アルツハイマー病 新薬3剤の最新情報
- 公開日: 2025/1/24
2024年11月15日、アルツクリニック東京と一般社団法人生涯健康社会推進機構がメディア説明会「アルツハイマー病 新薬3剤の最新情報」を、新宿会場(アルツクリニック東京監修 健脳カフェ)とオンラインのハイブリッド形式で開催しました。
当日は、認知症予防・治療の第一人者であるアルツクリニック東京院長の新井平伊先生が、アルツハイマー病に対する新薬、レカネマブ(商品名:レケンビ)、ドナネマブ(商品名:ケサンラ)およびブレクスピプラゾール(商品名:レキサルティ)に関する臨床試験の結果や臨床的意義について解説しました。今回はその様子についてレポートします。
アルツクリニック東京院長/順天堂大学 名誉教授
公益財団法人 認知症予防財団会長/一般社団法人 生涯健康社会推進機構理事
新井 平伊先生
アルツハイマー病の原因とこれまでの治療方法
アルツハイマー病は、加齢とともに脳内の「アミロイドβタンパク」が増えて異常に集積し、さらに「タウタンパク」が異常にリン酸化され脳の細胞内に蓄積することで、脳の萎縮が起こり発症するものだと考えられています。
これまでの治療では、記憶障害の症状の対症療法として、認知機能の低下に働きかけ一時的に症状の進行を遅らせる薬剤が用いられていました。しかし、薬剤の効果は一時的なものであり、根本的な治療方法は存在しませんでした。
一方アミロイドβタンパクが溜まる理由はいまだ不明ですが、20年近くの長い年月をかけて徐々に蓄積し、脳の萎縮が進むことで記憶障害の症状が現れることがわかっています。つまり、このアミロイドβタンパクやタウタンパクが蓄積される段階で早期予見・早期発見が実現すれば、根本的な治療に近づくと考えられます。
今回紹介する2023~24年にかけて薬価収載されたレカネマブ、ドナネマブは、まさに初期段階でアルツハイマー病の原因となるアミロイドβタンパクの除去に作用することで、認知機能障害の進行を遅らせることが期待できる根本的治療薬です。ここからは、レカネマブとドナネマブの臨床試験からみえた効果や副作用と2つの違い、さらにもう1つの新薬であるブレクスピプラゾールついても解説します。
レカネマブ(レケンビ)の特徴:効果や副作用について
レカネマブとは、モノクローナル抗体で構成される薬剤で、可溶性アミロイドβ凝集体(プロトフィブリル)への結合と、アミロイドβタンパクの集塊(プラーク)を構成する不溶性アミロイドβ凝集体(フィブリル)に結合し、脳内のアミロイドβプロトフィブリルやアミロイドβプラークを減らす効果がある1)とされています。治療期間は原則18カ月とされており、点滴による投与で頻度は2週間ごと、1回の投与量は体重1kgあたり10mgとなっています。治療には定期的なMRI検査が必要2)です。
軽度アルツハイマー病および軽度認知障害(MCI)を対象にした臨床試験では、レカネマブを投与していない対象と比較して18カ月でアミロイドβタンパクの減少が確認3)されました。私のクリニックでも、治療6-7カ月後にアミロイドPET検査を受けた4名の方の全員で、治療前と比べてアミロイド沈着量が明らかに減少していました。
副作用としては、まずインジェクションリアクション(注射に伴う反応)として発熱や頭痛、吐き気などが挙げられます。こちらは最初の投与での発生がほとんどでした。
またMRI画像上でみられるARIA(アミロイド関連画像異常)ですが、所見としては脳浮腫と微小脳出血が挙げられます。しかし、これらがみられたとしてもほとんどの場合は無症状で経過するし、脳浮腫は投与中止後4カ月後にはほとんど消失4)しています。ただし、実際の臨床現場では、第3相臨床試験よりもARIA発生する割合が多少増えていますが、軽症のものがほとんどでした。
ドナネマブ(ケサンラ)の特徴:効果や副作用について
ドナネマブもレカネマブと同様、モノクローナル抗体で構成される薬剤です。レカネマブとは働きかける箇所が異なり、ドナネマブの場合はアミロイドβタンパクが固まった老人斑のみに存在するN3pGAβに作用し、アミロイドβタンパクを除去する5)働きが期待できます。
点滴の頻度は月1回で、レカネマブは体重に対して投与量を変える必要がありますが、ドナネマブの場合は体重に関係なく投与量が決まっているので、使い勝手がよいかもしれません。また、ドナネマブの治療期間は最長18カ月と設定されていますが、治療開始1年後のアミロイドPET検査でアミロイドβタンパクが減っていれば治療終了6)となります。
このように、ドナネマブ治療でもレカネマブと同様に、アミロイドβタンパクの沈着を減少させます。また、副作用のインジェクションリアクション(注射に伴う反応)やARIAの発生率も、レカネマブとほぼ同率であることが第3相臨床試験で確認されています。
ここで重要なことは、レカネマブとドナネマブのどちらほうがより副作用が出やすいのかについてですが、両方の臨床試験での数字を単に比較して結論付けるのは不適切です。なぜなら、それぞれの母集団(臨床試験に参加した人たちの集団)がまったく異なるからです。この点については、今後の実際の臨床現場での積み重ねのデータで確かめる必要があります。
ブレクスピプラゾール(レキサルティ)の特徴と臨床的意義
ブレクスピプラゾールは、2024年9月に効能追加の承認を取得した行動心理症状(BPSD)の対症療法薬です。統合失調症やうつ病などの抗精神病薬として用いられていましたが、臨床試験の結果からアルツハイマー病によって現れる焦燥感や易刺激性、興奮に起因する、過活動または攻撃的な言動などの症状に効果があることが認められました。
これまで興奮性のBPSDによる症状が強く出て対応に困った際、精神科で抗精神病薬を処方してもらう方法しかありませんでしたが、抗精神病薬の使用は死亡率が高まるといわれており、国も警告を行っていました。しかし今回のブレクスピプラゾールは、ほかのこれまでの抗精神病薬に比べてより安全性が担保されているといえます。
またブレクスピプラゾールの承認によって、今後アルツハイマー病における興奮性の症状に対して、保険適用下で治療できることが大きな前進です。ただし、唯一の懸念材料は、臨床試験では効き始めるのに4週間ほどの時間を要することも明らかとなっており、早く鎮静化させたいBPSD症状に対して即効性がどうかは臨床現場での課題となるでしょう。
新薬の課題と今後の展望
これら3つの新薬のうち、レカネマブとドナネマブはこれまでの対症療法と違い、有効性が継続することから、早期予見・早期予防によってより根本的な治療が期待できます。
しかし新薬を使うためには、対象となる患者さんは軽度の認知症や軽度認知障害(MCI)であることや、投与できる施設の基準を満たす必要があるなど、いくつかの条件をクリアしなければなりません。また保険適用として処理する際は、レセプトに数多くの要件を書かなければならないため手間もかかります。治療にかかる費用も既存の薬剤に比べて高いのが現実です。レカネマブやドナネマブを投与できる医療施設がなかなか増えていかないのにはこのような事情もあります。
しかし、今後さらなる早期予見・早期予防のためには、より進行遅延効果が大きい、つまりより高い有効性をもった薬剤の開発を期待します。今回のような新薬は早期予防として発症遅延(二次予防)に役立ちますが、より早い段階からの治療を開始することによって発症を防ぐアルツハイマー病の一次予防すら可能になるかもしれないからです。
アルツハイマー病治療の発展のために、今後も早期予見・早期予防を進めるための研究、技術開発が重要となるでしょう。
引用・参考文献
1)エーザイ:「レケンビ®点滴静注」(一般名:レカネマブ)日本においてアルツハイマー病治療剤として12月20日に新発売. (2024年11月30日閲覧)https://www.eisai.co.jp/news/2023/news202374.html
2)3)厚生労働省:最適使用推進ガイドライン レカネマブ(遺伝子組換え).(2024年11月30日閲覧)https://www.mhlw.go.jp/content/001180610.pdf
4)エーザイ:抗アミロイドβプロトフィブリル抗体「レカネマブ」の早期アルツハイマー病に対する臨床第Ⅲ相Clarity AD検証試験結果を第15回アルツハイマー病臨床試験会議(CTAD)において発表.(2024年11月30日閲覧)https://www.eisai.co.jp/news/2022/news202285.html
5)6)厚生労働省:最適使用推進ガイドライン ドナネマブ(遺伝子組換え).(2024年11月30日閲覧)https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001330899.pdf
・田平 武:アルツハイマー病の治療:現状と将来 老年医学の展望.日本老年医学会雑誌2012;49(4):402-18
・厚生労働省:アルツハイマー病の新しい治療薬について.(2024年11月30日閲覧)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000089508_00003.html
・独立行政法人医薬品医療機器総合機構:審議結果報告書 令和6年9月3日.(2024年11月30日閲覧)https://www.pmda.go.jp/drugs/2024/P20240925002/180078000_23000AMX00010_A100_1.pdf
・大塚製薬:抗精神病薬「レキサルティ」 日本における効能追加の承認取得について ‐”アルツハイマー型認知症に伴う焦燥感、易刺激性、興奮に起因する、 過活動又は攻撃的言動”について、国内初となる適応症を取得(2024年12月10日閲覧)https://www.otsuka.co.jp/company/newsreleases/2024/20240924_2.html