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【連載】事例で考える! がんの緩和ケア

口腔ケア(出血時)|症状別がんの緩和ケア

  • 公開日: 2019/11/5

I.はじめに

出血傾向にあるがん患者さんの口腔ケアでは、出血の前兆を見逃さないように関わる必要があります。事例を通して患者さんの状態に応じたケア用品の選び方や家族への配慮などを考えましょう。

II.事例の概要

A氏、70代後半、男性、肺がん、腰椎転移、がん性腹膜炎 診断から死亡までの期間6カ月

 肺がんと診断され他院で化学療法を施行していましたが、化学療法に伴う副作用がつらく、継続的治療は希望されませんでした。診断から3カ月後には緩和ケア目的にて当院を受診され、食欲不振・嘔吐にて入院となりました。

 膵臓や腰椎転移に伴う疼痛に対して、入院前からのオキシコドン内服が継続されていました。入院時より嘔吐がありモルヒネ塩酸塩持続静注にスイッチとなりました。原疾患による呼吸困難が出現したため、酸素療法を行っていました。せん妄症状には精神科医師が介入し、現状からくるさまざまな不安に対してはロラゼパム0.5mg毎食後の内服が開始となりました。嘔気のため、内服できないことが多いのですが、可能な範囲で内服を継続していました。がん性腹膜炎による腸閉塞のため嘔吐が続き、減圧目的で胃管カテーテルが挿入されました。A氏は在宅療養を希望していましたが、家族が在宅で看取ることに対して強い不安を抱いていました。家族は緩和ケア病棟への入棟を希望し、A氏も緩和ケア病棟での療養を希望されたため、緩和ケア病棟に転床となりました。

 転入後も腰部、腹部の疼痛が強く、モルヒネ塩酸塩持続静注のベースアップやレスキューにて対応していました。A氏には自宅に一度は帰りたいという思いがあり、家族もその思いをできる限り叶えてあげたいと考えていました。外出を計画していましたが、全身状態の悪化により中止。せん妄があり大声やうなり声をあげることもありました。また無呼吸がみられるようになり、意識状態も悪化。徐々に酸素化不良や血圧低下を認め、家族に見守られながら緩和ケア病棟転床してから2週間後に永眠されました。

 A氏には転床時から口腔内乾燥、粘稠痰の貯留がみられ、口腔ケア用保湿スプレーやスポンジブラシを使用した口腔ケアを行いました。歯科医師への依頼を検討していましたが、家族から「あまりやるとA氏が疲れてしまう」との話があり、ったため依頼はしていませんでした。口腔ケアは継続して行なっていましたが、口腔内は易出血の状態であり、血餅の付着がみられました。家族は出血しやすい口腔をみることにつらさを感じており、家族の思いを聴きながら、できる範囲で口腔ケアを継続していました。

III.アセンスメントとケアの計画・実践

Point①A氏や家族の状態と必要なケアの確認

 緩和ケア病棟転床時からA氏の全身状態は悪く、疼痛や呼吸困難、口腔内乾燥などのさまざまな苦痛症状の緩和が必要でした。また肺がんと診断されてから1年経過しておらず、A氏や家族も気持ちが追いついていない状態が考えられました。日に日に病状が進行していき、口腔内からの出血や苦痛を感じているA氏のそばにいることは家族にとってもつらい状況であったと思われます。そのため、苦痛症状の緩和とともに家族がA氏のためにできることをサポートしていく看取りを踏まえた家族のケアが必要でした。

Point②緩和ケアと並行して口腔ケアの早期介入を実践

 がんの緩和ケア医療を必要とする患者さんにおいては口腔内にさまざまな変化が出現します。全身状態の悪化、それに対する治療(麻薬やステロイドなどの薬剤投与、補液量の減少など)、傾向摂取量の低下、脱水が口腔内に影響することで、結果として口腔内トラブルが生じます。例えば、口腔乾燥、易感染状態、栄養状態の不良があると口腔粘膜炎が発生しやすくなります。しかしながら、全身状態の回復は困難であり、口腔内に悪影響を及ぼしている治療の中止も難しいため、口腔ケアなどの対症療法がとられます。

 緩和ケア病棟転床前、A氏の採血結果では脱水状態ではなく、腎機能の低下や血小板の低下はみられませんでした。しかし、急激に全身状態が変化する中で、A氏は全身状態悪化、酸素吸入、麻薬、抗不安薬などの影響により口腔内トラブルが出現しやすい状態であったと考えられます。

 緩和ケアを必要とする患者さんの多くが疼痛、呼吸困難などの苦痛症状を抱えており、それらに対するケアが口腔内トラブルよりも優先とされることがあります。口腔ケアの領域に携わる医療従事者の口腔への注目度は依然としてまだ低く、ケアが行き届いていないといったケースも少なくありません。しかし、口腔ケアは早期からの介入が望ましいといえます。当緩和ケア病棟でも口腔外科と連携した勉強会を企画しています。口腔ケアに対する病棟看護師の意識も高くなってきており、そのためA氏が緩和ケア病棟に転床されたときから口腔ケアの介入が行われていました。

Ⅳ.ケア実践後の評価・アセスメント

 A氏を担当した看護師が個々に口腔ケアを行う中で、口腔内の状況は共有できていましたが、口腔ケアの方法については各個人の技術に委ねられていました。そのため、口腔内の状況に合わせた口腔ケアの方法の検討がチームでは行われていませんでした。

 口腔ケアの基本としては、まず口腔内の衛生状態、口腔粘膜の機械的損傷、免疫能の低下、栄養状態の不良、口腔粘膜を変化させる薬剤や治療の有無、喫煙などの口腔内トラブルのリスクファクターを確認し、口腔内の観察を行います。その上で、口腔内の清潔を保持するためにブラッシングによるプラークのコントロール、口腔内の状態に合わせた保湿剤の検討が必要です。

 A氏は口腔内乾燥が著明であり、スプレータイプの保湿剤を使用していました。しかし、口腔内の乾燥が著しい場合はスプレータイプよりもジェルタイプの保湿剤の選択も視野にいれる必要がありました。またスポンジブラシを中心として口腔内の清潔を保持していましたが、スポンジブラシでは十分にプラークを除去することができません。口腔内の細菌が増殖し、感染を助長させてしまう恐れがあるため、ブラッシングによる清潔の保持は必要であったと考えられます。

 A氏は亡くなる5日前より易出血状態であり、本来であれば出血が生じてからケアするのではなく出血の前兆を見逃さないことが重要でした。出血の前兆として、発赤や腫脹、義歯の不適合が考えられます。歯肉の出血があることで口腔ケアを控えてしまい、ブラッシングを中止することで歯周病菌の増加を招き、炎症が悪化しさらに出血の危険性を高めてしまう「出血の悪循環」に陥ります。出血の危険性が高い場合はワンタフトブラシでできるだけ歯肉を刺激しないように清掃します。残存している歯がある場合、ブラッシングは必要不可欠です。血餅ができてしまったときには無理に除去しようとすることで新たな出血を助長させることがあります。無理に除去しようとせずに、現状で行えるブラッシングまたはスポンジブラシによる保清と保湿剤による保湿が必要です。またそのことを家族と共有し一緒にケアを行うことで、家族の今何が起こっているのかわからない不安から少しは解放することができます。

 専門的な緩和ケアの導入が検討されていたが、家族の要望もあり介入していませんでした。A氏の全身状態も考慮する必要はありましたが、緩和ケア病棟転床時からの専門的緩和ケアの導入は必要だったと思われます。看護師のケアだけでなく、歯科医師、歯科衛生士と連携し、口腔内のスクリーナーとしての役割を担ってもらうことが必要になりきます。ベッドサイドで家族や看護師が見える場所で実践してもらい、実際の場面をみて口腔ケアを共有することで、ケアの質の向上に繋がります。口腔ケアの必要性は患者さんの全身状態にもよるため、今の状態でどのようなケアが最善なのかを専門領域である歯科医師や歯科衛生士と相談し、チーム内での口腔ケアの統一が重要です。

 A氏の家族はA氏の苦痛緩和のために何かしてあげたいという思いは強く、昼夜家族で交代して付き添っていました。口腔ケアを家族とともに共有し一緒に行うことで、何かしら本人のために行えていることが家族の満足度につながり、看取りのケアにもつながります。


知っておきたい緩和ケアの知識

血餅はいじるな危険
 出血が起きる前に対策をしておくことが重要ですが、全身状態が悪化している患者では口腔内のトラブルも一気に進行してしまいます。出血し血餅ができてしまったら、きれいに除去したいと思う家族や医療従事者もいますが、無理に血餅を除去することで新たな出血となり、患者さんや家族に苦痛を与えかねません。血餅を刺激しないよう、ワンタフトブラシでの清潔保持、保湿剤による口腔の保湿を行い、これ以上口腔内の環境を悪化させないことが重要です。

Ⅴ.おわりに

 口腔内の臭気は周囲の人に不快感を与えてしまうことがあります。家族として大切な人のにおいをつらいと感じてしまうことはとても申し訳ないと感じ、つらくなりそばに寄り添うことが難しくなってしまう場合もあります。死が近い状態で患者さんに何もしてあげられないと無力感を感じる家族もおり、そばにいるだけの意味、家族が行えるケアを一緒に行うことで、大切な人に寄り添えたと思えることがビリーブメントケアとなり、口腔ケアをすることで家族ケアにつながっていきます。

引用・参考文献

大野友久:緩和ケア医療における口腔ケアの重要性.日歯福祉誌 2010;15(1):12-7.
岸本裕充,編著:成果の上がる口腔ケア.医学書院,2014.
田村恵子,編:がんの症状緩和ベストナーシング.学研メディカル秀潤社,2010.
鈴木人見,他:痛みや出血傾向のために口腔衛生状態が悪い症例に対する口腔ケアの工夫.緩和ケア 2017;27(1).

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