【図解】口腔ケアのコツと手順〜根拠がわかる看護技術
- 公開日: 2021/5/21
口腔ケアとは
人にとって口のもつ役割を考えてみましょう。まず、食べる・呼吸をするといった生命維持に必要な役割があります。話しをするコミュニケーションの役割や、笑う・怒るといった感情表現も大切です。これらはいずれも、人が人らしく生きていくために必要な行動です。
もし、口が汚れて口臭が気になるような状態だったら、人目を気にせず話したり、笑ったりすることができるでしょうか。汚れたままの口で食べるご飯はおいしいでしょうか。答えはNoですよね。これは、患者さんにも当てはまることです。
口腔ケアと聞いたとき、口腔衛生と同義に考える人が多いように思います。もちろん間違いではありませんが、概念として少し不足があると考えています。
口腔ケアとは、「人にとって大切な役割を担う口の活動が、人目を気にせず思い切り発揮できる状態をつくるためのケアである」と考えます。そのための最低限の条件が、口腔が衛生的な状態に保たれることであるといえるでしょう。
口腔ケアの目的
脳卒中や廃用症候群などで低下した口腔の機能に働きかける口腔リハビリテーションの方法は複数あります。摂食嚥下障害看護の視点からみた口腔ケア、いわゆる「食べるための口づくり」についても触れたいところですが、ここでは口腔衛生に特化して、口腔ケアの目的を解説します。
口腔ケアの主な目的は次のとおりです。
①歯の汚染物を除去する
②粘膜の汚染物を除去する
③潤った状態を保つ(できれば唾液で)
順に詳しく解説します。
①歯の汚染物を除去する
口腔は、細菌が繁殖するのに最適な環境が整っています。細菌は固いところに付着して寄り添いあって増殖し、バリア(バイオフィルム)を張って身を守る特徴があります。台所や浴室、岩場などに存在するぬめりの正体は、多くの場合このバイオフィルムです。口腔内であれば、歯垢や舌苔がこれに該当します。
バイオフィルムは粘着性が高いため、含嗽のみの口腔ケアでは決して除去できず、洗口剤や唾液の抗菌成分もバイオフィルムのバリアを通過できません。バイオフィルムの除去には機械的清掃、つまりブラッシング以外に有効な方法はありません。
ブラッシングは、バイオフィルムを破壊する行為といえます。ブラッシングによってバイオフィルムが破壊されると、バイオフィルム内の細菌が口腔に飛散することから、ブラッシング直後の口腔はブラッシング前と比較して、細菌数がはるかに多い状態となります。
この細菌を除去する行為が含嗽です。含嗽が不十分だと口腔に細菌が多量に残存し、残存した細菌が再度バイオフィルムを形成する悪循環に陥ります。ブラッシング後の含嗽は十分に行うことが重要です(図1)。
図1 細菌の飛散と除去
②粘膜の汚染物を除去する
口腔粘膜の一部には、咀嚼や嚥下によって生じる食物との摩擦で古くなった旧上皮が剥がされて、食物とともに飲み込まれることで新陳代謝が完了するサイクルがあります。この仕組みが果たされないとき、堆積した旧上皮はそのまま汚染物へと変化します。
経口摂取していない患者さんの口腔が、経口摂取している患者さんと比べて汚染しやすい状態となるのはこのためで、特に舌と上顎(硬口蓋)の粘膜にその傾向が顕著です。
口腔は感覚が鋭敏な器官です。テレビを見ていたり考えごとをしながらでも、咀嚼が完了したら嚥下が生じますが、口腔の感覚神経が「咀嚼が完了しましたよ、飲み込んで大丈夫ですよ」と教えてくれるからこそ成り立つ仕組みです。
汚染物が粘膜を被膜した状態の口腔では、こうした感覚神経への情報入力が阻害され、食塊が形成される前に嚥下して誤嚥してしまったり、いつまでも嚥下が生じないということが起こる可能性があります。おいしさも感じにくくなるため、食思不振から栄養状態不良に繋がることもあるでしょう。
口腔ケアを行う場合、舌や上顎の粘膜の汚染は粘膜ブラシなどでしっかり除去することを心掛けます。これらの箇所に汚染が目立つ場合には、食事前にも口腔ケアを実施するとよいでしょう。
③潤った状態を保つ(できれば唾液で)
口腔にとって、乾燥は大敵です。乾燥によって唾液のもつ自浄作用が失われると、口腔細菌の増殖、歯周病の増悪、舌苔やう蝕(虫歯)の増加、口臭の悪化などが懸念されます。
食物は咀嚼によって唾液と混和されて食塊として形成されることから、口腔乾燥状態では食塊が形成されにくく、誤嚥の原因にもなります。また、味は味成分が水分(唾液)に溶けた状態ではじめて味蕾で感知されるため、口腔乾燥は食事のおいしさにも影響します。
特に高齢者は、加齢により唾液分泌量が減少するため、口腔乾燥による諸症状が出現しやすい特徴があります。経口摂取していない患者さんも、口腔への刺激によって分泌される唾液(刺激時唾液)の量が著しく減少するため、口腔が乾燥しやすい状態です。
臥床では開口状態に誘導されやすく、ベッド臥床傾向の患者さんの口腔も乾燥に注意が必要です。口腔汚染の状態でも唾液分泌は阻害されます。
口腔乾燥の症状を未然に防ぐために、口腔はできるだけ唾液で潤った状態を保つようケアをする必要があります。唾液分泌が少ない患者さんの場合、唾液の蒸散防止を図るためにマスクを使用する、口腔粘膜への加湿をこまめに行う、口腔湿潤用ジェルなどの保湿剤を適切に使用する、室内の乾燥を避けることなどが大切です。
口腔ケアの手順
必要物品の例
・コップ
・ベースン
・防水エプロン(防水シーツ)
・洗口剤
・歯磨剤
・口腔湿潤用ジェル
・綿棒
・歯ブラシ、舌ブラシ、スポンジブラシ
・ソフトガーゼ
・舌圧子
・開口器、バイトブロック(開口困難な場合)
口腔ケアの手順
①姿勢を整える
口腔ケアによる刺激を受けると、唾液腺から多くの唾液が分泌されます。分泌された唾液を誤嚥することがないよう、唾液のこまめな拭き取りや吸引、姿勢などに配慮します。
口腔ケア時の姿勢は、唾液や汚染物質の咽頭への不意な垂れ込みを防ぐため、頸部前屈位での座位が望ましいでしょう。ベッド上臥位で実施する場合には、できれば30度程度は頭部挙上のうえ、頭を左右どちらかに向けて、下側にした頬部に唾液が溜まりやすくなるよう工夫します。
頭部挙上をせず臥位で実施する際にも、頸部後屈は誤嚥を誘発するため、避けることが大切です。麻痺などで口腔の感覚に左右差がある場合は、麻痺がない、あるいは症状が軽い側を下にするとよいでしょう。
②口腔を加湿する
口腔ケアに介助を要する状態にある患者さんは、多かれ少なかれ口腔乾燥を併せもっています。
乾燥した状態の口腔に対してブラッシングや粘膜ケアを実施すると、粘膜を傷つけて出血を招いたり、痛みの原因にもなってしまいます。口腔ケア前は口腔を十分加湿し、口腔粘膜や粘膜にこびり付いた汚染物質の両方が潤った状態になってから、次のケアに移るようにします。
含嗽が可能な患者さんには、水で含嗽してもらいます。含嗽が難しい患者さんの場合は、水や生理食塩水を口腔に満遍なくスプレーしたり、スポンジブラシを水や生理食塩水に浸しよく絞った後に、口腔粘膜をタッピングするように湿らせるとよいでしょう。
口腔乾燥が強く、上記の加湿方法では乾燥痰などの汚染物質のこびり付きが改善しないときは、加湿後に口腔湿潤剤を塗布し、10分前後静置してから粘膜ブラシで拭い取ります。
③歯をブラッシングする
【ブラッシングの基本】
ブラッシングの基本は「小さく細かく」歯ブラシを動かし、歯垢が溜まりやすい歯肉溝や歯間に毛先を届かせることです(図2)。
図2 歯ブラシの動かし方
上述した通り、ブラッシングはバイオフィルムの破壊が目的です。バイオフィルムの破壊に強い力はいりません。歯ブラシを強く大きく動かし、「ゴシゴシ」と音が出るようなブラッシングでは、本来届かせたい場所に毛先が当たらないまま、歯の表面のみを強く擦っているに過ぎません。また、歯肉を傷つけることにも繋がります。
【歯ブラシの選び方】
歯ブラシは、前歯2本分くらいの幅のものを選びます。合うサイズがない場合は、ブラシを切ったり、抜くなどして調整します。山型カットなどの形状は適否に個人差があるため、フラットなブラシを選ぶのが無難です。
歯ブラシの硬さは「ふつう」を基準にします。歯周病などが原因でブラッシングによる痛みや易出血状態にある患者さんには、やわらかめのブラシを選ぶとよいでしょう。
【歯ブラシの持ち方】
歯ブラシはペングリップ式で持ちます(図3)。ブラッシングに過剰な力が入りにくくなり、歯ブラシの細かい操作が容易になります。
図3 歯ブラシの持ち方
【歯ブラシの当て方】
歯肉溝の隙間に存在する歯垢を除去する際は、歯肉溝に対して45度程度の角度で歯ブラシを当て、細かく微振動させて磨きます。この磨き方を「バス法」といいます(図4)。
図4 バス法
歯の表面や歯間部を磨く場合は、歯の側面に対して垂直にブラシを当てて、細かく歯ブラシを動かす「スクラビング法」と呼ばれる方法で磨きます(図5)。それぞれの磨き方で1カ所(歯2本分)につき10〜15回程度ブラッシングした後、隣の歯に移ります。
図5 スクラビング法
歯の裏側や歯列がカーブしている部分は、歯ブラシを横に当てても毛先が歯肉溝や歯間部に届きにくいため、歯ブラシを縦に使います(図6)。歯列の噛み合わせ面も、細かい動きでしっかりブラッシングします(図7)。
図6 前歯裏側のブラッシング方法
図7 臼歯(奥歯)のブラッシング方法
【ブラッシングの順番】
順番を決めずにブラッシングを行うと、磨き残しが生じてしまいがちです。「一筆書き法」のように、あらかじめブラッシングの順番を決めておき、磨き残しのないように工夫します(図8)。
図8 ブラッシングの順番の例(一筆書き法の場合)
【歯磨剤の使用】
市販の歯磨剤の多くには発泡剤が含まれており、爽快感を得ることができます。しかし、発泡剤による爽快感は、口腔の汚れが落ちていなくても手軽に得られてしまうことが問題です。多量に使用した場合、十分に排出できないと口腔乾燥を助長するなどの悪影響もあります。
歯磨剤を使用する場合は、まず歯磨剤をつけずにブラッシングして、汚れが落ちたことによる爽快感を味わってもらった後に、仕上げ磨きとして少量(歯ブラシの1/4程度)の歯磨剤を使用したブラッシングを行うほうが、よりよい方法であると考えます。
④粘膜ケアを行う
食物と口腔粘膜との摩擦が生じにくい患者さん、すなわち経口摂取をしていない患者さんに対して、粘膜ケアは必須です。スポンジブラシや、粘膜ケア専用の口腔ケアグッズを用いるとよいでしょう(図9)。
図9 粘膜ケア専用の口腔ケアグッズ
通常、食物との摩擦で口腔粘膜の旧上皮は十分こそげ落ちることから、粘膜ケアに強い力はいりません。強い力で擦ると粘膜を傷つけてしまう可能性があるため、軽く擦る程度のケアを数回繰り返すようにします。特に、上顎(硬口蓋)に乾燥した痰などの汚染物質がこびりついていることが多く、よく観察したうえでケアにあたります。
⑤汚染物を回収する
汚染物とは、食物残渣、口腔粘膜から剥離された痰などの物質、ブラッシングによって破壊されたバイオフィルムから飛散した細菌などを指します。
汚染物を回収するのに最も有効性の高い方法は含嗽です。一口量の水を口に含み、水を上下左右に移動させながら丁寧に行います。一度の含嗽では口腔から細菌を十分に排出させることはできないため、最低でも5~6回は行うようにします。
口唇や頬の麻痺、意識レベルの低下などにより、効果的な含嗽が行えない患者さんに対しては、他の方法で汚染物を回収します。
吸引チューブ付きブラシで吸引しながら口腔ケアを実施すると、ブラッシングによって破壊されたバイオフィルムから飛散した細菌を回収しながらケアを進められ、一石二鳥です。吸引チューブ付きブラシは市販のものもありますが、簡単に手作りできます(図10)。
また、口腔ケア用のウェットガーゼで、口腔内を丁寧に拭き取ることでも効果が得られます。
図10 吸引チューブ付きブラシの作り方
⑥口腔を保湿する
口腔ケアによって分泌された刺激時唾液の効能を最大限活かし、乾燥による分泌物のこびり付きを予防するために、最後は保湿で締めくくります。保湿には、市販の口腔湿潤用ジェルやスプレーを使用します。口腔湿潤用ジェルは、薄く伸ばして使用すると効果的です。
口腔内に白色ワセリンを使用しているケースを見かけますが、口腔粘膜に油分を塗布しても保湿効果は限定的です。また、ワセリンは伸びが悪いため、口腔粘膜に付着するとベタつき感が強く、心地のよいものではありません。使用は口唇や口角までとして、口腔内への塗布は避けるのが無難です。
長期臥床による開口傾向や挿管中で閉口困難なケースでは、口腔からの水分の蒸散を予防する目的で、マスクを着用するのもよいでしょう。
唾液腺マッサージ
唾液を産生する唾液腺には、主に耳下腺・顎下腺・舌下腺の3つがあります(図11)。
図11 耳下腺の場所
口腔乾燥の改善を目的として唾液分泌を促すには、耳下腺をマッサージするとよいでしょう。耳下腺から分泌される唾液はサラサラの漿液性で、口腔を潤すのに適しています。耳下腺の唾液腺マッサージの方法を紹介します(図12)。
図12 耳下腺マッサージの方法
口腔ケア時の観察項目、アセスメント
口腔ケア時の観察項目やアセスメントは、各々の主観に任せると、知識や意識による個人差が生じやすくなります。
口腔の状態や現在行なっている口腔ケアの方法の適否について客観性を担保していくためには、OHAT-JやOAGといった口腔評価のスケールを用いて、評価を項目ごとに数値化します。
正しい口腔ケアが実施できていれば、これら評価スケールの採点はよくなっていくはずです。もし、時間をかけて丁寧に口腔ケアを実施しているにもかかわらず、これら評価スケールの点数が改善されないときは、口腔ケアの方法が誤っているか、治療が必要な問題が潜在している可能性があります。
口腔ケアの注意点
口腔ケアの主な注意点は次のとおりです。
①唾液誤嚥を予防する
②口腔を傷つけず、痛みを与えない
③口腔ケア関連グッズを正しく使用する
④歯ブラシを正しく保管する
⑤歯科と連携する(できるだけ)
順に詳しく解説します。
①唾液誤嚥を予防する
口腔ケア中に、細菌や汚染物質が混ざった唾液を誤嚥すると、誤嚥性肺炎の発症リスクが高まります。口腔ケアはそれ自体がリスクの高い行為であることを理解したうえで、正しく安全にケアを行うことが大切です。
②口腔を傷つけず、痛みを与えない
口腔ケアに介助を要する患者さんの多くは、口腔乾燥を併せもっています。特に湿度が低下する冬場には、口腔ケア実施前に口唇や口角がひび割れている場合が多いものです。そうした状態での口腔ケアは、口腔粘膜を傷つけたり、痛みの原因にもなります。
また、上下の口唇と歯肉を繋ぐように縦走する上下の小帯(上唇小帯、下唇小帯)(図13)を、歯ブラシや粘膜ブラシなどで擦ってしまうケースもよくみられますが、これも強い痛みを伴います。
図13 上唇小帯、下唇小帯
痛みを伴う口腔ケアを受けたことで開口を拒むようになり、口腔ケアに難渋するようになった症例を数多く経験しています。これは、ケアする側にとっても患者さんにとっても不幸なことです。正しく愛護的に口腔ケアを実施し、患者さんに快の刺激を提供できるような手技を獲得しましょう。
③口腔ケア関連グッズを正しく使用する
最近は、さまざまな口腔ケア関連グッズが発売されています。正しい使い方ができれば口腔ケアの大きな力になってくれますが、使用する際は、注意点を理解しておくことが重要です。
例えば、口腔湿潤用ジェルは、厚塗りすればより保湿効果が高まるものではありません。口腔内が乾燥すると粘膜にこびりつく汚れのような物質へと変化します。塗布した口腔湿潤用ジェルは、次の口腔ケアの際にすべて除去することが望ましいです。
乾燥したスポンジは粘膜を容易に傷つけるため、スポンジブラシは必ず一度水に浸し、よく絞ってから使用します。また、スポンジブラシは、ヒダが縦か横かによって使用方法が異なります(図14)。
図14 スポンジブラシの使用方法
④歯ブラシを正しく保管する
口腔ケアを実施した後の歯ブラシの保管方法も大切です。次の3点に注意して保管します。
・流水下で指によるこすり洗いを行う
・水気を十分に切る
・ブラシ面を上にして乾燥させる
この3つを守ることで、次の口腔ケアの際にも歯ブラシを衛生的に使用することができます。
歯ブラシをキャップやケースのなかにしまったり、ブラシ面をコップに差し込むような保管方法は、歯ブラシの乾燥を阻害して細菌の増殖を助長します。汚れた歯ブラシでブラッシングすることがないよう、正しく保管します。
⑤歯科と連携する(できるだけ)
口腔ケアを続けていても、口腔の状態がなかなか改善しない場合があります。例えば、毎日舌ブラシをかけても舌苔が少なくならないといった場合、舌苔だと思っていた白っぽい膜が、実は菌糸型のカンジダである可能性が考えられます。
菌糸型で根を張った舌カンジダは、口腔用の抗カンジダ薬を使用しないと除去できません。これは治療にあたり、ケアの範囲外です。
ほかにも、重度の歯周病やう蝕など、口腔には治療が必要な問題が隠れている場合があります。歯科と連携できる環境であれば、一度は歯科を受診することが重要です。
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