HER2遺伝子変異陽性肺がん治療の最前線―ヘルネクシオスⓇがもたらす有効性と安全性―
- 公開日: 2026/3/31
肺がん治療の変遷
肺がんは「小細胞肺がん」と「非小細胞肺がん」に大別され、非小細胞がんはさらに、腺がん、扁平上皮がん、その他に分かれます。このうち、最も多くを占めるのが腺がんで、遺伝子変異が見つかるのも、この腺がんがほとんどです。
私が医師になった30年以上前は、進行肺がんに対する薬物療法は抗がん剤に限られていました。抗がん剤は小細胞肺がんには一定の効果を示す一方、腺がんなどの非小細胞肺がんには効きにくいという特性がありました。満足な効果が得られないために患者さん本人への告知もままならず、ご家族だけを別室に呼び、「来年の桜を見ることは難しいかもしれません」と告げていたような厳しい状況でした。
ところが2000年代以降、特定の遺伝子変異を標的とした分子標的治療薬が登場し、さらに免疫チェックポイント阻害薬を用いた免疫療法も臨床応用されたことで、個別化医療(ゲノム医療)は大きく進歩しました。実際に、肺がんの罹患数が増加し続ける一方で、2005年を過ぎたあたりから死亡数はなだらかになり1)、頭打ちになりつつあります。
HER2遺伝子変異陽性肺がんの特性と治療
個別化医療が進歩するなかで見つかった遺伝子変異の1つが、今回の主題である「HER2遺伝子変異」です。
肺がんというと、70歳以上の高齢でタバコを吸う男性がなるものというイメージが強いかもしれませんが、データからHER2遺伝子変異陽性肺がんの特徴をひも解いていくと、患者さんの年齢の中央値は65歳と比較的若く、性別では女性にやや多い傾向にあります2)。また、非喫煙者が約6割を占め、ほぼ全員が腺がんです。こうした比較的若く、積極的な治療を必要とする患者さんたちに対して、遺伝子変異を正確に見つけ出し、適切な分子標的治療薬を届けることは極めて重要です。
分子標的治療薬が承認されるまで、HER2遺伝子変異陽性肺がんの初回治療においては、抗がん剤と免疫療法の併用が行われてきました。併用療法による全生存期間(OS)の中央値は約31カ月と報告されており、一定の有効性が認められています。しかし、初回治療における無増悪生存期間(PFS)が8.5カ月にとどまるという現状は、決して十分なものとは言えません2)。
このような状況のなか、HER2遺伝子変異を標的とした治療として唯一承認されていたのが「トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)」です。これは抗体に抗がん剤を結合させた「抗体薬物複合体(ADC)」と呼ばれる薬剤の一種で、国際共同試験(DESTINY-Lung02)において奏効割合(ORR)が約50%、PFSが約10カ月、OSは約19カ月という成績が示されています3)。本試験は、すでに抗がん剤治療などを行ったあとの既治療例を対象とした2次治療以降のデータであり、初回治療からの成績ではありませんが、T-DXdの登場によって、HER2遺伝子変異陽性肺がんの治療が大きく進歩したことは間違いありません。
新たな治療選択肢「ヘルネクシオスⓇ(ゾンゲルチニブ)」の登場
HER2遺伝子変異陽性肺がん治療において、新たに承認され臨床応用が始まったのが、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)である「ヘルネクシオスⓇ(一般名:ゾンゲルチニブ)」です。
HER2遺伝子変異は複雑な構造をしており、薬剤がはまりにくいという大きな課題がありました。また、HER2とEGFRは構造的に似ているため、従来のTKIの多くは正常なEGFR も阻害してしまい、強い発疹や下痢を引き起こしていました。これに対しヘルネクシオスⓇは、正常なEGFRへの影響を最小限に抑え、変異したHER2を選択的に阻害するよう設計されています。
国際共同試験(Beamion LUNG-1)では、ORRは70%に達し、ほとんどの患者さんでがんが縮小していることが示されました4)。さらに、PFSの中央値は12.4カ月と、有効性が1年を超える薬剤がついに登場したことになります。当院においても、投与開始から約6週間で原発巣や副腎転移が縮小し、1年8カ月が経過した現在も治療効果が持続している症例を経験しており、その長期的な有用性を実感しています。
治療を長く続けるためには、有効性はもちろんですが毒性の低さが重要です。ヘルネクシオスⓇは、下痢や発疹、肝機能障害といった有害事象の出現がゼロではないものの、日常生活に支障を来すような重篤な有害事象(Grade3以上)の割合は非常に低く抑えられています4)。これは、EGFR変異におけるオシメルチニブやALK融合遺伝子におけるアレクチニブと同様に、外来通院で治療を継続することができる薬剤であると言えます。
最新の『肺癌診療ガイドライン2025年版』においても、従来のT-DXdに加えて、ヘルネクシオスⓇも使用すべき薬剤として推奨されています5)。現在は2次治療での承認ですが、今後は診断時の遺伝子解析に基づき、初回治療から最適な分子標的治療薬を選択する個別化医療が加速していくことが期待されます。
引用文献
2)Y Kato,et al:Efficacy of immune checkpoint inhibitors plus platinum-based chemotherapy as 1st line treatment for patients with non-small cell lung cancer harboring HER2 mutations: Results from LC-SCRUM-Asia.Lung Cancer 2024;197:107992.
3)PA Janne,et al:Final Analysis Results and Patient-Reported Outcomes From DESTINY-Lung02-A Dose-Blinded, Randomized, Phase 2 Study of Trastuzumab Deruxtecan in Patients With HER2-Mutant Metastatic NSCLC.J Thorac Oncol 2025;20(12):1814-28.
4)Heymach JV, et al:Zongertinib in previously treated HER2-mutant non-small-cell lung cancer.N Engl J Med 2025;392(23):2321–33.
5)日本肺癌学会,編:肺癌診療ガイドライン2025年版.7-1-9.HER2遺伝子変異陽性.(2026年3月26日閲覧)https://www.haigan.gr.jp/publication/guideline/examination/2025/1/2/250102070100.html#7-1-9
