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認知症の治療現場の今とケサンラ®の最新使用法 日本イーライリリーメディアセミナー

  • 公開日: 2025/11/24

2025年9月18日、日本イーライリリー株式会社が「認知症の治療現場の今とケサンラ®の最新使用法に関するメディアセミナー」を開催しました。当日は、東京都健康長寿医療センターの岩田 淳先生から、早期アルツハイマー病治療の投与完了と進行抑制が当事者やご家族にもたらす価値について、国立循環器病研究センターの猪原 匡史先生からTRAILBLAZER-ALZ6試験の結果と新しい用法用量についての講演がありました。今回はその様子をレポートします。


※本文中の®マークは省略しています。

早期アルツハイマー病治療の投与完了と進行抑制が当事者やご家族にもたらす価値

地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター 副院長
岩田 淳先生

岩田 淳先生

アルツハイマー治療の新たな常識

 アルツハイマー病では、まず脳内で「アミロイドβ」というタンパク質が異常に蓄積し、アミロイドプラーク(老人斑)が形成されます。これが神経細胞を障害することで、神経細胞内に「タウ」というタンパク質が蓄積し、神経細胞死を招きます。これらにより、最終的に認知機能障害へと進行すると考えられています。

 従来のアルツハイマー病の治療は対症療法が中心であり、認知機能の一時的な症状の緩和にとどまっていました。しかし近年では、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβを標的とし、アルツハイマー病の進行を遅らせる「抗アミロイドβ抗体薬」の開発が進められています。

 今回紹介するケサンラ(一般名:ドナネマブ)も、アミロイドプラークに高い特異性で結合することで、効率的な除去が期待できる抗アミロイドβ抗体薬です。

ケサンラ(ドナネマブ)の有効性・副作用

 ケサンラ(ドナネマブ)は、脳内のアミロイドプラークに特異的に結合することで脳内のアミロイドβ沈着量を減少させるため、投与前にはアミロイドPET検査でアミロイドβ蓄積の有無を確認することが前提となります。臨床試験では、ケサンラによる治療開始後にアミロイドプラークが消失された場合、プラセボに切り替える形で実施されました。

 投与開始から76週目の結果では、タウの蓄積が軽度または中等度の患者さんで80.1%、全体集団でも76.4%の患者さんでアミロイドプラークが消失しました1)。認知機能・日常生活動作を評価するiADRSでは、タウの蓄積が軽度または中等度の患者さんで35.1%、全体で22.3%の進行抑制効果がみられ1)、認知症重要度スコアであるCDR-SBでは、軽度または中等度の患者さんで36.0%、全体で28.9%の進行抑制効果が示されました1)

 また、36カ月後のデータでもケサンラの臨床的進行の抑制効果が確認されています。なお、薬の投与をやめると、アミロイドプラークの再蓄積はありましたが、治験期間中3年の間では大きな増加はみられなかったことが示されています。

 一方、副作用としてARIA-E(浮腫/滲出液貯留)、ARIA-H(微小出血/脳表ヘモジデリン沈着)、投与時のアナフィラキシー症状、頭痛などが報告されています。

早期診断・治療開始の重要性

 抗アミロイドβ抗体薬は、できるだけ早期に投与することでより、治療効果が得られることが明らかになっています。臨床試験では、軽度認知症の患者さんでiADRSやCDR-SBの進行抑制効果が高く、疾患進行を抑えられる可能性が高いことが示されました。実際、通常なら約2年半で自立生活が困難になるところ、ケサンラ投与により約10カ月遅延することが確認されています2)

 しかし、初期の物忘れや判断力低下を加齢の変化と捉え、受診が遅れるケースは少なくありません。患者さん本人は「自分はまだ大丈夫」と感じ、家族も受診をためらうことがあります。こうした状況では、早期診断と投与のタイミングを逃してしまい、本来得られる効果が十分に発揮されない可能性があります。

 自立した生活をより長く維持するためにも、アルツハイマー病治療は、患者さんやご家族が早期の徴候を見逃さず、医療機関に繋げることが重要であり、症状の軽さに関係なく、気になる変化があれば早めの受診が推奨されます。

当事者・家族にもたらす価値と治療の目的

 ケサンラによる治療によって、患者さんは趣味や社会参加を続けたり、家族や友人との交流を保ちながら、自分らしく生活する時間を延ばすことができます。また、患者さんの自立が保たれることは、ご家族にとっても大きな意味があります。介護負担が軽減されることで心に余裕が生まれ、良好な関係を守ることに繋がるからです。

 つまり、ケサンラの治療の目的は「治療を受けることそのもの」ではなく、患者さんとご家族がその人らしい日々をできるだけ長く続けられるよう支えることにあります。

TRAILBLAZER-ALZ6試験の結果と新しい用法・用量について

国立研究開発法人 国立循環器病研究センター 脳神経内科
猪原 匡史先生

猪原 匡史先生

TRAILBLAZER-ALZ6試験の概要と目的

 TRAILBLAZER-ALZ6試験は、早期アルツハイマー病の成人を対象に行われ、ケサンラを従来の一定量投与法と段階的に投与量を増やす漸増投与法で投与し、薬剤の有効性や副作用の発現率を比較した試験です。

 従来の臨床データでは、ケサンラ投与に伴う副作用の1つであるARIA-Eは、治療の初期段階で発生しやすいことが報告されています。そのため、治療効果を維持しながら、副作用の発現をいかに抑えるかが課題となっていました。

 この背景を踏まえ、漸増投与法による試験が実施されました。ケサンラの初期投与量を抑え、段階的に増量することで、ARIAの発現を最小限に抑えることが狙いです。

ARIA(アミロイド関連画像異常)とは

 ARIAとは、アミロイドβの影響によりMRIで確認される脳の異常所見の総称です。アルツハイマー病の自然経過でも起こり得ますが、抗アミロイドβ抗体薬の投与により、発生リスクが高まると考えられています。

 ARIAは、浮腫や滲出液貯留を示すARIA-Eと、微小出血や脳表ヘモジデリン沈着を示すARIA-Hの2種類に大別されます。

ARIA-E

 ARIA-Eは、毛細血管の透過性が亢進し、血漿成分が脳実質や脳溝にしみ出すことで、浮腫や滲出液の貯留が発生すると考えられています。

 多くは無症状ですが、一部の患者さんでは頭痛、錯乱、めまい、悪心、嘔吐、歩行障害などの症状を呈することがあります。通常は一過性で、薬剤中止、または中断後数週間から数カ月で自然に改善するか、投与継続しても消失する場合があります。

ARIA-H

 ARIA-Hは、血管からの血球成分が漏れ出すことによる、脳内の微小な出血や脳表のヘモジデリン沈着を指します。通常は無症状ですが、まれにARIA-Eと同様の症状が現われることもあります。出血やヘモジデリンに含まれている鉄の沈着は一度生じるとMRI上に残存することが多いとされています。

抗アミロイドβ抗体薬でARIAが生じる理由

 アルツハイマー病の原因となるアミロイドβの蓄積は、脳の血管の障害が深く関係しており、血管が損傷するとアミロイドβの分解、排出が低下し、さらに蓄積が進む悪循環が生じます。

 脳の血管壁にさまざまなタンパク質が沈着する病態を脳アミロイド血管症(CAA)といいます。なかでもアミロイドβが血管壁に沈着するタイプのCAAでは、アミロイドβの排出機能や血管の作動性が低下し、アミロイドβの蓄積が加速します。

 抗アミロイドβ抗体薬が投与すると、血管壁に沈着したアミロイドβが徐々に取り除かれます。この過程で、CAAのある血管では一時的に血管の外に血漿や血球成分が漏れ出すことがあり、これがARIAとして観察されます。ARIAの起こりやすさは、血管壁に沈着しているアミロイドβの量や除去の進み具合によって変わります。なお、血管内のアミロイドβが十分に除去され、血管の構造が回復すると、ARIAのリスクは減少します。

 なお、ARIA(特にARIA-E)の発生には、遺伝的背景や血管、脳内のアミロイドβの状態などが影響しています。主なリスク因子は以下のとおりです。

・APOEε4遺伝子をもつ
・血圧が高い
・CAAが認められる
・微小出血や脳表ヘモジデリン沈着が多い
・抗アミロイドβ抗体薬の投与量が多い

TRAILBLAZER-ALZ6試験:漸増投与法による有効性

 TRAILBLAZER-ALZ6試験では、従来の一定量投与法(初回700mgを4週間隔で3回、その後1400mg)と、段階的に投与量を増やす漸増投与法(初回350mg、2回目700mg、3回目1050mg、その後1400mgを4週間隔で投与)の比較が行われました。対象者の平均年齢は73~74歳で、半数以上はARIAリスクの高いAPOEε4遺伝子をもつ患者さんが含まれていました。

 投与開始から76週時点で、ARIA-E以外の副作用発現率には両群で大きな差はみられませんでした。一方、ARIA-Eの発現率は、従来法で23.2%、漸増投与法では15.1%3)と有意に低下しました。ARIA-Eの重症度については、従来法では中等度の発現率が14.0%、重度が1.9%であったのに対し、漸増投与法では中等度が9.4%、重度は0%と、より軽度に抑えられる傾向がみられました4)

 脳内のアミロイドプラーク沈着変化量は、76週時点で両投与法とも同等に維持されており、漸増投与法によりARIA-Eを減少させつつ、アミロイドβ除去効果が損なわれないことが確認されました。さらに、もともとARIAリスクが高いAPOEε4遺伝子をもつ患者さんにおいても、リスクの増加が抑制され、発現率の差が縮小しました。

抗アミロイドβ抗体治療におけるARIAリスク管理

 ARIAは、抗アミロイドβ抗体治療における重要な安全性の指標であり、積極的に検出し、適切に対処することが求められます。

 治療前には、APOEε4遺伝子を保有しているか、CAAがあり微小出血やヘモジデリン沈着が認められるか、抗血栓薬を服用しているかなどのリスク因子を確認し、必要に応じて複数の診療科と連携したリスクマネジメントを行うことが不可欠です。

 投与後は処方医と読影医が連携し、定期的なMRIによるモニタリングを行うことで、ARIAの早期発見・早期対応に繋げます。また、高血圧などの生活習慣病を適切に管理することは、アルツハイマー病の進行抑制やARIAに伴う脳出血リスクの低減にも繋がります。患者さんが安心して治療を受けられる環境の整えるうえでも重要です。

引用・参考文献

1)Sims JR, et al:Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease: The TRAILBLAZER-ALZ 2 Randomized Clinical Trial.JAMA 2023;330(6):517.
2)Hartz SM, et al:Assessing the clinical meaningfulness of slowing CDR-SB progression with disease-modifying therapies for Alzheimer’s disease. Alzheimers Dement (N Y) 2025;11(1):e70033.
3)ケサンラ:https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00071554.pdf(2025年11月5日閲覧)
4)Wang H, et al:The effect of modified donanemab titration on amyloid-related imaging abnormalities with edema/effusions and amyloid reduction: 18-month results from TRAILBLAZER-ALZ 6.J Prev Alzheimers Dis 2025;12(8):100266.
・Sims JR, et al:Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease: The TRAILBLAZER-ALZ 2 Randomized Clinical Trial.JAMA 2023;330(6):512-27.
・Hartz SM, et al:Assessing the clinical meaningfulness of slowing CDR-SB progression with disease-modifying therapies for Alzheimer’s disease. Alzheimers Dement (N Y) 2025;11(1):e70033.

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