習がない期間は、部署のスタッフとして勤務します。

 ある臨床教員は、実習に対して負の感情を示す学生に対し、言葉による説明ではなく、自身がプライマリーナースとしての看護をみせることで、一緒に患者さんとかかわる機会をつくりました。学生はコミュニケーションを通して、自ら考えてケアを実行していくことで、患者さんの変化を体験し、看護のやりがいを見い出しました。その後の学業も積極的に取り組み、臨床教員のような看護師を目指して入職しました。

 臨床の流れに巻き込んだ指導ができる臨床教員によって、学生は患者さん中心の看護が展開されていることを理解し、看護師らしい看護実践を体験します。そして、臨床教員が実践者としてのモデルを示すことでも学生に大きな影響を与えており、就職時の面接では多くの学生が、臨床教員のような看護師になりたいと発言しています。

 学生が臨床教員の指導によって臨地実習で得た体験は、職業的アイデンティティの形成に大きく影響しているといえるでしょう。今後は病棟の実習指導者だけではなく、臨床の看護師がもっと臨地実習への関心を高め、後進育成の場であることの認識を持つことが必要です。現在、臨床教員は新たな役割として、全部署の実習指導者に対して効果的な実習指導に向けた支援を行っています。

2)「気づく」を促す研修の実施

 コロナ禍において臨地実習が減少したことにより、この期間の新人看護師に今までと異なる支援が必要だと感じて実施した教育研修がありました。

 臨地実習の減少によって最も懸念されたことは、患者さんが流れ(文脈)の中に存在することの理解が不十分であるということでした。リモートではさまざまな情報が提供されますが、自分が現場で体感したものから看護を考えることは難しくなります。新人看護師にありがちな自分中心で患者さんを看ることや、看護の思考の複雑さにつまずくことが予想されました。

 そこで、看護の思考に焦点をあてた教育を実践すべく、タナーの臨床判断モデルに基づき、看護師の行為は「気づく」ことから始まり、意思をもって行動していることを認識するための教育研修を構築しました。そして、「看護の気づき」というテーマで動画を用いた研修を実施しました。

 まず、ベテラン看護師が受け持ち患者さんのモーニングラウンドをしている様子を撮影した動画を視聴し、新人看護師は動画内の看護師が何を考えその行動をとったのかを個々で書き出します。それを共有するといった研修内容です。

 コロナ禍で臨地実習が減少していた2021年、2022年入職の新人看護師たちは、入職直後の4月に実施した本研修では、看護師の思考ではなく行動に着目している傾向がみられました。そこで、約2カ月間の臨床での実践を経た6月に再度同じ研修を実施したところ、看護師の思考を捉え行動の意味を理解できるように変化しました。

研修における学びの変化(2021、2022年度)

 臨地実習が再開された2023年入職の新人看護師は、4月の時点ですでに看護師の思考について着目できており、臨地実習の重要性を再認識することができました。

新人をみんなで育てる意識が育む肯定的認識

 まず、新人看護師の看護の経験の質を高めるには、教育指導者による効果的なリフレクションが重要です。リフレクションが繰り返され、自身の傾向や価値観の認識を高めると、自己と看護師の統合が促進され、看護師としての職業的アイデンティティ確立につながると考えます。

 また、奥野信行氏は「正統的周辺参加論」のなかで、看護実践を積み重ねる過程で学び成長する臨床におけるアイデンティティ形成とは「新卒看護師が看護実践コミュニティへの参加のプロセスの中で看護師である自己に対して安定した肯定的認識を形成すること」5)と述べています。

 ただし、これには学び手中心の「応答的環境」が必要であり、看護実践コミュニティにおいて新人看護師への対話中心のアプローチの重要性が示されています。

 近年臨床現場では時代背景などによりコミュニケーションの在り方が変化し、新人看護師と看護実践コミュニティの相互作用が低下しています。応答的環境の重要性を今一度認識し、新人看護師をみんなで育てる意識を高めなければなりません。これは臨地実習における学生への支援にも通じます。

「思考発話」による「応答的環境づくり」

 新人看護師に関心を寄せ、対話をもって育成する「応答的環境づくり」には、考えていることを言葉にして伝えることで看護実践中の認識を伝える「思考発話」が必要だと考えます。

 新人看護師には自分で考える癖をつけさせるための教育方法がよく実践されていますが、周囲が思考発話を実践することで、新人看護師は看護師の思考の複雑性と重要性を学ぶだけでなく、自身も思考発話ができるようになります。そして、自身が実践する日々の行為の意味を考えるようになり、経験学習の習慣化や促進につながります。

 教える側と教えられる側の双方が思考発話することによって、相互理解をさらに深めることができ、これが応答的環境の基盤になるのではないかと考えます。

新人がいきいきと働き続けるための支援を

 新人看護師がいきいきと働き続けるためには、看護師としての職業的アイデンティティを形成したうえで、自己肯定感や自己効力感を育てることが必要です。まずは職業的アイデンティティの形成のために、基礎教育と臨床を連動させ継続して支援することが重要であり、実習生を臨床に巻き込んだ指導・支援を意識することや、新人看護師を中心とし、全員参加の対話によって新人看護師を育てていく応答的環境づくりの強化などの取り組みが必要ではないかと考えます。

引用文献

1)Erikson:自我同一性アイデンティティとライフ・サイクル.小此木啓吾,編.誠信書房,1973,p.22.
2)グレッグ美鈴,編:第Ⅳ章看護教育の基盤「 1 .アイデンティティ」.看護教育学 -看護を学ぶ自分と向き合う-.南江堂,2009,:p.94-103.
3)波多野梗子,他:看護学生および看護婦の職業的アイデンティティの変化.日本看護研究学会雑誌 1993;16(4):21-8.
4)加納さえ子,他:初期キャリア看護師の職業キャリア成熟度と背景要因.島根大学医学部紀要 2016;38:63-73.
5)奥野信行:新卒看護師の看護実践コミュニティへの参加過程における学びの経験 ―正統的周辺参加論の視点によるエスノグラフィック・ケーススタディー―.京都橘大学研究紀要 2012;39:83.

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