バイオミメティクス(生物模倣)技術を活用した医療機器の開発【PR】
- 公開日: 2024/8/19
2024年5月25日~ 26日に、海峡メッセ下関(山口県下関市)で、第33回日本創傷・オストミー・失禁管理学会学術集会が開催されました。25日に行われたスイーツセミナーでは、蚊の針を模倣した注射針や超高精密3次元光造形装置(3Dプリンター)を用いた微細加工の研究・開発に取り組まれている鈴木昌人先生が、医療機器の開発において注目を集める「バイオミメティクス」について解説しました。
(共催:第33回日本創傷・オストミー・失禁管理学会学術集会/株式会社ケープ)
今、ホットな学問として注目を集めるバイオミメティクスとは
バイオミメティクスは、日本語では「生物模倣」と訳され、生物のもつ優れた形状や機能をまねて、何らかの工業的な技術を開発する学問を指します。
この「生物に学ぶ」という概念自体は昔からありましたが、最近、バイオミメティクスという言葉がホットになってきています。そして、観察する技術や加工する技術が発展してきて、この生物がこういう原理でこういう動きをしていたのだとわかるようになってきました。その結果、生物の仕組みを模倣した、新しい技術を開発することができるようになってきました。技術が追いついてきたことで、バイオミメティクスのブームがやってきたのです。
では、なぜ生物の形や機能を模倣するのでしょうか。新しい製品を開発する時、ゼロからアイデアを出すのは難しいものです。そこで、自分が実現したいことによく似たことができる生物を見つけ、その生物がなぜその機能をもっているのかを考えるところからスタートします。これにより、ゼロから考えるよりも研究期間を大幅に短縮できるというメリットがあります。生物の進化と適応は、材料、形状、機構を設計する際の指針となっており、まさにアイデアの宝庫といえるでしょう。
ヨーグルトの蓋や新幹線にも 身近なものに活かされたバイオミメティクス
電子顕微鏡やナノテクノロジーなどの技術の進歩に伴い、生物の細かい形やより複雑な構造を模倣することができるようになってきました。
非常に有名な事例として、蓮の葉のバイオミメティクスが挙げられます。蓮の葉は水を強く弾きますが、これは物理的な反応によるものです。蓮の葉の表面は細かな凹凸状になっているのが特徴で、それぞれの突起の表面には、さらに細かな凹凸が存在しています(図1)。この微細な凹凸構造により、水は表面張力で丸まり、水滴となって弾かれます(ロータス効果)。身近な例として、この仕組みを応用したものにヨーグルトの蓋があります。蓮の葉に近い構造に微細加工した人工撥水表面が用いられています。
図1 蓮の葉の構造
新幹線もバイオミメティクスがふんだんに盛り込まれていることで有名です。新幹線は空気抵抗を減らすことが特に重要とされています。カワセミが水しぶきを立てずに川の中に入っていく様子やフクロウが羽音を立てずに飛ぶところからヒントを得て、カワセミのくちばしの形を新幹線の先頭の形状に応用したり、フクロウの羽の仕組みをパンタグラフに取り入れることで、空気抵抗を減らす工夫がされています(図2)。
図2 新幹線に応用されたバイオミメティクス
蚊に刺されても痛くないワケと蚊を模倣した「痛くない注射針」の開発
痛くない注射針の開発は、糖尿病患者さんの「血糖自己測定で毎日針を刺しているととても痛いので、何とか痛くない針を開発してほしい」という一言から始まりました。血糖自己測定では、針を勢いよく穿刺するため強い衝撃が加わり、強い痛みにつながります。穿刺を繰り返すことで皮膚が硬化し、穿刺する場所が少なくなっていき、皮膚感覚にも影響します。
穿刺による痛みをなくす方法を考える際に着目したのが、蚊の無痛穿刺でした。蚊の針は上唇、小顎(2本)、大顎(2本)、咽頭管、そして針を保護する鞘状の下唇を含めた7つのパーツで構成されています(図3)。
図3 蚊の針の構造
蚊の穿刺動作は、はじめに針全体を錐もみのようにネジネジと往復回転させて、皮膚の硬い角質層に穴を開けます。鞘の中の針を少しずつ出していき、2本の小顎を1つずつ交互に振動させながら針全体をゆっくりと前進させます。針全体の回転と複数の針の交互振動により、蚊は皮膚を凹ませることなく穿刺できるうえ、穿刺の圧力が血管に伝わらず、痛みを感じさせない刺し方を実現しているものと思われます。
蚊と同じ機構を人工的に作製できれば、医療への応用もできるのではないかと考え、実際に、蚊の針を模倣した痛みの少ない採血針を開発・製品化しています。
3Dプリンターで実現 フナムシを模倣した「ポンプ不要の採血チップ」
私たちは、光を使って非常に精密で細かい構造を作ることができる3Dプリンターを使用して、蚊の針を模倣した痛くない注射針の開発を行っています。この3Dプリンターは、髪の毛よりも細いエッフェル塔の模型を作製できるほどの精度をもっています。これにより、1本の太さが約0.1mm(100μm)ほどの針を作製し、さらにその先端に約2μmのトゲを作ることに成功しました。
また、2本の針を交互振動させて、穿刺時の痛みを抑える蚊の動きを再現するため、パイプを縦方向に切断したような針を2本組み合わせ、それぞれが個別に動くようにした半割状微細針も作製しています。この針には隙間があり、ポンプで吸い上げると隙間から空気が入ってしまうことがあるため、毛管力*による吸引と毛管力を向上させる機構を内壁に付与することを考えました。そこで模倣したのがフナムシです。
フナムシは陸上生物であるにもかかわらず、エラ呼吸で水から酸素を取り込んでいるため、常に体の表面を濡らしておかなければなりません。そのため、フナムシの脚の一部には、線状のトゲがたくさん並んでいる微細構造があります(図4)。このトゲトゲのラインに沿って水が吸い上がり、各構造間に毛管力が発生し、吸い広げます。
*細い管や狭い隙間が液体を吸い込む力
図4 フナムシの脚に存在する微細構造
この仕組みから着想を得て、3Dプリンターを用いて、針の内側にフナムシの脚に似せた微細構造を形成しました。さらに、針の根元に水を吸い溜めるタンクのようなチップを作り、その内側にも同様の微細構造を形成しました。これにより、注射器やポンプを使わなくても、血管に針を刺すだけで血液が採れるようにしました。こうした研究成果を活かした微小針を製品化し、医療従事者の皆さんにお届けすべく、現在も開発を進めています。
最近も、バイオミメティクス技術を取り入れた商品として、クモの巣の構造を応用したマットレスが製品化されました(図5)。この機会に、ぜひバイオミメティクスに興味をもっていただけるとうれしく思います。
図5 バイオミメティクス技術を活用したマットレス