難しい肺がん治療―薬物療法と陽子線治療で治療成績向上をめざす
- 公開日: 2025/1/30
肺がんとは
肺がんとは、肺組織、気管、気管支から発生する上皮性の悪性新生物のことをいいます。発症機序はいまだ明らかになっていませんが、喫煙や大気汚染などにより遺伝子異常が起こり、その結果として発症すると考えられています。「遺伝子に変異が起こる=がんが発生する」というわけではありませんが、遺伝子の変異が修復されずに残ってしまうと、がんの発生につながるということになります。
肺がんの種類
肺がんは、小細胞肺がん(小細胞がん)と非小細胞肺がんに大別され、非小細胞肺がんはさらに、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんに分かれます。このうち、小細胞がんと扁平上皮がんは、喫煙との関連が大きいことが知られています。一方、肺がんのなかで最も発生頻度の高い腺がんは、喫煙との関連性は低く、非喫煙者でも発症します。
肺がんの症状
肺がんの症状として、咳や血痰、息切れ、嗄声、胸痛、倦怠感などがあります。ほとんどの場合で自覚症状に乏しく、気づいたときにはかなり進行しているケースも多いため、やはり検診が重要だと考えます。
肺がんの治療
肺がんの治療がなぜ難しいかというと、肺がんはすぐに転移してしまうからです。転移すると手術ですべてを取り除くのは難しく、抗がん剤を用いた治療が多くなりますが、抗がん剤は正常細胞にも作用してしまうため、十分に効果を発揮しないという課題がありました。そこで開発されたのが、がん細胞にのみ選択的に作用する分子標的薬です。
がんの発生や増殖にかかわる遺伝子を「ドライバー遺伝子」といいますが、分子標的薬はこのドライバー遺伝子をターゲットとし、がんの増殖を抑えます。分子標的薬を使った治療には遺伝子診断が必要で、超音波気管支鏡ガイド下針生検やCTガイド下肺生検などが行われます。
分子標的治療に続いて登場したのが免疫治療です。免疫とは、自己と非自己を識別して、非自己から自己を守るメカニズムのことをいいます。免疫反応の調節メカニズムとして、自己への過剰な免疫反応や正常組織への障害を抑えるための仕組み(免疫チェックポイント)が備わっていますが、がんはこの仕組みを利用して、リンパ球の攻撃にブレーキをかけています。このブレーキを外して、リンパ球ががんを攻撃できるようにするのが、免疫チェックポイント阻害薬です。
ドライバー遺伝子がある場合はそれに対する分子標的薬を使い、ドライバー遺伝子がない場合は免疫治療などを中心に行うというのが、肺がんの実臨床での治療になっています。
分子標的治療・免疫治療の問題点
生存期間の延長につながる分子標的治療・免疫治療ですが、問題点もあります。
1つは耐性の問題です。分子標的薬では、例えば肺には効果があっても、脳や肝臓に転移したものには効果がないといった空間的な耐性のほかに、治療を続けていくうちに薬剤が効かない細胞が出てくる時間的な耐性もあります。
免疫チェックポイント阻害薬でも同じく、抗原提示の低下やインターフェロン感受性の喪失、ネオアンチゲンの枯渇、がんによる免疫抑制など、さまざまなメカニズムが働き、耐性化することがあります。加えて、部位による効果の違い、リンパ球ががんに寄っていかないと効果が得られないといったことも起こります。
そして、分子標的治療・免疫治療ともに、副作用の問題が挙げられます。心血管系の副作用に特に注意する必要があるほか、肺臓炎を起こす可能性もあるため、これらの副作用をいかに防ぐかということも重要なポイントになってきます。
治療効果の向上、副作用改善のための対策
治療効果を向上させるための対策として、局所治療の併用が挙げられます。
EGFR遺伝子変異陽性の肺がんには、EGFRをターゲットとする分子標的薬(EGFR阻害薬)を用いることで高い治療効果が得られますが、局所の放射線治療を併用した場合、分子標的薬単独で治療を行ったときよりも生存期間が有意に改善したというデータがあります1)。
骨転移に関しても、局所治療の有用性を示すデータが報告がされています。骨転移がみられるケースでは、通常、痛みが生じている部分に放射線を照射しますが、例えば脊椎に転移した場合、脊髄が圧迫されて麻痺が生じるリスクがあるため、痛みがなくても予防的に放射線を照射することがあります。予防的に放射線治療を行った場合とそうでない場合を比較した試験では、予防的に放射線治療を行ったほうが生存期間の延長が確認されたという結果が出ており2)、局所治療は非常に有効であると考えることができます。
副作用を改善する対策として、陽子線治療も注目されています。水素の原子核が陽子で、これを束にして加速したものが陽子線です。陽子線は目的の場所に到達したときに最大のエネルギーが発生し、その後はエネルギーが消失するという特性があります。
従来の放射線では、腫瘍の手前で最も線量が高くなり、腫瘍に当たったあとに他の臓器にも放射線が当たっていきます。一方、陽子線では、腫瘍のところで最大のエネルギーが発生し、そこを超えるとエネルギーが消失するため、周囲の臓器への障害を減らすことが可能です。肺の構造や周囲の臓器の配置などから考えて、肺は陽子線が有用に使える臓器の1つであるといえます。
肺がん治療の今後の展望
抗がん剤に続いて、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が登場し、高い治療効果が得られるようになってきました。ただし、肺がんにおける免疫治療に関しては、まだ一部の患者さんにしか効果がみられないところがあり、免疫反応を高める治療法の開発が世界中で盛んに行われています。今は、いろいろな治療薬が出てきていますので、陽子線治療をうまく利用して、生存期間を延長できないかということを考えながら治療に取り組んでいます。
また、治療前の精神的なストレスによって、免疫チェックポイント阻害薬の効果が減弱するとされています3)。自身の免疫を介して治療を行うため、ストレスがかかれば、NK細胞などの活性が下がることは当然といえるでしょう。やはり人間には感情がありますので、単に治療するのではなく、精神面のサポートなども行い、肺がんの治療成績を上げられるようにしていきたいと考えています。
引用文献
1)Xiao-Shan Wang,et al:Randomized Trial of First-Line Tyrosine Kinase Inhibitor With or Without Radiotherapy for Synchronous Oligometastatic EGFR-Mutated Non-Small Cell Lung Cancer.J Natl Cancer Inst 2023;115(6):742-48.2)Erin F Gillespie,et al:Prophylactic Radiation Therapy Versus Standard of Care for Patients With High-Risk Asymptomatic Bone Metastases: A Multicenter, Randomized Phase II Clinical Trial.J Clin Oncol 2024;42(1):38-46.
3)Yue Zeng,et al:Association between pretreatment emotional distress and immune checkpoint inhibitor response in non-small-cell lung cancer.Nature Medicine 2024;30(6): 1680–88 .