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第20回 日本認知症ケア学会大会 ミドルセミナー レポート

  • 公開日: 2019/7/9

第20回 日本認知症ケア学会大会 ミドルセミナー

「診断を受けた私はこれからどうなるのですか」 ―私たちはその問いにどのように応えることができるのでしょうか―

2019年5月25日~26日の2日間にわたり、国立京都国際会館にて「認知症という希望」をテーマに第20回日本認知症ケア学会大会が開催されました(大会長:繁田雅弘 先生 東京慈恵会医科大学・教授)。第1日目のミドルセミナーでは、のぞみメモリークリニックの水谷佳子先生とともに、友情出演の繁田雅弘先生が登壇し、2人のテーブルトークが繰り広げられました。トークの模様をお伝えします。
(以下、敬称略)

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満席で大盛況になったミドルセミナーの会場


ケアをされる「つらさ」をどうするか

繁田:非常に難しいセミナーのテーマです。認知症の診療をしていくなかで、患者さんからよく聞くのが、「家族に迷惑ばかりかけて、もう生きていけない」という言葉です。

水谷:診断された直後から「人に迷惑をかけたくない」って気にかける人が多いです。「なぜ迷惑をかけると思うのですか」と聞くと、「いずれ人の手を煩わせるようになるのでしょう?」「介護は大変だから」と皆さんおっしゃいます。人の手を借りることは、そもそも引け目を感じることなのだと改めて感じました。
 ある人が「手助けしてもらっているときに、『そうじゃなくてこうして』と希望を言うのも申し訳ない気持ちになってしまう」と言ったことが、とても印象に残っています。例えばいま私が、背中がかゆくて誰かに掻いてもらったとしたら、「そこじゃなくて、もう少し右」と何の抵抗もなく言います。でも、それを言えなくなってしまう。「我儘ととられるのではないか」「手助けしてくれている人が『大変なのはこっちなのに、何言ってるんだ」という気分になるのではないか』と言う人もいました。

繁田:はじめは気持ちよく手を貸したいと思っている人も、要望が続くと、「面倒だな」「少しは我慢してほしい」と感じてしまったり、顔に出てしまうことはあるかもしれません。

水谷:「美術館に行きたい」など、自分の楽しみになるようなことは頼みづらいと言う人もいました。食べる、排泄するといった生きるための最低限の営みが人生のすべてではないですよね。気持ちいいとかワクワクするとか、ちょっといい感じなことがあって「生きていてよかった」と思える。それなのに、そういうことこそ頼みづらいって。
 これは、「私はこれからどうなるのですか」という問いにもつながると思いますが、食事やトイレなどに必ず手助けが必要となると、1日に何回も、それが毎日続いていくことになります。「手助けするほうも大変。けれど、されるほうも『こんなことを手伝ってもらわないといけない自分』をふがいなく思う。毎度毎度それが積み重なると思うと、気持ちが萎える」と聞いたときには、言葉が出ませんでした。
 認知症に限らず、誰しも何らかの手助けが必要になることもあります。「それと同じじゃない?」と聞いたら、「まったく違う」と言った人もいました。認知症でなければ、手助けしてくれる人とやりとりしながら手を借りられる。でも、認知症が進んでいずれ意思を伝えられなくなったら、自分の意思や希望と関係なく一方的にされるだけになると。

繁田:一方的といえば、「助ける側はいつでも好きなときに助けられるが、自分のペースになりがちだ。それが認知症患者さんにとっては不安なのではないか」と言われ、納得したことがあります。相手の気持ち次第で、次に何かがあっても助けてもらえないかもしれない、という不安に駆られるのかもしれません。
 私は医療者として、いつまでもサポートするつもりだと、患者さんに伝えるようにしています。少しでも不安を減らしたいと思い伝えています。患者さんの周囲の人たちも、できないときもあるかもしれないが、できる限りサポートしたいという気持ちを伝え続けるることが大切でしょう。
ただし、一人ですべてをサポートするのは難しいことです。得意な分野やできる分野での役割分担も必要になってきます。

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認知症治療に携わる医師の立場から話される繁田先生

迷惑をかけてもいいと思える人を増やしていく

水谷:はい。一人ですべて、というのはお互いに負担だと思うのです。「この人なら頼める」「この人となら一緒に楽しめる」という人が複数いれば。
「自分が大切にしているものや価値観を知って、それを大事にしてくれる人は信頼できる」と言う人もいましたし、「一緒に過ごして居心地がよければ、手を借りているという心苦しさは変わらなくてもそれを上回る心地良い時間はつくれるはずだ」と言う人もいました。

繁田:以前、福祉国家といわれる北欧に留学し、デパートに行ったときのことです。車椅子の人が来て、客があふれている売り場にどんどん入っていくのです。周囲には「こんなに狭いところに入ってきて」と迷惑そうな顔をする人もいるのですが、本人は平然としています。
 もちろん迷惑をかけていることは分かっているでしょうが、障害者を受け容れる社会とは、迷惑をかけることにも、かけられることにも慣れている社会ということが言えるでしょう。そこには、迷惑をかける人と、かけられる人との間に、ある種の信頼があるのかもしれません。

将来についての迷い、不安をどうするか

繁田:かつて、診療のたびに「これからどうなるんですか」と尋ねる患者さんがいました。でもこれは稀なケースです。いろいろ悩み考えている患者さんでも、私が「将来のことを考えたことがありますか」と聞くと、「考えたくない」と答えることのほうが多いのです。良い答えが期待できないとき、人が正面から向き合うのはとても難しいことです。
 先の患者さんに対しては、「掃除や洗濯はまだまだできますよ」などと、できることを具体的にあげて「まだ大丈夫」と答え続けていました。すると次第に、「まだ大丈夫ですよね」「私は私のままなんですよね」という言葉が増えていきました。
このように正面から質問してくる方は稀ですが、認知症と診断されると、患者さんたちは皆さん、将来のことを深く悩み迷っています。それは、私たち医療者の想像をはるかに超えています。

水谷:ある人は、「これから少しずつわからなくなっていくのか、ある日ガクっとわからなくなってしまうのか、そもそもわからなくなることに自分で気づくことができるのか、もし気づかないなら怖い」と話していました。
 その人は、ご自身でも認知症の父親を看取った経験があり、当時を振り返って「記憶はかなり落ちていたけど、最期まで父は父だった」とおっしゃるのです。だから、すべてがわからなくなるわけではないと信じたい、自分もそうであると信じたい、だけど…。信じきるだけの確信を持てないでいるのかな、と感じました。

繁田:認知症の治療やケアに携わる者の間でも、進行すれば最後には周囲がわからなくなるという意見と、言葉を失っても何らかの形でわかっているという意見に分かれます。ただ、 私は後者でありたいと思っています。高度に進んだ認知症の患者さんであっても、私の気持ちの少なくとも一部は何らかの形で伝わると信じています。私の場合、そう思わなければ、認知症の人に私の気持ちを何らかの方法で伝えたいという姿勢が、保てません。

水谷:デイサービスでボランティアをされていた人で、認知症と診断された人がいました。その人が言うのです。「はじめは(デイサービスを利用している人と)一緒に花に水をやったり、将棋を指したりしていた。でも、いつしか将棋が指せなくなり、言葉がだんだん出てこなくなり、そのうち自分が挨拶してもニコっと笑うくらいになってしまった。あんなに一緒に楽しいことしてきたのに、今は意思疎通できている気がしない。自分も言葉が出なくなったら終わりだ」と。
 私はそうは思わないので「人は言葉以外でも伝えていることがあると思う。その人が返してくれる笑顔は、その人の意思ではないの?」と言ったけれど、同意はされなくて。もう一歩踏み込んで、「もし自分のお子さんが認知症になり、自分よりも早く進行して思うように言葉が出なくなったとき、やはり意思はなくなってしまったと思う? 何か伝えたいのではと目をのぞいたり言葉をかけたりしない?」と尋ねると、しばらくの沈黙のあと、「何も分からなくなっているとは限らないかもしれない。子どもや親友に対してはそう、思うかもしれない」って。

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「認知症とともに、よりよく生きる」ことを模索中だという水谷先生

人は何もできなくなる直前まで笑える

繁田:意思の疎通を裏付けているのが、アルツハイマー型認知症の評価尺度「FAST」(表)です。これは、病状ステージを生活機能の面から、1~7のステージに分類しています。7のなかが、さらにa~fに分かれていて、最後の7fの段階は、「頭部固定不能,最終的には意識消失(混迷・昏睡)」であり、全く反応がない状態です。その手前の7eは何かというと、「笑えなくなる」。つまり、人は何もできなくなる直前まで、「笑える」ということなのです。
 もちろんこの段階では、笑えるといっても愉快な話を聞いて笑うといった意味ではなく、気持ちよくて笑顔になるという意味も含んだ広い意味です。それは明らかに周囲の人や状況に反応しているということではないでしょうか。そして実際には、7fまで進む人はそういない。その前に一生を全うされることが多いのです。

水谷:笑っていない人を前にして、笑えない段階にある人だと思ってはいけないということですね。よく人は鏡といいますが、私が眉間にしわを寄せていたら、目の前の人は笑わないです。

繁田:言葉が何も通じなくても、こちらが笑顔で一生懸命、次から次へと話しかけると笑顔になってくれるかもしれません。また、相手が家族や親友だと、言葉以外の部分でも心が通うことが多いですよね。高度に進行した認知症の夫の食事介助を奥様がしているときに、笑顔でいろいろと話しかけている様子を見ていると、言葉は通じなくても言葉にのせた何かは伝わっている気がします。

水谷:はい。それは家族や親友に限らず、今日初めて会った人であっても、何かを伝えよう、良い時間を過ごそうという関わり合いがあれば、成立することだと思うのです。

表 アルツハイマー病の病気分類(FAST)
fast

心が動くということは変わらない

繁田:施設に面会に来た家族が、名前を間違えられたりしてショックを受けることがあります。しかし、自分の顔を見て懐かしいと感じたり、心地よい気持ちになってくれているなら、忘れたわけではないのです。笑顔も昔の笑い方とは違うかもしれませんが、どこかに記憶は残っているのです。患者さんや家族の方にもそう伝えています。
 ですから言葉を失ったとしても、核となるその人に働きかけることが大切です。好きだった音楽を聞いてもらったり、大好きだったものを食べてもらったりです。そのとき表情の変化があれば、それは伝わっているということです。
 私が本日のテーマ「私はこれからどうなるのですか」に答えるならば、「あなたが認知症になって進行しても、あなたは変わりません。何かが伝わって心が動くということも変わりません」と答えています。これは断言してもいいでしょう。

hutari
今回のテーマ「診断を受けた私はこれからどうなるのですか」について語り合うお2人

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