鼠経ヘルニアを正しく理解して早期の受診・治療を促そう!
- 公開日: 2025/6/6
鼠径ヘルニアってなに?(成人例)
三澤健之先生(帝京大学医学部附属病院 外科学講座 教授)
鼠径ヘルニアとは
鼠経ヘルニアとは、立位や腹圧によって鼠径部が膨らむ疾患です。腹壁の筋膜(筋肉)のすき間から、小腸などの内臓が腹圧に伴い脱出してしまうことで起こり、一般に「脱腸」とも呼ばれます。筋膜が弱くなる40歳以上の男性に多くみられます。
そもそも「ヘルニア」は、ラテン語で体表の膨らみを意味します。広義には、臓器や組織が本来の位置から逸脱して嚢状に飛び出した状態を指し、椎間板ヘルニアや脳ヘルニア、虹彩ヘルニアなど、さまざまな部位で発生します。
鼠径ヘルニアの症状
鼠径ヘルニアは、鼠径部が膨らむだけで、特にひどい症状はみられないのですが、長時間の立ち仕事や腹部に力を入れたときなどに鈍痛を感じることがあります。また、飛び出したところの腸が折れ曲がるので、便秘を訴える患者さんも多いです。
通常、鼠径ヘルニアの膨らみは、横になったり、手で押し込んだり(用手整復)することでもとに戻ります。しかし、いつもは押し込むことができていたヘルニアがもとに戻らず、激しい痛みが出てきたときは、嵌頓の恐れがあります。放っておくと、内臓の壊死や腸閉塞といった危険な状態に移行します。
嵌頓が疑われる場合は、慌てず横になって腹部の力を抜き、膨らみ全体を少しずつ絞り込むように押し戻します。それでも戻らないときは速やかに病院を受診し、近くに病院がなければ救急車を要請してもらうことが必要です。
鼠径ヘルニアの検査・治療
鼠径ヘルニアは、視診や触診などでほぼ診断できるため、特別な検査は必要ありません。ただし、想定外の臓器が飛び出していたり、どこかの臓器のがんが飛び出したりしていることもまれにあるため、必要に応じて超音波検査やCT検査を実施します。
鼠径ヘルニアは自然治癒することはなく、手術が唯一の治療法です。軽微とはいえ、毎日のように不快感や鈍痛がありますし、放置すると次第に大きくなっていきます。これらを解消するとともに、嵌頓という危険な状態を予防する目的で手術を選択します。また、鼠径部の膨らみが気になり、温泉や公衆浴場に行けないと悩んでいる患者さんも多く、美容的な面でも手術は重要な役割を果たしています。
手術の基本は筋膜のすき間を塞ぐことで、通常は「メッシュ」と呼ばれるポリプロピレン製の人工膜を用いて、すき間を塞ぎます。ポリプロピレンは非吸収性で細菌感染に強く、手術用の糸として長年使用されており、安全性が実証されています。
鼠径ヘルニア手術の合併症・偶発症
鼠径ヘルニアの手術でみられる合併症として、まず術後出血が挙げられます。発生率は低いものの、場合によっては再手術(止血術)が必要です。局所の腫れやメッシュを留置したことによる異物感を訴える患者さんもいますが、次第に軽快していきます。まれに、術後1年以上経っても痛みが続く慢性疼痛がみられることがありますが、こうした場合は鎮痛薬の内服や神経ブロックなどで対応します。
ほかに注意が必要なのが、体内に留置したメッシュによる感染です。菌が付着したメッシュにより感染が起こってしまった場合は、メッシュの摘出手術を行わなければいけません。陰嚢の腫れや睾丸炎、腹腔鏡手術による内臓損傷、麻酔に伴う事故などもあります。
鼠径ヘルニア手術後の注意点
鼠径ヘルニアの術後は、ある程度の創部痛が起こるため、鎮痛薬を使用します。麻酔が切れれば歩行やトイレが可能ですし、創部は撥水性のテープで保護されているため、手術当日からシャワー浴もできます。
退院後の食事制限はありませんが、飲酒は2週間程度、重い物を持ったり、激しい運動をしたりすることも3週間程度は控えてもらいます。仕事については、事務系であれば術後3~4日で復帰が可能で、そのほかの仕事では、術後7~8日の復帰が目安となります。
鼠経ヘルニアは下半身の疾患であるために、恥ずかしいと思う患者さんも多くいますが、非常にポピュラーな疾患で、決して恥ずかしいものではありません。手術によって短期間でほとんどが完治するため、放置せず、早めに専門医(消化器・一般外科医)に相談するよう促すことが重要であると考えています。
鼠径ヘルニアに関する患者さんによる調査結果および啓発活動のご紹介
浦野宏平さん(株式会社メディコン サージェリー事業部)
鼠径ヘルニア治療の現状と調査
鼠径ヘルニアについては、潜在患者数、受診率、認知度などの情報が全くないような状況でした。そこで、鼠径ヘルニアの潜在患者数・受診率・認知度を確認することを目的として、2023年9月にWEB調査を実施しました。調査対象は、全国の40~69歳までの男女5万人です。
調査結果から、人口統計に合わせた男女別推定患者数を算出したところ、鼠経ヘルニアの潜在患者は約76万人であろうことが推測されました。
また、調査対象5万人のうち、「鼠径部に何らかの症状がある」と回答した人が2,134人で、そのうち72.5%の人が「クリニックもしくは病院には行っていない」と答えており、受診率の低さも明らかになりました。もう一段深掘りして、症状があるのに受診していない理由も聞いたところ、「痛みがない、気にならない」「日常生活や仕事に支障がない」「違和感・不快感がない、気にならない」などの身体的要因、そして、「どこのクリニックや病院に行けばよいかわからない」「この症状の病気について理解できていない」という情報的要因によって、受診に至っていないことが浮き彫りになりました。
さらに、症状があるのに受診していない人の70.2%が「鼠径ヘルニアであることを知らなかった」と回答しており、疾患の認知度の低さもうかがえます。
鼠径ヘルニアの啓発活動
調査結果を踏まえ、鼠径ヘルニアの可能性や危険性に気づき、受診するきっかけにしてもらいたいと、鼠径ヘルニアに特化した唯一の専門サイト「そけいヘルニアノート(https://www.hernia.jp/)」を開設しました。
「そけいヘルニアノート」には、鼠径ヘルニアに関する相談が可能な病院を探すことができる病院検索機能、鼠経ヘルニアについて知っておくべきポイントを2分にまとめた動画などを掲載しています。「どこの病院に行けばよいかわからない」「病気について理解していない」という情報的要因を少しでも解消できるサイトをめざしており、今後はより一層、患者さんに寄り添ったコンテンツを追加していく予定です。