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【連載】患者の語りから学ぶ 看護ケア

第35回 あなたは未来を知りたいですか?~予後情報の提供は難しい

  • 公開日: 2016/5/13
  • 更新日: 2021/1/6

医療者が患者の治療・ケアを行ううえで、患者の考えを理解することは不可欠です。
そこで、患者の病いの語りをデータベースとして提供しているDIPEx-Japanのウェブサイトから、普段はなかなか耳にすることができない患者の気持ち・思い・考えを紹介しながら、よりよい看護のあり方について、読者の皆さんとともに考えてみたいと思います。


患者の自己決定を支えるうえで、専門家からの情報提供は欠かせません。しかし、本連載の第13回「余命告知のあり方を考える~何のために伝えるのか」でも触れたように、予後に関する情報提供はなかなか一筋縄ではいきません。というのは、人は誰もが自分の将来についてのリスクを考えながら日々を過ごしているわけではないからです。一方的な情報提供は、患者の強い拒否につながることがあります。

その人にとって価値のある情報提供を

次の男性は前立腺がんの手術を受けた後、4年ほどホルモン療法を続けていましたが、通っていた病院で新たに担当となった医師から、「この薬はあと3年くらいしか効かない」と告げられました。

64歳で前立腺がんの診断を受けた男性(インタビュー時71歳)

インタビュー動画

ある先生がね、非常にまあ…「私は人気のある先生です」みたいな自己紹介があって。「私を慕って遠くから来てくれる患者さんもたくさんいらっしゃるんです」って。で、「あなたの場合は」ときたわけですね。「この薬はね、もうあと3年ぐらいしか効かないですよ」と。「もちろん効かなくなったら後の手はあるんですけど」って言われたんですよ。

で、自分としてはね、分かるような…分からんような有効期限をはっきり言われるのはつらいんですよね。何か分からんでね、そのうちに死んでいくわというんやったらまだいいんですけど、あと3年ぐらいですよということを言われて。それがつらくって、セカンド・オピニオン欲しいなということで。それで地元のいわゆる大学病院へ行ったんです。
――「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン > 前立腺がんの語り」より


初めからあまり印象のよくない医師だったのか、それとも自分が予想していなかったホルモン抵抗性(薬物療法等で男性ホルモンを抑えていても次第にPSA値が上がってきたりがんが進行したりすること)について説明されたショックで印象が悪くなったのか、わかりませんが、この人はこの医師の説明に強い拒否感を示しています。客観的にみると、ホルモン療法の予後の説明として特におかしなことはありませんし、「効かなくなったとしても手はある」とフォローもしています。

それでも、この人はセカンド・オピニオンを受けに行った先の病院で優しい言葉をかけられ、結果的にそちらに転院してしまいました。その理由について、次のように話しています。

64歳で前立腺がんの診断を受けた男性(同上)

35-2

「あとこの薬3年ですよ」と、みたいなことをね、期間限定みたいなことを言われたから、ちょっと慌てたなという感じだったんですね。 ええ、そんなこと言う先生は嫌やなという気がしたんですね。で、こんなこと言わんでもええことちゃうかなというのは自分にもあったんですよ。

それで効かなくなったら勝手に薬変えたらええ話で、前もって3年も先のことをね、あのー、それは3年うっとおしいですやん、あとなんぼしかないでみたいな思うのもね、うっとおしいですから、そやから、もうそこの病院は嫌やなと、その先生は嫌やなと思ったんですね。
――「NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパン > 前立腺がんの語り」より


「患者の自己決定を支える」とひと言でいいますが、情報提供が必ずしも自己決定につながるとは限りません。この男性は、「この薬はあと3年しか効かない」という情報提供には意味がなく、効かなくなったときに治療法を変えればいいことだと主張しています。

ホルモン抵抗性について説明されたところで、3年後に死ぬと決まっているわけでもありませんし、現時点での選択肢として別の治療法を提案されたわけでもありませんから、この人にとってそれは自己決定にはつながらない、単なる「うっとおしい」情報に過ぎないのです。

これを真実を知りたがらない「逃避的な態度」と非難するのは簡単ですが、知ることで不安を抱えることになる患者さんの気持ちも思いやる必要があるでしょう。今、この人にとって必要な情報は何か、それを知るために、まずはその人の気持ちを聞くことから始めませんか?


「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」(通称:DIPEx-Japan)

英国オックスフォード大学で作られているDIPExをモデルに、日本版の「健康と病いの語り」のデータベースを構築し、それを社会資源として活用していくことを目的として作られた特定非営利活動法人(NPO法人)です。患者の語りに耳を傾けるところから「患者主体の医療」の実現を目指します。

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