「第16回日本循環器看護学会学術集会」リポート
- 公開日: 2019/12/30
循環器病医療における看護師の役割や包括的ケア
2019年11月2日(土)〜3日(日)に、第16回日本循環器看護学会学術集会が北里大学白金キャンパス・プラチナタワー(東京都港区)で行われました。テーマは「Art, Science & Technology 未来の循環器看護を創造する」。今回は、2日(土)に行われた「教育講演」の一つをご紹介します。
脳神経および心臓血管に関する疾病は循環器病と総称され、三大国民病の一つとなっています。このようななか、循環器病は医療者と市民が課題を共有し解決していくことが必要であり、看護職に求められる役割は少なくないといえるでしょう。日本循環器看護学会は、市民と医療者の協働、市民の健康と福祉に貢献できる循環器看護の実践を目的に、学術集会や教育セミナー、委員会活動などを行っています。
今回の学術集会では、2018年の「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」の成立を受けて、循環器病予防における看護師の役割、治療主体の入院医療から生活主体の在宅医療までの包括的看護のあり方、多様な病態に専門的に対処するための看護実践など、幅広い分野・領域がテーマとして取り上げられていました。
学術集会1日目の11月2日(土)には、7つの会場で、循環器領域の最新治療や臨床での看護技術から、チーム医療、人材教育、意思決定支援まで、さまざまなテーマのもと、講演、シンポジウム、パネルディスカッション、ワークショップなどが行われました。開始前の9時過ぎから、総合受付には当日受付の参加者が長蛇の列を作りました。
同日の教育講演では、次の3つの演題による発表が行われました。
11月2日(土):教育講演
教育講演1
循環器疾患患者の減塩指導:どう実践するか
座長:滋賀医科大学臨床看護学講座 宮松 直美 先生
演者:製鉄記念八幡病院 土橋 卓也 先生
教育講演2
事例研究がもたらす看護実践の知:『ケアの意味みつめる事例研究』方法開発のとりくみから
座長:大阪府立大学大学院看護学研究科 籏持 知恵子 先生
演者:東京大学大学院医学系研究科 山本 則 先生
教育講演3
認知症のある患者とのコミュニケーションスキル
座長:兵庫県立姫路循環器病センター 竹原 歩 先生
演者:北里大学病院 蛯名 由加里 先生
ここでは教育講演3の様子についてご紹介します。
教育講演 認知症のある患者とのコミュニケーションスキル
座長:竹原 歩 先生(兵庫県立姫路循環器病センター)
演者:蛯名 由加里 先生(北里大学病院)
認知症の人が身体疾患の治療のため一般病棟に入院するケースが増えている現在、循環器病領域においてもその流れは変わりません。演者の蛯名由加里先生は、まず認知症の人がどのような心理にあるのか再現ビデオで示し、私たちにとっては何でもないことが、認知症に人にとっては、不安や恐怖、困惑の中の世界にいて、思いがけない体験をしていると話しました。そのうえで、認知症の人へのケアは、認知機能障害による日常生活上の課題へのアプローチが主であり、看護師の言語的・非言語的コミュニケーションが重要としました。
認知症の症状には、中核症状(認知機能障害)と行動・心理症状(BPSD)があります。環境要因、身体的要因、心理的要因などに関連して生じるBPSDは、本人が周囲の世界に適応しようとして苦しみ、もがいている状態です。そこでそれらを理解し、生活習慣、体で覚えている特技や社交など、本人が現在もっている力を発揮できるよう支援していくことが大切です。
また、人が発する情報や意思は、聴覚・視覚などのチャネル(経路)を通り、さまざまなコンテキスト(取り巻く状況的要因)の影響を受けながらやりとりされます。そのやりとりを妨げる要因はノイズと呼ばれます。これが基本的な対人コミュニケーションの形です。
認知症の人とのコミュニケーションでは、脳の記憶に携わる部分が障害されることによって、コミュニケーションのプロセスに影響が生じ、うまく伝わらなくなります。その程度は、認知症のタイプや重症度等によってさまざまです。
コミュニケーションに影響を及ぼす要因としては、中核症状とされる近時記憶障害、見当識障害、失語・失認などの認知機能障害、コミュニケーションのノイズとなる不安、困惑、およびBPSD 、加齢によるチャネルの低下などが挙げられます。
これらを踏まえたうえで、冒頭のビデオに登場するコミュニケーション場面に対し、どのようなやりとりをすればよかったかを振り返りました。このなかで、ケアの提供者は、認知症の人が伝えたいこと(感じていること)をきちんと聴くこと、伝えたいことを理解しようとすることが大切としました。
認知症の人とのかかわりに必要とされるコミュニケーションスキル
認知症の人とのコミュニケーションではどのようなコミュニケーションスキルが必要となるのかについて、その基本の解説がありました。
まずは、ノイズを減らすこと。静かで落ち着いた環境へ誘導するなどして物理的な因子を軽減し、心理的因子となる不安や自尊心、さらにケアの提供者の感情や言葉に配慮するようにします。加えて、生活歴を理解することで社会的因子を取り除くようにします。
次に、本人がコンテキストを理解する手助けをすること。ケアの提供者はまず自身の名前を名乗り、ほかの医療者や面会者が来たら相手がだれなのかがわかるよう紹介します。そのほか、場の状況を理解できるような支援を行うようにします。
続いて、チャネルの働きを補うこと。補聴器やメガネを正しく装着してもらったり、視覚や聴覚に影響を与える環境要因を調整します。
さらに、本人が伝えたいメッセージを理解しようとすること。ケアの提供者は、認知症の人が発している言葉を無視せずに、その背景にある気持ちに焦点を当てるようにします。そして、言葉・表情・態度で相手の気持ちに共感していることを伝えます。そのときの状況や非言語メッセージから、本人が伝えたいと思っていることを推測し、把握するように努めます。その際、目線を合わせる、単純反復や言い換えを取り入れる、手を添えたり肩を抱くなど非言語的コミュニケーションを行うなどの手法を用いることが大切です。このときには、時間をかけて聴き、相手の言葉を待つ姿勢も重要になります。
ケアの提供者が自身のメッセージが伝わりやすくなる工夫をすることも大切です。
視線を合わせながら、ゆっくり、低い声で、落ち着いた話し方を心掛けるようにします。話をする際は、一度に複数のメッセージを盛り込むことを避け、クローズドクエスチョンを用いるなど質問の仕方も工夫します。また、認知症の人がもっている能力を活用できるようなコミュニケーションを図り、その際にはアイコンタクトや表情、しぐさなどを取り入れるようにします。うまく伝わらない場合には、言い方を変える、提供者を換える、文字に描いてみるなどを試してみます。
最後に蛯名先生は、認知症の人は、自分の話をきちんと聞いてくれる人、安心して話せる人を求めていると話し、「認知症の人に、この人(ケアの提供者)は話をきちんと聞いてくれる人、一緒にいて安心できる人と感じてもらえるようになると、本人が大声をあげたり、落ち着かなくなることは少なくなります。すると、ケアの提供者が行ういろいろなことが功を奏するようになってきます。これをチームで共有し統一してかかわることができれば、認知症の人の不安・困惑が低減され、入院生活を穏やかに過ごせるようになっていきます」とまとめました。
※本講演は、北里大学看護キャリア開発・研究センター主催の「認知症の人とのコミュニケーションスキルアップセミナー」の講義内容を主担当者である北里大学看護学部小山幸代教授の許可を得て一部改変したものです。
第16回日本循環器看護学会学術集会