日本精神神経学会 第17回記者勉強会|コロナ禍における自殺予防
- 公開日: 2022/4/7
2022年1月28日、日本精神神経学会による第17回記者勉強会がオンラインで開催されました。テーマは「コロナ禍における自殺予防について」です。「自殺とメディア報道」に焦点を当て、札幌医科大学医学部神経精神医学講座の河西千秋先生と、筑波大学医学医療系臨床医学域災害・地域精神医学の太刀川弘和先生による講演が行われました。今回はこの講演についてレポートします。
自殺とメディア報道:基本事項
札幌医科大学医学部神経精神医学講座教授 河西 千秋先生
メディアが自殺に与える影響に関して、著明な事例としては、ゲーテ作の「若きウェルテルの悩み」が若者の群発自殺を引き起こした例にまで遡ることができます。この流行恋愛小説に影響され、多くの欧州の若者が、ウェルテルと同じ装束で同じように拳銃で自殺を図りました。日本でも、近松門左衛門の「心中もの」の影響が歴史的に有名です。
現代では、ウィーンで地下鉄が開通した後に、メディアが地下鉄自殺を報じたことを端緒として地下鉄ホームでの自殺が著明に増加したこと、そして、これを問題として自殺報道に関するメディアガイドラインが策定された後に、同様の自殺が起こる頻度が減少したことが知られており、ガイドライン策定の効果も明らかとなりました。
これらの他にも、アメリカでは、自殺報道が新聞の一面に掲載された後、また、TVニュース報道後の自殺者数が有意に増加したことが報告されており、中国、香港、台湾、そしてオーストリアでも著名人の自殺報道後に自殺の有意な増加が報告されています。日本では、1986年に写真週刊誌が当時の人気アイドル歌手の自殺写真を掲載し、ワイドショー(当時)が繰り返し報道した直後に多くの若者が自殺し、問題となりましたが、その後も過剰な自殺報道が繰り返されてきました。
報道やインターネット情報による群発自殺の発生には、いくつかの要因が考えられます。引き金となるのは、例えば、1)もともと自殺に傾いていたハイリスク者が、視野狭窄に陥った状態で自殺報道に晒された結果、自殺することでしか問題を解決できないと思い込んでしまった、2)同じ境遇に置かれたハイリスク者が、自殺者に対して自己投影をした、3)自殺の方法・手段に関する情報を得て、自殺の実行可能性が高まってしまった、などです。
講演者は、WHOが発表した自殺予防の手引きの一つであり、「メディア関係者向けの手引き」を、WHOの許諾を得て正式日本語版を2度にわたり和訳し普及を図った経験があり、ここで改めて紹介します(表1)。
努めて、社会に向けて自殺に関する啓発・教育を行う |
自殺を、センセーショナルに扱わない。当然の行為のように扱わないあるいは問題可決の一つであるかのように扱わない |
自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない |
自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない |
自殺既遂や未遂の生じた場所について、詳しく情報を伝えない |
見出しのつけかたには慎重を期する |
著名な人の自殺を伝えるときには特に注意をする |
自殺で遺された人に対して、十分な配慮をする |
どこに支援を求めることができるのかということについて、情報を提供する |
メディア関係者自身も、自殺に関する話題から影響を受けることを知る |
一般に報道は自由です。しかし、「このような報道をすれば自殺が増加する蓋然性がある」と明らかにされている以上、その部分については当然、ガイドラインを遵守すべきです。また、最近の著名人の自殺報道の後には一定の配慮が感じられますが、多くの報道が自殺予防に関してパターン化されたような情報提供に留まっているように思われます。自殺予防のために誠実、かつ人間的な報道対応が望まれます。
自殺とメディア報道:コロナ禍の自殺予防の視点から
筑波大学医学医療系臨床医学域災害・地域精神医学教授 太刀川 弘和先生
2020年7月と9月末、それぞれ有名人の自殺が報道されました。月別自殺者数の推移を見ると、報道後のタイミングで自殺者数が増加しています。さらに、2020年の自殺者数は11年ぶりの増加に転じました。
また、2020年月別自殺検索指数を見るとかなり高い相関を示しており、そのことからやはり少なくとも有名人の自殺というのは、世間に何らかの影響を与えていることが示唆されます。
では、なぜ有名人の自殺を報道すると自殺者数が増えるのでしょうか。欧米では、この現象を「自殺の感染(suicide contagion)」と呼んでいます。有名人が自殺をすると、それをメディアが一般の人に伝達し、特に属性が似ている人がそれを模倣して自殺が起きるとされています。
ただし、これは自殺者数が増えているという話とその原因が報道であるという話を、統計学的に行っているだけです。実際、問題なのはメディアの善し悪しではありません。どのようにすれば模倣自殺が防げるか、という観点で有名人の自殺を考える必要があります。
自殺を模倣するリスクが高いのは、自殺リスクが最も高い「危険集団」でも全く健康な「健康集団」でもなく、「ちょっと死にたい」という気持ちを持った「脆弱集団」であるといえます。
この「ちょっと死にたい」という人たちは、自殺傾向が平均よりは上ですが今現在のリスクとして高くはありません。しかし、自殺した有名人と性別、年齢、行動様式が似通っていた場合、自殺の危険性は高まります。
次に、なぜコロナ禍では自殺の感染が生じやすいのかを考えてみます。二つの仮説があります。1つ目は「Infodemic(インフォデミック)による情報バイアス」です。コロナ禍ではデマや噂、差別など不確かな情報がインターネット上に大量に出回っており、これらの情報に触れることで悲嘆し自殺念慮が広まったのではないかと考えられています。
2つ目は、「Social distanceによる認知バイアス」です。感染対策として人と直接会うといった目に見えるつながりが制限されると、社会とのつながりの中でしか人は情報を入手できなくなります。その情報が強い影響を与え、有名人の自殺についても従来より強くその人に影響し、しかもそれを修正することにバイアスがかかってしまったのかもしれません。
自殺は、コロナ禍で生じた情報のさまざまな問題と同列であり情報疫学の問題です。したがって自殺をどう予防するかは、コロナ禍で情報が有害にならないように考えていくということであり、1つの広いテーマとして扱うことが大切です。
なぜ人は自殺を模倣するのでしょう。それは、そもそも人間は模倣する動物だからです。人は他者の行動を自由意思で観察・模倣することによって学習します。自殺の感染は、有名人の自殺報道をロールモデルとして、自殺方法を模倣する社会的学習の結果であるといえます。
そこで、いかに真似されないかという観点で議論することができます。つまり、真似することで自殺が増えるのであれば、逆に正しい情報を与えれば自殺が予防できるということがわかっています。
これは「パパゲーノ効果」と呼ばれるものです。特に、厳しい環境で自殺念慮がある個人がその危機を乗り越えたという報道に自殺予防効果があります。メディアが自殺予防効果を高めたエビデンスも増え、メディアを用いた自殺リスク者への無作為化比較試験が精力的に行われています。
自殺の感染は、自殺が社会的学習による事象であることを示しています。コロナ禍では、正しい情報をいかに学習してもらうかが重要です。コロナ禍の自殺をただ指摘するだけではなく、苦しい環境でも努力する人たちをもっと報じて、自殺に傾く人たちに前向きな社会的学習を促すように、学会とメディアが協同で活動していく必要があります。