慢性リンパ性白血病治療における課題と、ジャイパーカ®による新たなアプローチ
- 公開日: 2025/12/15
2025年10月30日、日本新薬株式会社のセミナー「CLL治療におけるアンメットニーズと、ジャイパーカ®による新たなアプローチ」が開催されました。当日は、リンパ系腫瘍がご専門の新潟薬科大学 医療技術学部長 青木 定夫先生より、CLL治療の課題と新たな治療選択肢についての講演がありました。今回はその様子をレポートします。
※本文中の®マークは省略しています。
CLL治療におけるアンメットニーズ、ジャイパーカ®による新たなアプローチ
新潟薬科大学 医療技術学部長
青木 定夫先生

慢性リンパ性白血病(CLL)とは
血液の細胞は、骨髄のなかで造血幹細胞から分化し、リンパ系と骨髄系の2つに分かれて成熟していきます。血液の腫瘍は、細胞分化のさまざまな段階で発生しますが、慢性リンパ性白血病(CLL)は、造血幹細胞から分化し、成熟したB細胞(Bリンパ球)由来の腫瘍です。
CLLは、予後が良好で、進行が緩やかで、経過が長いことが特徴です。急性白血病は進行が早く、短期間で治療を要することが多いのに対し、CLLを含む慢性型は、症状がゆっくり進行するため、無症状のまま診断後しばらく経過観察となることもあります。
同じように成熟したB細胞から発生し、主にリンパ節で腫瘍細胞が増殖する小リンパ球性リンパ腫(SLL)は、臨床像は異なりますがCLLとほぼ同じ病態とされています。
日本での発症頻度と患者さんの背景
CLLは、欧米では比較的多くみられますが、日本人の発症頻度は低いといわれています。発症原因は不明ですが、人種差があることから、遺伝的背景の違いが関与している可能性が示唆されています1)。
発症のピークは60〜70歳代と若年者よりも高齢者に多く、男女比では男性に多いといわれています2)。
進行したときに現れる症状
CLLは初期に無症状の場合が多く、経過はゆっくりですが、進行すると以下のような症状がみられます。
・貧血による疲労感、動悸、息切れ
・好中球などの減少に伴う感染症
・血小板減少による出血症状
・リンパ節の腫れ(首・脇の下・鼠径部など)
・脾臓が胃を圧迫することによる食欲低下
・抵抗力の低下
CLL治療の基本方針
CLLの治療では、すぐに治療が必要でないことが多いことがポイントです。このような場合を「未治療経過観察(Watch and Wait:W&W)」と表現されます。早期に治療を行っても予後に影響はないとされており、どの状況で治療が必要かはあらかじめ決まっているため、その基準を満たした場合に治療が開始されます。
治療開始基準は、造血器腫瘍診療ガイドラインに明記されていますが、W&W期間には個人差があり、生涯にわたり無治療で過ごす可能性もあります。
CLLの治療開始基準
iwCLL(国際慢性リンパ性白血病ワーキンググループ)の治療開始基準は、以下のとおりです(表1)。
表1 iwCLL(国際慢性リンパ性白血病ワーキンググループ)の治療開始基準
1)骨髄不全の出現もしくは増悪(通常Hb<10g/dLまたは血小板<10万/μL)
2)左肋骨弓下6cm以上の脾腫、進行性または症候性の脾腫
3)長径10cm以上のリンパ節塊、進行性または症候性のリンパ節腫脹
4)2カ月以内に50%を超える進行性リンパ球増加、6カ月以下のリンパ球倍加時間
5)副腎皮質ステロイド抵抗性の自己免疫性貧血や血小板減少症
6)症候性または機能的な問題を生じる髄外病変(皮膚,腎臓,肺,脊髄など)
7)CLLに起因する以下のいずれかの症状のあるとき
①減量によらない過去6カ月以内の10%以上の体重減少
②労働や日常生活が困難である(ECOG PS 2以上)の倦怠感
③感染症の所見なしに2週間以上続く38℃以上の発熱
④感染症の所見なしに1カ月以上続く寝汗
日本血液学会,編:第Ⅰ章 白血病.造血器腫瘍診療ガイドライン,第3版.金原出版,2023,p.148.より引用
予後不良因子がある場合は、早期に治療が開始することがあります。具体的には、免疫グロブリンH鎖遺伝子V領域に変異がない場合、染色体解析(FISH法)で11q欠失または17p欠失がある場合、またはがん抑制遺伝子TP53に変異がある場合です。
CLLの治療方法と現状課題
治療が必要と判断された場合、疾患の進行度や患者さんの年齢、症状、全身状態に応じて、以下の治療法が選択されます。
・免疫化学療法(FCR療法:フルダラビン+シクロホスファミド+リツキシマブ、BR療法:ベンダムスチン+リツキシマブなど)
日本血液学会,編:第Ⅰ章 白血病.造血器腫瘍診療ガイドライン,第3.1版(2024年版)https://www.jshem.or.jp/gui-hemali/1_5.html#soron(2025年11月25日閲覧)より
現在の治療方法
ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害薬は、B細胞の生存や増殖に関与するBTKのシグナル伝達経路を阻害することで、腫瘍細胞の増殖を抑え、アポトーシス(細胞死)を誘導します。CLL細胞はリンパ節や骨髄で増殖し、末梢血に移行した後、再びリンパ節へ戻るサイクルを繰り返しますが、BTK阻害薬はこのサイクルを断ち、腫瘍増殖を抑制します。
現在使用される代表的なBTK阻害薬にはイブルチニブやアカラブルチニブなどがあり、従来の抗がん剤よりも無増悪生存率の延長が期待でき、初回治療の第一選択薬として位置づけられています。
再発時の治療選択は、治療歴、耐性の有無、全身状態に応じて決定されます。初回治療でBTK阻害薬に抵抗性を示した場合、BCL-2阻害薬+リツキシマブの併用療法が推奨されます。一方、BTK阻害薬に不耐容の場合、BCL-2阻害薬+リツキシマブまたは別のBTK阻害薬が選択肢となります。前治療でBTK阻害薬を使用していない再発例では、BTK阻害薬、BCL-2阻害薬+リツキシマブが推奨されています3)。
CLL治療の現状課題
既存のBTK阻害薬(イブルチニブ、アカラブルチニブなど)は、初回治療の第一選択薬として用いられています。しかし、これら薬剤を初回治療で使用した場合、再発時には治療選択肢が限られることが課題です。
既存の共有結合型BTK阻害薬は、BTKのC481残基に共有結合することで作用しますが、この部位に変異(C481Sなど)が生じると薬剤の結合が阻害され、耐性が発現します。そのため、初回治療からBTK阻害薬を使用した症例では、再発・耐性例における有効な治療選択肢が限られていました。
こうした状況を受けて再発・耐性例への新たな治療選択肢として注目されているのが、非共有結合型BTK阻害薬であるジャイパーカ(一般名:ピルトブルチニブ)です。
ジャイパーカの特徴と臨床効果
ジャイパーカは、日本で使用可能な唯一の非共有結合型BTK阻害薬です。既存の共有結合型BTK阻害薬はBTKのATP結合ポケット内にあるC481に結合することで効果を発揮するのに対し、ジャイパーカはATP結合ポケット内の複数のアミノ酸に非共有結合することでBTKの活性を阻害し、抗腫瘍効果を発揮します。
この作用機序の違いにより、既存BTK阻害薬耐性例や不耐用例に対して、新たな経口治療の選択肢として期待されています。
ジャイパーカの有効性と安全性
国際共同第III相無作為化比較試験(BRUIN-CLL-321)では、共有結合型BTK阻害剤の前治療歴がある患者さんを対象に、ジャイパーカの従来治療(ベンダムスチン+リツキシマブ、またはイデラリシブ*+リツキシマブ)に対する優越性が検証されました。
試験の結果、無増悪生存期間(PFS)の中央値は、対照群である従来治療が8.74カ月であったのに対し、ジャイパーカ群は11.24カ月と有意差があることが検証されました4)。なお、安全性については、有害事象の発現割合がジャイパーカ群87.9%に対し、対照群96.3%と報告されています4)。
*:本邦未承認
ジャイパーカによる新たなアプローチ
非共有結合型BTK阻害薬であるジャイパーカは、既存の共有結合型BTK阻害薬に耐性を示すCLL/SLL患者さんに対して有効性が期待される新しい治療薬です。従来の治療では選択肢が限られていた症例に対し、無増悪生存期間の向上が示され、安全性も良好であることが報告されています。このことから、再発・耐性例に対する新たな経口治療の選択肢として期待され、CLL治療のアンメットニーズ解消に寄与すると考えられます。
【引用・参考文献】
1)Morton LM:Lymphoma incidence patterns by WHO subtype in the United States, 1992-2001.blood 2006;107(1):265-76.2)SEER Cancer Stat Facts: Chronic Lymphocytic Leukemia/Small Lymphocytic Lymphoma. National Cancer Institute. Bethesda, MD, https://seer.cancer.gov/statfacts/html/cllsll.html(2025年11月18日閲覧)
3)日本血液学会 ,編:第Ⅰ章 白血病.造血器腫瘍診療ガイドライン,第3版.金原出版,2023,p.153-4.より引用
4)ジャイパーカ®錠 医薬品インタビューフォーム:https://pins.japic.or.jp/pdf/medical_interview/IF00009585.pdf(2025年11月18日閲覧)
・日本血液学会 ,編:造血器腫瘍診療ガイドライン,第3.1版(2024年版)https://www.jshem.or.jp/gui-hemali/table.html(2025年11月18日閲覧)
