帯状疱疹ワクチンが定期接種化! 知っておきたいワクチンの基礎知識と接種の重要性
- 公開日: 2025/6/2
日本におけるワクチン定期接種の社会的意義
岩田 敏先生(熊本大学大学院生命科学研究部特任教授/東京医科大学微生物学分野客員教授)
ワクチンとは
ワクチンとは、人間が本来もっている「病原体に対する抵抗力(免疫)」のシステムを利用して、感染症に対する「免疫」をあらかじめ作っておくために使用される医薬品のことです。
免疫は、体内に抗原が侵入したときに、その抗原を排除するためのシステムです。初めての感染では免疫反応が間に合わず、発症してしまうケースが多くみられますが、2回目に同じ病原体に感染したときには、免疫反応による防衛体制の記憶が残っているため、発症前に病原体を撃退することができます。
つまり、病原体あるいは細菌毒素の毒性を弱めたり、失わせたりしたワクチンを接種しておけば、発症することなく免疫反応の記憶を残すことができ、発症や重症化の予防が可能になるというわけです。
ワクチンの種類
ワクチンは、大きく2種類に分けられます。1つは、ウイルス(細菌)やそのタンパク質(抗原)を投与するもので、弱毒生ワクチン、不活化ワクチン、組み換えタンパクワクチン、トキソイドがあります。もう1つは、ウイルスの遺伝情報を投与するもので、新型コロナウイルス感染症のワクチンに使用されたウイルスベクターワクチン、mRNAワクチンが挙げられます。
ワクチンの有効性の評価
発症予防に対するワクチンの有効性が90%である場合、ワクチンを接種した90%が発症しないということではありません。ワクチン接種により、発症の確率が90%低くなる(10分の1になる)ということです。例えば、何もしなければ100人のうち20人が発症するといった場合、ワクチンを接種することで発症者を2人に抑えられるという考え方になります。
副反応と有害事象(副反応疑い)の違い
ワクチン接種でたびたび問題視されるのが「副反応」と「有害事象」です。副反応は、ワクチン接種によって起こる、免疫ができる以外の反応のことをいいます。
一方で、有害事象はもっと幅広く、ワクチンとの因果関係が明らかなもの・不明なもの・他の原因によるものを含んだ、接種後に生じるすべての事象を指します。例えば、ワクチン接種後に交通事故に遭って入院してしまったといったようなケースも有害事象に入りますが、このような感じで、ワクチン接種後に有害な事象が起こっていないかどうかを広く見ているわけです。
定期接種と任意接種
定期接種とは、予防接種法に基づいて国が勧奨し、市町村が実施するものです。
定期接種の対象は、まん延予防に比重を置いたA類疾病と、個人の発病や重症化予防に比重を置いたB類疾病に分けられ、A類疾病は接種対象者あるいは保護者などに接種の努力義務があります。接種費用は一般的には公費負担になりますが、B類疾病のワクチンの一部は自己負担になるものがあり、帯状疱疹ワクチンもここに含まれます。また、定期接種対象ワクチンによる健康被害は、国が手厚く救済することも重要なポイントです。
対して任意接種は、定期接種以外のすべてのワクチンを指します。接種はあくまでも任意で、接種する場合の費用は基本的に自己負担となります。
ほかに、新型インフルエンザや新型コロナウイルス感染症のように、突然感染が拡大した際に予防接種法に基づいて行われる臨時接種もあります。
予防接種の意義
ワクチンによる予防接種が普及していなかった1950年頃は、百日咳やジフテリア、破傷風、ポリオ、麻疹、日本脳炎などに罹患して、死亡する人も多くいましたが、最近ではワクチンが普及し、これらで亡くなる人はほとんどいなくなりました。このような流行・重症化しやすい疾患を防ぐことが予防接種の意義といえます。
個人防衛の積み重ねが社会防衛にもつながるため、ワクチンによる予防接種は国策として推進する必要があるのです。
Life course Immunizationの意味と意義
乳児期から老年期まで、生涯を通じて適切なタイミングでワクチンを接種することで、感染症から身を守ろうという考え方を「Life course Immunization」といいます。それぞれ適切な時期に必要なワクチンを接種し、医療コストの削減やQOLの向上、健康寿命の維持などにつなげていくことが大切です。
ただ、これを推進するには、正確な情報提供と周知、予防接種にかかる物理的・経済的負担の軽減などが求められます。また、安全性・有効性の高いワクチンの開発と安定供給、サーベイランスの充実と予防接種関連情報の一括管理も不可欠です。
ワクチンが公衆衛生対策に果たす役割は大きく、今回の帯状疱疹ワクチンの定期接種化は、Life course Immunizationを進めていくうえで、非常に重要なポイントになると考えています 。
ワクチンによる帯状疱疹予防の重要性と公衆衛生上の意義
永井英明先生(国立病院機構東京病院 感染症科 部長)
高齢者を対象とするワクチン接種の重要性
高齢者にとって、インフルエンザ、肺炎球菌性肺炎、帯状疱疹、新型コロナウイルス感染症、RSウイルス感染症は大きな疾病負担であり、社会に与えるインパクトは大きいものがあります。これら5疾患にはワクチンが存在するため、積極的にワクチン接種を行い、受診・入院・死亡のリスクを減らすことで、医療機関の負荷軽減や医療費削減につながるだけでなく、健康寿命の延伸による社会・経済活動も促すと考えています。
帯状疱疹とは
帯状疱疹は、神経に沿って帯状に水疱ができる疾患です。子どもの頃に水痘にかかると、水痘帯状疱疹ウイルスが知覚神経節に残り、加齢や疾患などによって免疫が低下すると、ウイルスが再活性し帯状疱疹を発症します。発症年齢は50歳以上が全体の65.7%を占め1)、80歳までに3人に1人が発症するというデータもあります2)。
帯状疱疹の合併症はさまざまですが、帯状疱疹後神経痛が特に有名です。皮疹が改善しても痛みが続き、普段の生活に大きな影響を及ぼします。三叉神経第1枝に帯状疱疹ができれば失明の危険性が高くなり、顔面神経に発症すれば顔面神経麻痺を引き起こすおそれがあるほか、最近では、脳卒中や心筋梗塞のリスクが高まることも注目されています。
また、あまり大々的に触れられることはないのですが、帯状疱疹を発症した人が、水痘ワクチンを接種していない人や水痘に感染したことがない人にウイルスを感染させてしまい、水痘を発症させてしまうことがあります。帯状疱疹を発症した親や祖父母から子どもへ感染させてしまうケースも多く、こういったことからも、帯状疱疹ワクチンによる予防の必要性を理解していただけるのではないかと思います。
基礎疾患(併存症)と帯状疱疹発症リスク
基礎疾患があると抵抗力が下がるため、帯状疱疹を発症しやすくなります。特に免疫が低下する疾患として、HIV/AIDS、がんが挙げられます。全身性エリテマトーデスや関節リウマチといった膠原病、慢性腎疾患、喘息、糖尿病なども、帯状疱疹の発症リスクが高い疾患です。
帯状疱疹ワクチンの種類
現在、日本で使用できる帯状疱疹ワクチンは2つあります。1つは水痘生ワクチンです。2016年に、50歳以上の人を対象に、帯状疱疹を予防するために使用することが認められました。生きたウイルスを弱毒化したもので、一度の皮下注射で効果を発揮しますが、生ワクチンのため、免疫機能が低下している人には使用できません。
もう1つは組換えワクチンで、ウイルスの表面に存在する糖タンパク質E(gE)を抗原とし、免疫応答を増強させるアジュバントシステムを添加したものです。50歳以上の人に加え、帯状疱疹に罹患するリスクが高いと考えられる18歳以上の人も適応となっており、2カ月間隔で2回の筋肉内注射を行います。
帯状疱疹ワクチンの公費助成と定期接種
日本では、2025年4月から帯状疱疹ワクチンが定期接種化されています。原則65歳の人が対象ですが、65歳を超える場合は5年の経過措置として、70、75、80、85、90、95、100歳の人も対象とされています。さらに、HIVによる免疫機能障害を有する60歳以上65歳未満の人も対象となっていますが、帯状疱疹は予防接種法上のB類疾病に位置付けられているため、接種の努力義務や市町村長による接種勧奨はありません。
帯状疱疹ワクチンの定期接種化は喜ばしいことですが、すでに公費助成が行われている自治体もあります。帯状疱疹ワクチンは50歳以上が適応のため、各自治体も50歳以上であれば助成を出しているのですが、定期接種の対象となる年齢の人だけが助成の対象になれば、助成が受けられなくなった年齢層の接種率が低下する可能性があり、この点は非常に危惧しています。
ワクチン接種の啓発
肺炎球菌ワクチン接種における意思・行動ついて、日本に住む65歳以上の高齢者を対象に行われた調査があります。そのなかで、ワクチン接種は医師の勧めが引き金となったというデータがあり3)、帯状疱疹ワクチンにおいても接種希望者の来院を待つのではなく、医療者側が積極的に接種を勧めていくことが必要ではないかと考えます。
また、ワクチンの簡単な説明や接種スケジュールなどをまとめた、高齢者のための「ワクチン手帳」のようなものがあると、患者さんが自分に必要なワクチンの存在を知ることができますし、提示された医療機関側も接種されていないワクチンの存在に気づくことができるので便利だと感じます。啓発の一環として、自治体から配布してもらえるようになることを願っています。
引用文献
1)石川博康,他:多施設合同による帯状疱疹の年間統計解析の試み(2000年4月~2001年3月).日本皮膚科学会雑誌 2003;113(8):1229-39.2)外山望:帯状疱疹大規模疫学調査「宮崎スタディ(1997-2017)」アップデート.IASR 2018;39:139-41.
3)M Higuchi,et al:Correlation between family physician’s direct advice and pneumococcal vaccination intention and behavior among the elderly in Japan: a cross-sectional study.BMC Family Practice;153 (2018) .