11.看護と看護師のQOL向上と看護師に今後求められる能力とは
- 公開日: 2019/11/27
看護師に今後求められる能力とは何か
前回の「10.看護師のQOL向上に重要な自己効力感を高める教育側のかかわりと対策」では、看護師のQOLに重要な自己効力感を高めることについて考え、看護師のQOL向上に重要なかかわりや対策についてお伝えしました。
今回は、AIにより発展する今後の医療においても、看護と看護師のQOL向上が必要な理由や、その中で看護師に求められる能力とは何かについて、述べたいと思います。
AIにより発展する医療における看護と看護師のQOL向上に求められるもの
現在、医療技術の高度化により、手術支援ロボットや新しい画像解析技術・遠隔画像診断、外来患者の再発リスクの予測に関するアプリ(生活状況やバイタルサインを入力して、再発リスクを予測する)などの活用が進んでいます。これは、AIやICTの導入で医療が発展し、それに伴い看護の実務が変化しつつあることを示しています。
例えば、ヘルスケアデータとビッグデータ解析技術を融合させた疾病予測AIにより、病気発症などのリスク予測の分野が発展することで、今後は必要な看護状況を推測し事前に準備することもできるでしょう。
また、患者自身がアプリを使って、食事や運動などの生活習慣と血液データやバイタルサインの値を共に管理するなど、診断や治療のアセスメントに有用なデータ管理が進みつつあり、これらは退院後の生活指導などで多くの時間をかけて患者にかかわる看護師の仕事の補助になっているといえます1,2)。
このように、実務の時間短縮を現実にし、看護師のQOLのために時間をうまく使っていく時代だともいえると思います。
学会における発表や講演会を聴講しても、上記のような現状が伝えられています。実際に医療従事者の実務の時間短縮化において組織的に取り組む病院が、AIやICTの導入を進めているようです1,2)。
一方で、今年の春、「わたし、定時で帰ります」という新しい働き方についてのTVドラマが評判でした。その内容は、“定時で帰宅すること”が必ずしも悪いことというわけではない、というもので、これは医療従事者にとっても重要だと考えます。
いつも定時で帰る主人公が、仲間やチームのために、ここ一番がんばらなければいけないときに人一倍がんばる場面も印象的でしたが、加えて、長時間労働が働く人の健康上の問題に影響することや、チームで時間外労働が発生しないようにサポートしあうこと、ライフステージに合わせて働くこと、それを支えあう仲間の重要性、QOL向上の組織的な取り組みの必要性についても考えさせられた場面がありました。
そして、今後の医療の発展を考えたときAIやICTの導入が進むことは必然だと思われますが、いまだ進んでいない領域もあります。それは、自己決定による治療の選択内容や受け止める側の患者の価値観により心身に個別な変化が起こることや、突発的なハプニングへの対応など、予測不可能な状況における総合的判断への導入です。状況が複雑すぎて個別な変化を加味した正確な判断がAI では下せないという、人間の認識と行動に関する認知行動科学の分野の医療的判断への導入が、今後の課題であると考えます。
今後の看護の実践では、AIやICTの導入により簡略化された業務などの、さまざまなツールを使いこなしながら、AIでは判断できない複雑な統合的判断を看護師が補いながら共働していく時代だともいえます。このため、さらに看護師は「考え抜く力」の研鑽により、複雑な状況や個別な変化を加味した統合的な判断の向上が求められる時代であるともいえます。
専門家としての看護師とその統合的判断能力
看護師に今後求められていく能力について述べる前に、これまでの看護の発展について振り返りたいと思います。
看護に関する問題を、倫理観という名の己の基準で感情的に評価するような看護師の主観的評価から、問題を改善するために客観的検証に注目して、統計という客観性を基に時には基準さえも開発・改良してきたことで、看護は発展してきたのではないでしょうか。つまり、看護師の統合的判断のあり方は常に看護の発展に寄与していると、私は思います。
また、統計学者でもあったナイチンゲールは、軍病院における死亡率の計算方式を定めるなど、死亡原因を客観的に解明し、看護を科学的にする必要性を説いています。この、ナイチンゲールのスピリッツを引き継ぐ看護師は、人間を多様に捉える理論を開発してきました。
看護師は、ナイチンゲールの時代から現在もなお大切にされている、個別性を踏まえた「その人に寄り添う看護」を目指して、時には理論を活用して看護しており、看護自体は発展してきたものの、そのコアは普遍であるといえます。
この普遍性を基準に、看護師に今後求められる能力とは何かを考えてみます。私は、医療の専門的な知識以外にも、看護師は、必要とする患者さんに対して患者の個別性に合わせたオリジナルなかかわりを開発する専門家となることも求められることになると思います。
この“専門家”ということについて考えるとき、私は何十年か前のニュージーランドの経験を思い出します。ナースエイドとして働いていたときに、在宅で開業している現地のナースと話した専門性についての内容です。それは、専門家として、クライエントと共に「どう死にたいか」や「どう生きたいか」を考え続けることが重要だ、ということでした。
オーストラリアやニュージーランドでは、遠く離れた地に病院があるため、在宅医療が発展しました。この土地ならではの開業ナースの専門性に関する話は非常に高度な内容で、当時の私は「大変だな……」と感じつつも、ナースの権利や働き方の利点に興味があり、いろいろ質問した覚えがあります。
彼女は、オーストラリアの総合病院で10年近く働いていたため、ICUなどの緊急対応医療の経験を多くもち、看護実践において統合的判断能力を研鑽してきたと話していました。このため、自分の強みは統合的判断能力だが、在宅における個別看護の追求で重要であるのは、クライエントの満足度をどう引き出すかという、「かかわり」の専門性だという話でした。
つい先日の朝日新聞の「折々のことば」でも、鷲田3)は、あらゆることを勉強して1つのものを完成したいというのが本当の専門家であると、三波春夫の語った内容を引用して、伝えています。
より個別的な人生の中で複雑化し多様な状況である現代の人間に「かかわる」看護は、多様な視点を養うことを余儀なくされています。このため、それを探求するための勉強は分野を問わず実践できるのが、本当の専門家であるということではないかと考えます。
今後は、AIやICTの導入された病院での医療から、在宅医療化が進む時代となり、より個別的で多様な状況のもとで看護師の統合的な判断能力が必要とされます。それに加えて、患者さんの満足度をどう引き出すかという「かかわり」の専門家として、分野を問わず勉強し、実践できる能力も求められると感じます。
【引用文献】
1)近藤高明:保健と医療データの統合による疾病管理と予防への活用 データヘルス事業を軸として.第21回日本看護医療学会学術集会抄録集 2019:14.
2)佐藤一樹:緩和ケアにおけるビッグデータ,ICT(情報通信技術),AI(人工知能)の可能性.第21回日本看護医療学会学術集会抄録集 2019:15.
3)鷲田清一:折々の言葉,朝日新聞.2019年9月15日,朝刊,1面.