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シミュレーション教育の10年 ~看護師育成の現在地と未来への課題~

  • 公開日: 2026/2/10

 私自身、これまで多くの院内・外の研修に参加してきましたがその大半は座学でした。人それぞれ好みはありますが、私は学生時代から座学が心底苦手(嫌い)でした。語弊があるかもしれませんが、座学で聞いたことは記憶に残りにくく、長くて眠くとにかく苦痛な時間でした。振り返って “楽しかった” “行って良かった” と素直に思えた研修もあまり記憶にありません。
 一方で、私のキャリアの糧は間違いなく現場です。失敗も含め自分が経験したことや先輩看護師の技(わざ)を見て、聞いて、実践し、振り返り、考えた結果を次へつなげる。こうした学習サイクルを成し得るのが、私が長年取り組んできたシミュレーション教育ではないかと考えています。




1. シミュレーション教育との出会い


 私がシミュレーション教育と初めて出会ったのは今から10年前の2015年、茨城県が主催したシミュレーションツアー研修への参加です。講師は、東京医科大学病院シミュレーションセンター長 阿部幸恵教授(以下、阿部先生)でした。
 研修を受け、“この研修は何なんだ“ とただただ驚き、その楽しさ・おもしろさに “これだ” と衝撃を受けました。

 まず、レクチャーとして、「なぜシミュレーション教育なのか」1)という話から始まり、続いて時代背景が大きく変わるなか、教育環境も変化が求められていること、頭でわかる人ではなく技術ができる人を育成する必要があること、答えは一つではなく他者と共に考えることが看護の実践力向上につながること、などを話されました。
 阿部先生から発せられる全てのフレーズが新鮮でした。また、ディブリーフィングはシミュレーション教育の中で一番大切な部分1)であり、日常のスキルを磨くと共に医療者観を見つめ直す機会にもなることを教わりました。当時、当センターの看護部でも多くの研修が行われていましたが、知識を提供する座学が中心で、参加者はどうしても受け身になりがちでした(少なくとも私はそうでした)。

 シミュレーション教育の要素を少しでも取り入れた研修スタイルへの変革が必要であり、シミュレーション教育の導入は急務であると痛感しました。このように私にとって、シミュレーションツアー研修への参加がシミュレーション教育との出会いであり、取り組みのスタート(原点)となりました。

 

2. 試行錯誤の導入と実践


 シミュレーションツアー研修後、私は職場に戻り、直ちに行動を起こしました。看護主任を務める傍ら教育委員会に属していたこともあり、当時の上司(現、菅原看護部長・根本副看護部長)の理解を得て、見よう見まねではありましたが、まずは集合教育(以下、Off-JT)の中にシミュレーション教育を導入してみました。

 当時の看護教育では、決められた手順や模範的な対応を忠実に再現し、技術を身につけることが求められていました。これに対しシミュレーション教育には、次のような特徴があります2)
・模擬的な状況の中で、学習者としての個人やチームが医療を経験する
・この経験に基づき、最善の医療を実践するにはどのような専門的な知識・技術・態度を備えていなければならないのかを仲間とともに振り返り、思考を深める
・これらの行動と思考を通し、また繰り返すことを通して、医療者としての能力を向上していく

 参加者からは、「初めての経験だけど勉強になった」といった声があった一方、「答えがわからないまま終わってしまっていいのか不安が残った」といった声も聞かれました。また、院内研修の運営評価を行う管理者からは、「研修で正しい対応方法を教えなくてよいのか?」との声も出ました。まさに当時の教育環境そのものを表す反応でした。

 個別性の看護とはよく耳にしますが、正しい対応や決まった答えを求める当時の看護教育と個別性看護を重視する声の間で私はギャップを感じていました。例えば転倒事例3)に対しても従来の看護教育では、患者の観察とアセスメントを行い対策を講じることを教えます。しかしシミュレーション教育では、観察やアセスメントだけでなく、なぜ転倒してしまったのか、転倒してしまう背景は何なのか、そこから看護とは何かまで意図的な発問を通して思考を整理させることで、患者の全体像から個別性看護の選択肢が広がっていきます。さらに、他者と共有し共に考えることで、学習の楽しさも得ることができます。実際に私自身もシミュレーション教育の基盤となっている D.A.コルブの経験学習理論※1の実際を体験し、学習の楽しさも実感しました。この学びが個別性看護の引き出しになると腑に落ちました。

※1:David A.Kolbが提唱した学習モデルで、具体的経験 (Concrete Experience)、内省的観察 (Reflective Observation)、抽象的概念化 (Abstract Conceptualization)、能動的実験 (Active Experimentation)の4つのプロセスを繰り返すことで人は経験から学びを獲得するとしている


 学ぶ者に学習の楽しさを伝え、凝り固まった根深い従来からある教育風土を変革するために、良き理解者や仲間と共に2015年度より部分的に、2017年4月からは本格的に、シミュレーション教育をクリニカルラダー(以下、ラダー)別にOff-JTへ導入しました。
 実践例としては、下記のように設定しました。


●ラダー新人:フィジカルアセスメントの実際・転倒時の観察と対応・看護と業務を考える等
●ラダーⅠ:急変時の対応について考える等
●ラダーⅡ:日常の中に潜む看護を考える等
●その他:アナフィラキシーショック時の対応等

 現在もさまざまな事例をもとにシミュレーション教育への落とし込みと、そこからもたらされる看護のブラッシュアップに努めています。参加者からは「他の人の考えが聞けて楽しい」等といった声が聞かれ、有意義な学習環境の一端を担うことができていると考えています。


ラダー新人用事例と教育目標

ラダー新人レベル用に設定されたシミュレーション事例と教育目標の例。臨床現場に即した必要とされる内容で設定されている


ラダーⅡレベル用事例と教育目標

ラダーⅡレベル用に設定されたシミュレーション事例と教育目標の例。抽象度が上がり、より深い気づきに結びつけられるように設定されている

 

3. 現在のシミュレーション教育の展開


 2015年度より部分的に、また2017年4月からは本格的にラダー別にOff-JTへ導入していたシミュレーション教育ですが、当時は教育委員会の少数メンバーで運営・活動していました。しかし、さらなる人材の育成および確保が急務であると考え、2022年度から2023年度にかけて、シミュレーション指導者育成研修を開催しました。

 まず研修受講者には、シミュレーション教育を受ける側の視点を体験してもらい、その後、ファリシテータ(ブリーフィング・シミュレーション・ディブリーフィングの実践者)※2・患者役・タイムキーパー等、シミュレーション教育の役割をOff-JTで段階的に経験してもらいます。さらに実施後の学びや課題を研修内で振り返りながらブラッシュアップを重ねてもらいました。研修全体の学習内容は、私が阿部先生につきまとって(笑)学ばせていただいた、知識・技術・自身の課題をもとに構成していきました。また、当看護部が2019年より茨城県看護協会再就業支援研修にも参画していたため、Off-JT以外でもシミュレーション教育を実施し、経験を積むことができました。

※2:INACSL(International Nursing Association for Clinical Simulation and Learning)「シミュレーション教育用語集」(INACSL Standards of Best Practice: SimulationSM Simulation Glossary, Clinical Simulation in Nursing 12(S39‑S47), 2016)より


 指導者育成研修では、2年間で計10名(5名/年)の育成を経て、2024度より看護部シミュレーションチームが発足、現在は9名で活動しています。メンバーは看護主任2名、認定看護師1名、指導係3名、ラダーⅣ1名、ラダーⅢ1名と私で構成しています。
 実績としては、院内活動ではラダーレベルに応じたOff-JTにおいて、ラダー新人3回、ラダーⅠ2回、ラダーⅡ1回、看護補助者1回という年7回の研修の運営を担っています。また、各メンバーは自部署の看護問題をチーム内で共有し、課題に対して各自が職場内教育4)に取り組んでいます。院外活動では、茨城県看護協会再就業支援研修への参画、県内の看護学校教員および学生を対象としたシミュレーション教育に関する研修や臨床推論の授業を担っています。

 さらに、チームメンバー全員は日本看護シミュレーションラーニング学会(JaNSSL)※3に所属し、学会主催の研修に参加しながら最新のスキル獲得に研鑽しています。私事では、2025年度 第一回JaNSSLシミュレーション指導者の認定をいただくことができました。10年間の成果だと実感しています。

※3:日本看護シミュレーションラーニング学会(JaNSSL):看護学教育におけるシミュレーション学習の開発、評価、普及に努め、看護学教育の進歩と質の高い看護を実践できる人材育成に寄与し、もって人々の健康と福祉に貢献することを目的として活動する学会(https://janssl.jp/annai/


シミュレーション教育の様子
シミュレーションチームが誘導

同院のOff-JT内で行われているシミュレーション教育の様子
シミュレーションチームがファリシテータ、患者役、タイムキーパーなどを担当し、新人看護師たちをより良い体験型学習へと導く

 

4. 卒前教育と卒後教育のギャップ


 近年、医療関係職種間でのタスクシフトが推奨され、看護師にはより高度な看護実践能力が求められています。「看護師等養成所の運営に関する指導ガイドライン」においても、卒前教育において「シミュレーション等を活用した演習を強化する内容」が専門分野教育の留意点に示され5)、卒後教育のさらなる体制整備が求められています。
 現在、看護大学や看護専門学校ではシミュレーション教育の導入が進み、高機能シミュレーターを活用した学習環境等が整備されているといえます。これにより、学生は安全な環境下で、一定の臨床判断能力を学ぶ機会が得られるようになったと考えています。

 一方で臨床現場においては、少なくとも茨城県内の卒後教育においてこうしたシミュレーション教育が十分に浸透しているとは言い難く、私は卒前教育と卒後教育間のギャップと捉えています。なぜ浸透しないのか、ではなく、できないのではないか、と推察しています。これはあくまでも私見ですが、その理由は複合的であり、まず指導者が不足していること、指導者がいても業務に追われ教育に割ける時間的余裕がないこと等が考えられます。さらに深刻なのは、院内教育の仕組み自体がアップデートされずに現状維持が優先されている(優先せざるをえない)のかもしれません。

 シミュレーション教育のコミュニティにおいても、卒前教育を担当する教員が構成員の大半を占めており、卒後教育を担う者としては温度差を感じてきました。さまざまな背景があるとは思いますが、結果として、現在欠落している“卒前教育と卒後教育のつなぎ”が急務であるといえます。看護教育において、基礎教育の抜本的な制度改革は必須と考えていますが、シミュレーション教育は「特別」ではなく、日常の学びに組み込むべき時期にきていると考えています。

 

5. 未来への課題と展望


 シミュレーション教育は卒前教育において広く浸透し、学生は安全な環境下で臨床判断能力等を学ぶ機会が得られていると考えています。しかし、卒後教育ではその活用が未だ限定的であり、現場での実践力強化には十分結びついていない現状があります。今後の課題としては、まず、新人教育やその他のOff-JTにおいて、単なる技術確認ではなく、気づく・気づけることで得られる観察力・判断力・対応力等、実践力を育成する場としてシミュレーション教育を組み込む必要があると考えています。

 次に、指導者の育成とリソースの確保です。卒後教育では業務負担が大きく、教育時間の確保が難しいため、効率的なシナリオ設計やシミュレーション指導の技術を習得する育成研修の標準化が不可欠であると考えています。さらに、卒前と卒後をつなぐ6)教育モデルの構築も重要と捉えています。

 少し前の看護教育には、経験を積むことで身につく学びが多くありましたが、近年の医療が進化し求められるスキルも変化している今、「経験の積み方」自体の変革が求められているのではないかと感じます。
 例えば、かつては「現場で見て覚える」ことが主流でしたが、現在はシミュレーション教育を活用することで、より実践的な学びを早い段階から得られるようになります。この変化は決して少し前の教育を否定するものではなく、「経験を活かしながら、新しい学び方を取り入れる」「学びを活かしてより良くする」といった前向きな視点での現場教育の変化です。

 シミュレーション教育の10年を振り返りますと、導入期の試行錯誤から始まり、チームの設立、院内・外活動への広がり、そして卒前・卒後のギャップという課題に直面してきました。
 最後になりますが、私は “現状維持は後退” であると考えています。今までの経験を尊重しながら、新しい学び方を取り入れる。その積み重ねが、さらなる看護の質向上につながる。そう考え、これからの10年は、シミュレーション教育を「特別」から「当たり前」へと変革できるよう、さらにチャレンジしていきたいと思っています。


シミュレーションチームのメンバー

看護部シミュレーションチームの皆さん。後列左から、矢口純 主任、齋田健一 師長、大和田歩 主任、伊藤栞 摂食嚥下障害看護認定看護師、佐々木駿也 看護師
前列左から、小菅千恵 看護師、佐藤淳子 看護師、冨山真季子 看護師、小野真美 看護師


【参考文献】
1)阿部幸恵 監,藤野ユリ子 編:看護基礎教育におけるシミュレーション教育の導入 基本的な考え方と事例.日本看護協会出版会,2018年.
2)阿部幸恵 著:看護のためのシミュレーション教育 はじめの一歩ワークブック 第2版.日本看護協会出会,2016.
3)阿部幸恵 編著:1年で育つ!新人&先輩ナースのためのシミュレーション・シナリオ集 夏編.日本看護協会出会,2014.
4)阿部幸恵 編著:新人・後輩のアセスメント力を育む指導 看護師の思考を刺激するOJT.日本看護協会出会,2023.
5)厚生労働省:看護師等養成所の運営に関する指導ガイドライン(2025年12月26日閲覧)https://www.mhlw.go.jp/kango_kyouiku/news/4.html
6)阿部幸恵 著:臨床実践と看護理論をつなぐ指導 現場で使える「実践型看護過程」のススメ.日本看護協会出会,2021.





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