アルコール依存症をとりまく現状と治療〜新しい診断治療ガイドラインを踏まえて〜
- 公開日: 2019/8/17
2019年3月28日に東京・フクラシア丸の内オアゾにて、「アルコール依存症をとりまく現状と治療〜新しい診断治療ガイドラインを踏まえて〜」と題したプレスセミナーが開催されました。
日本におけるアルコール依存症の生涯経験者は推計107万人で、そのうち治療を受けている人は約5万人といわれています。現在、アルコール依存症を早期に治療し、支援につなげていくことが大きな課題であり、注目されています。
また、2018年9月に16年ぶりに『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』が改訂されました。そこでこの新しい診断治療ガイドラインを踏まえ、アルコール依存症の現状や治療について、日本のアルコール依存症の治療を切り開いてきた国立病院機構久里浜医療センター院長、樋口進先生による講演が行われました。この講演についてレポートします。
わが国のアルコール依存症の現状
厚生労働科学研究調査による「わが国における飲酒者割合の変化」の調査は1954年から始まりました。男性はもともと飲酒率が高かったのですが、最近は減少傾向に転じたのに対し、女性は1954年の約5倍に増え、最近は横ばいになっています。特に若年対象者の飲酒者割合では、20代の男性は高止まり、女性は1968年から急激に増え、2008年では男性を抜き、2013年はほぼ同じになっています。
また、アルコール関連問題をピラミッドと考えると、その頂点がアルコール依存症ですが、アルコール依存症まではいかなくても、「多量飲酒」や「有害な使用」、「アルコール乱用」など、さまざまな呼び名で呼ばれている、なんらかのアルコールにまつわる問題をもっている人たちがいます。
そして、アルコール依存症は107万人いると推計されていますが、厚労省の直近のデータによると、実際にアルコール依存症の名のもとに治療を受けている人は5万人弱といわれています。依存症の治療を受けなければならない人はたくさんいますが、治療を受けている人はほんのわずかで、この差を治療ギャップといいます。
治療ギャップが大きいのは日本だけではなく、世界的な傾向です。我々が診ているのはかなり重症の人が多く、たくさんいる軽症の人はなかなか病院に来てもらえません。この現実を変えるための取り組みを行っています。
まずは医療連携の促進で、地域での取り組みや学会との連携をできるだけ広めていくことです。そして、我々のような専門機関の受診率を上げるための依存症の減酒アプローチ、さらに軽症例は一般の医療で対応できるように、新たなガイドラインを作成しました。
治療目標と減酒、久里浜医療センターでの取り組み
依存症の治療目標は、ネット依存や食べ物依存などの一部の例外を除き、完全に断ち続けることが、最も安全かつ安定的であることは、多くの人が言っていることであり、非常に重要なことです。
また、アルコール依存症の専門医に、「飲酒量低減を最終治療目標として受け入れるか」と聞いたところ、「はい」と答えた割合は、例えばイギリスの76%など、ヨーロッパで多いのに対し、日本は32%で、一番厳しい23%のアメリカと並びます。
しかし、低いアルコール依存度の人には、飲酒量低減が可能であるとする論文や、飲酒量低減を「可」とする国際的なガイドラインは結構あります。
また、久里浜医療センターでも減酒治療に取り組んでいます。当センターでも減酒の治療は昔から行われており、減酒のプログラムを実施している「プレアルコホリック外来」は25年の歴史があります。
さらに2017年4月には、お酒を減らすための外来として「減酒外来」をスタートさせました。そこではアルコール依存症の人と、そこまでいかない人の両方を診ています。減酒の治療は、重症であれば本来は断酒ですが、本人が「断酒は嫌だ、減らしたい」と強くいう場合は、まずは減酒をやってみて、うまくいかなかったら断酒に切り替えるという2段階で診ていくことにしています。軽症の人、アルコール依存症までいかない人は、減酒をサポートして治療していきます(図1)。
図1 減酒治療のイメージ
実際に減酒外来を受診した人をみると、当初の予想に反し、アルコール依存症と診断できる人は5人に1人で、残りの4人は依存症にまでいっていない人で、自分の意思で受診する人が多いところが、通常のアルコール依存症の外来とは違う点です。また、減酒外来の受診理由で一番多かったのは、「ブラックアウト」という、目がすわり、急に性格が変わるような「複雑酩酊」でした。
減酒外来の受診前と比べると、飲酒量が大幅に減り、1カ月における大量飲酒(60g以上)の日数も大幅に下がっていることから、減酒外来は非常に有効であるといえるでしょう。
新ガイドラインのポイントと薬物治療
2018年、16年ぶりに改訂され出版された『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』の作成にあたってのポイントは、「軽症依存症」や「有害な使用」に焦点をあてた内容とすることで、依存症治療を専門としない医師、プライマリケア医、内科医、レジデントたちが手に取りやすい出版物を目指した点です。そして、アルコール使用障害と薬物使用障害の治療の根本は同じであるため、薬物使用障害をガイドラインに含めました。ガイドラインの構成は図2のようになっています。
図2 ガイドラインの構成
ガイドラインで示したアルコール依存症の薬物治療に関する推奨事項として、治療目標が断酒の場合の第一選択薬はアカンプロサートで、ジスルフィラムやシアナミドは、断酒への動機づけがある患者さんに使用する第二選択薬としました。さらに、ガイドラインを作成している際は、ナルメファンは開発途上で、ヨーロッパでは有効性は示されていましたが、わが国ではまだそのデータは出ていませんでした。そのため、治療目標が飲酒量低減の場合は、ガイドラインには「ナルメファンを考慮する」と書いてありますが、今は治療薬物としてナルメファンが第一選択薬であると書いてよいのではないかと考えています。
また、対策としては、アルコール健康障害対策基本法やアルコール健康障害対策推進基本計画や、依存症対策全国拠点機関や依存症対策総合支援事業などがあります。