CASE20 死を目前とした利用者さんと家族をサポートしたケース<最終回>
- 公開日: 2017/11/8
困難事例20 主治医の治療方針(自宅での看取り)を本当に理解しているのか
癒着性腹膜炎でイレウスを繰り返し、自宅療養を始めてかれこれ5年になる88歳男性のAさん。
訪問開始当初は口から少しづつ食べることができていたが、イレウスを繰り返すうちに食べることができなくなり、2年前からは高カロリー輸液のみでの寝たきりの生活になっていた。
これまでAさんがイレウスを起こすと、そのたびに救急搬送し、病院にてイレウス管を入れ対処していた。しかしAさんがかなり衰弱してきていることから、次回のイレウス発症時には病院搬送はぜず、自宅で対症療法を行うとの治療方針が、主治医により決定された。
それはつまり、自宅における看取りを意味していることから、本当に家族や利用者本人が、主治医の方針を理解し十分納得しているか、確認しておくべきではと考えカンファレンスを開くこととなった。
カンファレンスの目的
Aさん本人と家族は、主治医の出した方針を理解しているか、納得しているかを確認しておきたいと考えた。
かな:主治医からは、体力的に開腹手術は困難であり、病院に行っても鼻から管を入れて経過を見守るしかできない。それならば自宅で同じように胃管を入れて対応することもできるが、どうしたいか? と娘さんに説明があったようです。
でも、それがつまり、自宅で看取ることを意味している・・・ということを把握しての同意なのかが心配で、再確認したほうがよいと考えました。
りん:今の時点で病院に行けば、少なくともレントゲンやCT等の諸検査で、どこがどれくらい詰まっており、どこまでイレウス管を入れればよいのかなどは、わかりますよね。でも結局、できることは先生の言う通り、自宅でも病院でも大して変わりはないですよね。
かな:はい。そうなんです。先生も何度もAさんに確認はしてくれていました。「お家にいたいんですよね? 病院に行きたいなら紹介状は書きますが、病院に行っても管を入れて様子を見るしかできないのです」と。
ただ、「もう治療法はないので家でやれることをやりましょう」という意味で話をされているということを理解されているのかどうかが不安です。
りん:たしかに、訪問したとき、Aさんから「この管を入れるのはつらいけれど、早く良くなるためには仕方ないよね」という言葉を聞きました。このとき「これで良くなると信じてるのかな?」「病状の把握にズレがあるのかな?」と感じました。
ほのか:娘さんに、看取りのつもりで先生が話をされていることを理解されているのか確認してみてはどうでしょうか? そこにズレが生じていると、いよいよ最後のときとなった時点で、意思決定ができず、大変な問題になってしまいます。
りん:そうですね。もし認識にズレがあった場合、「胃管を入れたら良くなると思っていたのに、全然良くならない。こんなことならもっと早くに病院に行ってできる限りの治療をしてもらっておけばよかった」という気持ちにならないとも限りません。まずは娘さんに、どのように理解しているかを確認してみましょう。
かな:はい。訪問時には、そばにAさんもいらして聞けないので、電話で確認してみます。
こうして娘さんに、主治医からの話をどのように受け止めているかを電話で再確認することになった。すると想像以上に、娘さんはしっかり冷静に、主治医の判断を受け止めていることが判明した。
かな:娘さんにお聞きしたところ、このような言葉が返ってきました。
「前回、病院を退院した時点から、もう自宅で看取る覚悟はできています。父自身は、もしかすると、治療方法があるなら、また入院して治したいと思っているかもしれませんが、それはもう難しいことは私にはわかっています。ですからもう病院に行かせようとは思っていません」
とても落ち着いて話されていたので、主治医の方針とブレはないのだなと感じました。
さき:そうでしたか。それならば方針についての心配はないですね。ただ、当事者のAさんは理解されてはいないかもしれないのですね。そこはあえて、確認することでもないのかな・・・。
良くなると信じさせてあげたいという娘さんの想いもあるのかもしれませんしね。
その後、Aさんの胃管から出血が始まり、病状はかなり厳しい状況になってきた。
主治医からは娘さんに、あと数日でしょうという説明も行った。
しかしそんな時点で、心配していたことが現実となった。
ある夜中、Aさんが娘さんに対し、「先生を呼んでくれ・・・死んでもいいから病院に行って手術をしてくださいって言ってくれ・・・」と、途切れ途切れに訴えたのである。
かな:私、その話を娘さんから聞かされたとき、胸が苦しくなりました。やっぱりAさん、最後は病院に行きたかったんだな、と。
私が娘さんだったら、なんて答えるかなと言葉を失っていた矢先、娘さんから、こんなことを言われたんです。
「朦朧とする父に、今から病院に行ったところで治療法はないんだよなんて、説明してもわからないじゃないですか。だから『わかったよ。今夜はもう遅いから明日になったら先生を呼んであげるから安心して寝ていいよ』って声をかけたんです。そうしたら、寝てくれました」と。
それを聞いたとき、ああ、なんだか、家族ってすごいなあ、と心から思いました。
さき:長年介護されてきたからこそ、愛情をもってつける嘘なのでしょうね。
かな:はい。主治医にも報告したところ、状況をよく理解してくださっている娘さんでよかったと言われていました。土壇場になって助けて下さい! と、パニックになってしまう家族は多いようですから。
りん:ご自宅で亡くなるということは、いろいろな意味で覚悟が必要ですよね。もちろん人間ですから、ギリギリになって本人もご家族も気持ちが動揺するのは当たり前だと思います。
ただ、そこでどれだけ精神的なサポートをしていけるかが、私たちの大切な役割だと思います。
かな:そうですね・・・。私は物事を正直に受け取ってしまうほうなので、真正面からしか向き合えないところがあって・・・。
今回の娘さんの対応は、すごく胸に沁みました。最後のときをいかに安心して過ごさせてあげられるか、ということをご家族に改めて教えていただいたように感じています。
それから数日後、Aさんは静かに息を引き取られた。最後の言葉は「あ・・・が・・・と・・・」だったそうである。
今回で、よつばの公開カンファレンスは最終回となりますが、これからも事例検討をしながら、訪問看護と真摯に向き合って行きたいと思っています。長い間ご愛読して頂き本当にありがとうございました。<川上加奈子>
ステーション「よつば」スタッフプロフィール
りん(所長)
訪問8年目(看護歴32年救急他)在宅ケアでの創意工夫の才能はピカイチ。勉強家で人情が厚く面倒見がよい。スーパーポジティブ思考の持ち主。
さき
訪問6年目(看護歴28年オペ室他)
神社仏閣巡りが趣味の歴女。またDIYも得意。面白き事もなき世をおもしろくが座右の銘。夢への妄想パワーは半端なし。
たーちん
訪問11年目(看護歴33年):スーパーグランマナースで超自由人。しかし可愛い笑顔で憎めない。利用者さんの為ならエンヤコラ。テニスから茶道までサラリとこなす我がステーションの親分的存在。
ほのか
訪問1年8カ月(看護歴15年小児科他)老若男女に好かれる天性の明るさの持ち主。癒し系キャラ。現在、スポーツクラブのZUMBA(ダンス)にハマっている。
かな(主任)
訪問5年目(看護歴16年。NICU他)思い込んだら一直線。やや天然ボケあり。訪問看護と猫と執筆活動(この原稿含)と音楽活動をこよなく愛している二児の母。
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