慢性期病床における食物繊維高含有流動食によるプレバイオティクス効果の検討【PR】
- 公開日: 2017/12/15
目的
近年、腸内細菌叢の機能が徐々に解明され、便秘・下痢症や炎症性疾患のみならず、一部のがん、肝疾患、肥満、糖尿病、動脈硬化、自閉症、アレルギー性疾患との密接なかかわりも明らかにされつつあります。腸内細菌叢が疾患に及ぼす作用と機序は、腸内細菌によって産生される短鎖脂肪酸(short-chain fatty acids : SCFAs:酢酸、酪酸、プロピオン酸)の量と質に依存することが示唆されています。そのため、SCFAsの原料として何をどれだけ摂取するかが生体に大きな影響を与えることになります1)。
腸内細菌叢の構成に影響を与えるのがプロバイオティクスとプレバイオティクスですが(図1)、プレバイオティクスは、SCFAs産生の量と質に直接関係するにもかかわらず、国内での理解度は高くありません。前向き研究も少なく、特に慢性期患者について健康管理、排便管理、感染対策上の有用性に関する研究はほぼ存在しません。そこで我々は、従来流動食と同価格帯ながら高機能のプレバイオティクス(グアーガム分解物、PHGG)を配合した流動食製品を導入し、腸内産生SCFAsの変化(便pHと便含有有機酸の分析)および排便管理上の有用性(下痢と便秘の増減)を観察しました。
試験方法
胃ろうからの経腸栄養剤摂取で便秘などが生じ、腸内環境に問題があると考えられる患者18例を2群に分け、8週間ずつ交互に、従来流動食とPHGG配合流動食を投与しました(3例は中断)。評価項目は、排便状況(回数・性状・下剤投与回数)、便有機酸、便pH、臨床検査値(TP、ALB、BUN、T-CHO、HbA1c)としました。
試験結果
全患者の便pHは試験開始時の平均8.1から、PHGG付加2カ月後には約0.5低下し(図2)、便有機酸量も有意に増加しました(図3)。
全患者は基本的に便秘傾向(下剤を常用)でしたが、PHGG付加2カ月後には便性状は柔らかくなる傾向を示し(図4)、排便回数が増加しました。
そのほか、PHGG付加時には、BUNが低下、BSとHbA1cにはわずかな変化がありましたが有意差はみられませんでした。
考察
便pHは通常6.0 ~ 6.5程度ですが、試験開始前の患者の平均pHは平均8.1と高値でアルカリ性を示していました。長期経腸栄養患者における他研究2)3)でも同様の例が臨床データとしては報告されています。これは、臨床現場で使用される流動食の多くが食物繊維不足で、配合されている繊維成分量では腸内発酵に十分寄与できず、大腸内でのSCFAsの産生が低下しているためと考えられます。
今回投与した製品に含有されていたプレバイオティクスは1.5g/100kcalですが、これにより効果を示す結果が得られたのは、PHGGの配合によると考えられます。発酵によるPHGGのSCFAsへの変換率は100%で、一般に流動食に配合されることが多いセルロース(発酵率0%)や難消化性デキストリン(同25 ~ 50%)とは、含有量当たりの変換率で4倍以上の差があります。より高率でSCFAsに変換されるプレバイオティクスを多く含有した流動食ほど、長期療養患者の生活改善の可能性が期待できます。
また、これまで効果における客観的な検証指標がなかった下痢や便秘の観察・研究において、臨床で簡単に確認できる便pHにより腸内環境を推定できる可能性も、本研究によって示すことができました。
皮膚は弱酸性であり、アルカリ性の便は皮膚に悪影響を与える可能性もありますので、今後は、さらに症例数を増やし、排泄状態による皮膚への影響など新たな観察項目も加え、再試験を行いたいと考えています。
まとめ
腸内細菌叢を1つの森として考えると、プロバイオティクスは木に当たります。しかし森の植生をよりよくするために木を植え替えるのが容易でないことは、糞便移植の知見などから明らかになっています。一方、PHGG含有の流動食などでプレバイオティクスという肥料を与えることは、簡単で安価に行うことができます。プレバイオティクスによる腸内細菌叢の環境のコントロールが可能になれば、経済的で安全・容易に腸内環境を改変し、疾患の治療にも貢献できると考えられます。これは、療養患者のみならず一般の人々の健康管理にも有用である可能性が高いと思われます。
参考引用文献
1)Nature 518, S9( 26 February 2015)
2)大森啓充,他:長期経管栄養施行中の重症心身障害児(者)の腸内菌叢および糞便性状の検討,腸内細菌学雑誌,2013,27(1):1-6.
3)The Effectiveness of Lactobacillus Beverages in Controlling Infections among the Residents of an Aged Care Facility;Ann Nutr Metab 2016 ; 68 : 51–5.
皮膚・排泄ケア認定看護師の立場から(日本医科大学千葉北総病院 皮膚・排泄ケア認定看護師 渡辺光子先生)
失禁関連皮膚炎(IAD)対策と便pH
今回の研究結果は、臨床における看護とどのようにかかわるのでしょう。近年大きな課題とされている「失禁関連皮膚炎(Incontinence Associated Dermatitis:IAD)対策」の観点から、皮膚・排泄ケア認定看護師の渡辺光子先生にお話をうかがいました。
──「失禁関連皮膚炎(IAD)」が問題になっているのはなぜですか。
失禁関連皮膚炎(IAD)は、失禁による尿や便が皮膚に直接接触することで発症する皮膚損傷のことです。高齢化や重症化が進む近年の入院患者さんは、免疫力や皮膚バリア機能の低下といった高齢者特有の身体状態に、オムツによる湿潤環境が加わり、IADの発症リスクが高くなっています。実際に臨床で出合う症例数は多く、日本創傷・オストミー・失禁管理学会が評価スケールの作成に着手するなど、ここ数年でIADに対する取り組みは活発化しています。
──IADの原因を教えてください。
大きな影響を及ぼすのは、尿や便の水分と化学的刺激です。皮膚の水分過剰は角層構造に膨張や崩壊を生じさせ(皮膚浸軟など)、皮膚のバリア機能を失わせます。それによって、刺激物質が角層内部にまで浸透し、IADが起こります。
健康な皮膚(pH4~6)は弱酸性ですが、尿や便が接触すると、尿素や消化酵素の影響でアルカリ化が進みます。特に水様便の場合、脂質やタンパク質を分解する消化酵素を多く含むため、皮膚に与える刺激はより大きくなります。
── 便pHの低下は、IAD対策にどのようにかかわってきますか。
臨床では、IADの予防として、肛門周囲などを保護・治療する目的で亜鉛華軟膏を厚めに塗りますが、その際ストーマ用のパウダー(皮膚保護剤)を混ぜることがあります。これは、アルカリ性の高い便による皮膚への刺激を少しでも緩衝するためです。便pHの低下は、刺激の軽減を示すため、このケアの効果をより高め、IADのリスクを減らすことにつながると思います。
便pHの低下以外にも、便性状の軟化という結果が出ていましたが、便秘の改善もまた、IADのリスク低減につながるのではないかと考えます。高齢者の下痢は、便秘に対する下剤投与によるものが少なくありません。下剤による排便コントロールが減れば、必然的に下痢も少なくなり、皮膚が水様便による刺激にさらされることも減るのではないかと思います。
腸内環境にアプローチすることで、便pHの低下や軟便化など便性の改善が図られるのであれば、IADも含め、患者さんの苦痛が減らせるのではないでしょうか。