「薬剤耐性(AMR)対策の現状と取り組み2018」 ~センターの活動と見えてきた臨床データ~
- 公開日: 2019/1/30
11月は薬剤耐性(以下、AMR)に係る全国的な普及啓発活動を推進するために設定された「AMR対策推進月間」。そこでメディアを通じ、国民の知識や理解を深めるために、10月30日、東京・TKP新宿モノリスカンファレンスセンターにて、国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンターによる、「薬剤耐性(AMR)対策の現状と取り組み2018」と題したメディアセミナーが開かれました。そのセミナーをレポートします。
診療所医師の約半数が、「説明しても納得しなければ抗菌薬を処方」
最初はAMR臨床リファレンスセンター・センター長、大曲貴夫先生による「AMR対策アクションプランの現状と今後の課題」と題した講演です。
大曲先生はまずAMR臨床リファレンスセンターについて、「厚生労働省の委託事業としてAMR対策を推進するために、AMR対策アクションプランに基づき、薬剤疫学事業、臨床疫学事業、情報・教育支援事業の3つの事業を昨年度から活動を開始しました」と、事業内容を紹介しました。
次に全国の診療所医師を対象とした、抗菌薬適正使用に関するアンケート調査の結果について報告しました。中でも「感冒と診断した患者や家族が、抗菌薬処方を希望したときの対応」についての質問では、診療所医師の50.4%が「説明しても納得しなければ処方する」と回答したグラフ(図1)を示し、大曲先生は「決して好ましい状況ではありませんが、こうした状況があることがわかったことが大きいのではないか」と述べました。
図1 感冒と診断した患者や家族が抗菌薬処方を希望した時の対応(n=252) 2018年2月調査
さらに「アクションプランがつくられる過程で、日本の抗菌薬の使用のどこに問題があるかを見ていったときに、抗菌薬の大半は外来で処方されており、外来診療における抗菌薬の適正使用に大きな問題があることがわかってきた」として、そのためにも一般の人々の教育啓発だけではなく、医療者の教育啓発に必要なさまざまな資材の作成や、患者さんに対応するときのトレーニングのプログラムを開発し、セミナーを展開していることを紹介しました。
また、感染症診療や感染対策の指標となるデータを集め、わかりやすく提示するようなサーベイランスのプラットフォーム(J-SIPHE)をつくる作業を現在同センターで進めており、年度内に稼働を開始させたいと述べました。これが稼働すれば、地域連携や都道府県でデータを共有したり、日本のベンチマークとしての統計を示すことができるようになるということです。
2018年4月の診療報酬改定では、感染予防対策地域連携加算を算定している保険医療機関がAST(抗菌薬適正使用支援チーム)を組織し、適切な要件を満たせば加算がつけられるようになりました。これらについても大曲先生は、「ICTはすでに加算がついていますが、診療の中身に加算がつけられたことは、画期的なことではないか」と評価します。
さらに外来での評価として、「小児抗菌薬適正使用支援加算」が認められ、診断の結果、抗菌薬は必要ないと判断した場合に「『この抗生物質はいらないですよ』と患者さんに説明する行為そのものに加算がついたことは、外来の診療そのものを変えていくという点で、非常に大きな意味があったのではないかと思う」と述べました。
最後に、「当センターの2年間の活動を通じて、思っていることを伝えたい」として、「国民・医療者への正確な知識と意識の変容のため、さまざまなチャネルを用い、時間をかけて活動することが重要」など、6つの今後の課題を挙げました(表1)。
6つの今後の課題
- 国民・医療者への正確な知識の普及と意識変容のため、さまざまなチャネルを用い、時間をかけて活動を継続
- サーベイランス対象を外来・地域へと広げ結果を活用
- 地域を含めたさまざまな医療の場における感染防止対策の推進
- 抗菌薬適正使用の推進のための社会的枠組みの構築
- 研究開発を推進するためのインセンティブの具体化
- 海外からの耐性菌持ち込みの抑制と海外の支援による耐性菌の抑制
抗菌薬使用量の現状について
次は同センター・薬剤疫学室室長の日馬由貴先生が「抗菌薬使用量の現状」について講演しました。
まず「薬剤疫学」とは、「日本でどう薬が使われているのかを研究すること」と説明し、抗菌薬使用量と薬剤耐性率には正の相関があることを示すグラフを提示。「抗菌薬を使えば使うほど、耐性菌が増える」と説明しました。
次に、どういうことが原因で薬剤耐性が起きるかを説明しました。環境や人の中には抗菌薬が効く感受性菌と、もともと耐性菌が一部まざって存在していますが、抗菌薬が使われると感受性菌がいなくなり、耐性菌が残って増えてしまいます。これによりもともと感受性菌がほとんどを占めていたところが、耐性菌に入れ替わってしまうという現象が起こります。これが抗菌薬による「選択圧」といわれるもので、「耐性菌が増えるメカニズムの一部ではありますが、本質的な部分でもあります」と日馬先生は話しました。
2016年4月にAMR対策アクションプランが発表されました。その中に「ヒトに関して」の成果指標があり、中でも日本でよく使われている「経口セファロスポリン系薬、フルオロキノロン系薬、マクロライド系薬は、人口1000人あたりの1日使用量を2013年の水準から50%削減する」となっています。
これらを評価するために用いる抗菌薬使用量の推計の仕方や、海外における抗菌薬使用量の集計方法、DDD(標準化使用量)、DID(人口補正標準化使用量)などについて説明しました。
また、全国・都道府県別サーベイランスの2013年から2017年の販売量サーベイランスをグラフで示し、「2017年は2013年と比較して7.3%減少したので、アクションプランの影響があったのではないか」と感想を述べました。
そして、レセプト情報をうまく利用すると病名などの患者情報が利用可能であることや、抗菌薬使用量集計ソフトが開発中であることなどを紹介して終わりました。
臨床疫学室の取り組み
次は疫学教室の取り組みについて、3人の主任研究員による簡単な紹介がありました。
最初は田島太一主任研究員から、J-SIPHE(感染対策連携共通プラットフォーム)についての紹介です。AMR対策として、地域連携を活用した支援となるシステムを構築していること、J-SIPHEの画面の説明、全国からデータを集計しており、自施設だけでなく作成したグループの中でそのグループのデータをダウンロードできることなどを説明しました。
2番目は鈴木久美子主任研究員から、高齢者施設サーベイランスについての紹介です。主な介護保険施設として、介護老人保健施設、介護老人福祉施設、介護医療院を挙げ、「このような施設では介護認定を受けた高齢者が集団で生活を送り、感染症が発症すると広がりやすい環境です。しかし、薬剤耐性菌の現状は不明」として、「高齢者施設における現状把握と薬剤耐性菌関連指標・対策につながるサーベイランスの評価を行っていきたい」と述べました。
3番目は松永展明主任研究員から、ワンヘルスアプローチについての紹介です。「AMR対策は、ヒト分野だけでは十分ではありません」として、畜産、水産、農業においても抗菌薬が使用されており、薬剤耐性菌がみられることを述べました。ヒト・動物・環境のAMR情報をまとめた「薬剤耐性AMRワンヘルス動向調査報告書」を“見える化”したWebサイトについて説明しました。
最後に情報・教育支援室の具 芳明室長から、「市民の意識調査からみえること」と題した講演が行われました。
まず同センターの情報・教育支援部門について説明した後、「市民にどの程度抗菌薬の知識が行き渡っているかを知るために、定期的に調査をしている」として、「抗菌薬意識調査2018」を紹介しました。その中で「抗菌薬・抗生物質はどのような病気に有用か知っていますか?」という質問に対し、「抗菌薬が効かないかぜとインフルエンザがトップに来ている」というグラフ(図2)を示し、「医療従事者には、市民との知識ギャップをこれまで以上に意識することが求められる」と結びました。
図2 抗菌薬・抗生物質はどのような病気に有用か知っていますか?(n=679、複数回答)