1. トップ
  2. 看護記事
  3. 看護クイズ・読み物
  4. 書籍紹介
  5. 【書籍紹介】私の患者になってくれてありがとう―残存小腸0㎝の短腸症候群、17年間の在宅静脈栄養の軌跡―

【書籍紹介】私の患者になってくれてありがとう―残存小腸0㎝の短腸症候群、17年間の在宅静脈栄養の軌跡―

  • 公開日: 2019/9/18

臨床栄養管理に長けた医師と患者との出合い

 27歳で妊娠中に上腸間膜動脈血栓症を発症し、腸管の大量切除術を受け、残存小腸が0cmになった典型的な短腸症候群の患者さん、中村絵里さん。本書は、彼女の栄養管理を担当し、HPN(在宅静脈栄養法)によって、その後の17年間の人生を伴走し続けた医師の記録です。

 著者は、大阪大学国際医工情報センター・特任教授の井上善文氏。栄養管理指導者協議会代表理事を務め、「医療としての栄養管理:静脈栄養と経腸栄養を駆使した栄養管理(Medical Nutritionist™)」という呼称を提案しています。当時の絵里さんの担当医から栄養管理について相談されたときも、「医師のための臨床栄養教育セミナー(TNT™)」に教育メンバーとして参加していました。絵里さんは29歳になっていましたが、残存小腸が0cm、結腸も右半分を切除しているため栄養状態が非常に悪く、自宅で経口摂取と輸液(姉は看護師)を行い体重が落ちると入院し、TPN(中心静脈栄養法(当時はIVH))により改善をはかることを繰り返していました。

 当時の著者は、米国のデューク大学とフロリダ大学に留学し、本場のNST活動やHPN管理を経験して帰国し、大阪府立病院、次に大阪大学で臨床栄養に関する活動を積極的に行っていました。特に末期がん患者さんへのHPN管理を多く手がけ、学会での論文発表も行っていました。この経験と実績から、絵里さんの相談を受けたときには即座にHPNの絶対適応であると判断し、「私が絵里さんを元気にしてあげよう、してみせる」と、自分の経験を活かすことができると考えたと回想しています。

HPNの開始からみるみる体重が増え始め

 実際に絵里さんは翌月には著者を受診し、さらに翌月には大阪大学に入院してCVポート留置術を受け、感染に注意したポート管理と自己輸液の訓練を受けると、退院してみるみる栄養状態を取り戻していきました。健康な頃に比べ20kgも落ちていた体重は、退院後3か月で8kgも増えて43kgまで回復。「HPNを投与する→栄養状態が良くなる→元気になる→食欲が出る→食事量が増える→体重が増える」という好循環のサイクルが回り出します。

 下関の実家で暮らす絵里さんに、さまざまな薬剤を調合した栄養輸液を届けるため、クリーンベンチを備えた大阪の調剤薬局から下関への輸液の宅配、その処方箋を発行するための地元のクリニックと著者による連携、日々のエネルギー投与量や週の投与回数など細やかな調整を繰り返し、もてる知識と技を総動員して絵里さんを支える姿は圧巻です。ついには、絵里さんは夫のいる松江に帰り、月経も戻り、翌年には長期HPN患者としては世界で9例目であった妊娠・出産も成し遂げています。

 絵里さんの日常生活には食事制限もなく、しばらくは健常な人とほとんど変わりませんでした。しかしHPN開始から9年を経た頃から、さまざまな問題が出始めました。リンとカルシウムの不足から起こる骨折、鉄の過剰投与が招く高フェリチン血症と頭痛、貧血、大動脈弁の疣贅、SLEなどが次々と出現し、あらゆる手を尽くしたものの敗血症により最期を迎えます。著者は「最期に」としてこう記します。

「やはり現在のHPNの技術、静脈栄養は未完成であることを実感した。静脈栄養だけで生きていけるほどには完成していない。おそらく不足する栄養成分があるのだろう。<中略>食事は科学的にその成分が解明されてきているが、まだわかっていない、生命を維持する上で必要な成分が存在しているのかもしれない。」

「医療としての栄養管理」ができる医師の不在

 完成ではないと著者は書くものの、現在、HPNによる栄養管理と感染を防ぐ輸液システムの開発によって、短腸症候群のみならず、がんの療養中、クローン病、胃切除術後の患者さんなど、多くの患者さんが栄養状態を改善させ、体力を高めて命を永らえる恩恵を受けられる可能性が出てきています。ただし、患者さんが“「医療としての栄養管理」を適切に実施できる医療者”と巡り合うことができれば、であると著者は述べます。

 機材、輸液剤、静脈栄養剤、経腸栄養剤、濃厚流動食などは著しく発達していても、これらを適切に使うことができる、レベルの高い「医療としての栄養管理」を実施できる医師が日本には不足しており、「人工的な栄養管理」は方法論として確立していても、適切に普及してはいないと訴えます。

 華々しい外科手術、新薬の開発などの目立つ医療技術は注目されていても、患者さんの栄養を下支えし、治療を可能にするHPNはあまりも注目されません。世間では在宅医療が盛んに推進されていますが、適切にHPNを実施できる医療者の不足により、在宅移行とともに在宅療養者全体の栄養状態が低下していくことを、著者は危惧しています。

 医療者として、患者さんが“生きていくための「栄養」を管理し続ける”とはどのようなことか、HPNを実施するとはどのようなことか、進歩する医療の技術や機材に対して今、在宅栄養に欠けているものは何か--。本書は、短腸症候群の1人の患者さんへのHPNの取り組みを通し、これらの課題を浮き彫りにしています。

 残存小腸0cmという大変珍しい患者さんの症例理解のためにも、そして現在の在宅栄養が抱える課題の把握のためにも、医療従事者として読んでおきたい一冊です。

*書籍の画像をクリックするとアマゾンの購入ページへ移動できます
book


『私の患者になってくれてありがとう―残存小腸0㎝の短腸症候群、17年間の在宅静脈栄養の軌跡―』
著:井上善文
発行:フジメディカル出版
定価 2,500円+税
ページ数:296ページ

この記事を読んでいる人におすすめ

カテゴリの新着記事

「患者さんと家族のための 乳房再建ガイドブック」 日本形成外科学会編 発刊

一般社団法人日本形成外科学会(理事長:貴志和生)は、2024年7月10日に、新たに「患者さんと家族のための 乳房再建ガイドブック」を、医歯薬出版社から発刊しました。 「患者さんと家族のための 乳房再建ガイドブック」作成の背景  現在、日本人女性の9人に1人が、生涯で乳

2024/7/12