【シリーズ第1弾 心電図って面白い!】第1話 刺激伝導系の発見
- 公開日: 2017/8/7
今日は、週に一回、平手教授が、C大学からE病院へ、集中管理や手術の邪魔をしに、じゃなくて、指導をしにやって来る日です。あらあら、今回も待ち構えているのは看護師のたくみ君と美和さんのようです。
心臓のリズムは、神経が作るのか、心筋が作るのか?
たくみ君「先生、待ってました。先週の続きを教えてください」
平手先生「そうそう、どうして心臓が規則的に動くかって話でしたね。まあ、100年くらい前に議論になった話題ですね」
美和さん「えーっ!そんなに昔ですか?」
平手先生「いえいえ、医学の歴史から見たら最近のことですよ。神経原説と筋原説の論争です」
たくみ君「神経がリズムを作るのか、心筋がリズムを作るのかってことですか」
平手先生「その通りです。ところで君たちは、どっちだと思う?」
美和さん「私は、緊張するとドキドキして心拍数が上がるから、神経が心拍をコントロールしていると思います」
平手先生「美和さんは、神経原説ということだね」
たくみ君「僕は、中学のカエルの解剖の時、切り出した心臓がしばらく勝手に動いていたから、筋原説です」
平手先生「その議論に決着をつけたのは、日本人の田原先生です」
美和さん「えーっ!日本の先生ですか?」
平手先生「田原先生は、マールブルグ大学病理学教室のアショフ教授の研究室へ留学中に、その答えにつながる発見をしました」
たくみ君「へー、何を発見されたのでしょうか」
平手先生「と言うことで、実は、今日は田原淳(たはらすなお)先生にお越しいただきました」
田原先生「うっほん、私が、大分県出身の“た”、“は”、“ら”です。ドイツ人のアショフ先生ときたら、“たはら”って発音できないから、私のことを、“たぁわぁら、たぁわぁら”って呼ぶんだよね。おかげで、私の国際ネームは、Tawaraになってしまった」
美和さん「本当だ。この本には、房室結節のことをTawara nodeって書いてあります」
平手先生「私が大学生の時、ドイツ語の授業で、斎藤君は、“さいとう”と発音できないドイツ人の先生に“ザイトー、ザイトー”って呼ばれていたなあ」
美和さん「田原先生、すいません。お続けください」
田原先生「当時、私はアショフ教授に与えられた心筋炎の病理学研究のため、来る日も来る日も心臓の組織票本を作り、顕微鏡で観察していたんだよ。アショフ教授は、その成果を高く評価してくれたけど、まあ、やや地味な研究だったね。しかも期待した説を否定する結果だったんだ。ハハハ、ちょっと残念」
平手先生「そうでしたか、その段階の成果としては、あまり派手ではなかったんですね」
美和さん「もー、平手先生、とっても失礼ですよ。田原先生、本当に申し訳ありません」
平手先生「失礼しました。では一体どこから、イギリスのキース先生をして、『心臓学が新しい時代に入った』とまで言わしめた研究が始まったんでしょうか」
田原先生「当時心臓発生学の視点から筋原説を唱えていたヒス教授(Wilhelm His Junior)が、1893年に心房と心室を繋ぐ筋束の 存在を報告していたんだな」
たくみ君「あっ、ヒス束ですね」
田原先生「そう、そのヒス束と低心機能の関係を調べて見なさいとアショフ先生に言われてね。ヒス束の走行を追いかけているうちに、心臓のほぼ中央で心室中隔上部に近い心房中隔の中に特殊な心筋線維の集まった結節があることに気がつきました。
この特殊な筋線維は、ヒス束を通じて、さらにプルキンエ線維につながっていたんだ。1845年にJan Evangelista Purkinje が発見した後も、何だかわからなかったプルキンエ線維は、房室結節、ヒス束から続く一連の通路の最終枝だったんだよ。私は驚いたね」
平手先生「世界中が驚きました」
田原先生「これが房室結節の発見であり、房室結節からヒス束、プルキンエ線維へと続く刺激伝導系の発見になったんだな1)。それで房室結節は、田原結節とも呼んでもらえると言うわけさ。まあ、ドイツでは、Aschoff-Tawara nodeって言っているし、世界では、atrioventricular nodeだね。まあいいか。ハッハッハッハ」