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【連載】事例で考える! がんの緩和ケア

家族ケア|症状別がんの緩和ケア

  • 公開日: 2019/12/10

Ⅰ.はじめに

 がんの緩和ケア期における家族ケアは、患者さんの死後の家族の状態にも影響を与える可能性があるため、患者さんの様子だけでなく同時に並行して家族へのケアも重要になります。

 患者さんの存命中からの家族への介入(喪失への介入)が、患者さんを喪った後の家族の悲嘆を軽減する可能性は大いに考えられます。

Ⅱ.患者さんの概要

A氏:41歳 子宮がん、腹膜播種

 緩和ケア病棟に入院中。夫と2人の息子の4人家族。キーパーソンの夫はレストランを営んでおり、長男は夫のレストランを手伝っていました。次男はやや関係性が良好でなく、面会にもあまり来ていない状況でした。A氏の経過上悪液質のため食欲が低下しており、病院で提供される食事を残すことも多くなっていました。A氏は夫の作る食事が大好きでした。そのため、夫はレストランの営業前と営業後に毎日面会に訪れ、ときには食材を持ち込み病棟でA氏のために料理を作ったりしていました。夫婦仲は非常に良好であり、その分A氏の看取りが近づくにつれて夫の悲嘆も強くなっていくことが予測できました。

Ⅲ.アセスメントとケアの計画・実施

Point①食欲不振からくる食事量の低下に対し、夫の作る食事を取り入れた

 A氏は食欲がなく、なかなか病院食に手を付けられずにいました。プリンやヨーグルトであれば何とか食べられる状況のなか、毎日夫が持ち込んだり調理してくれたりする食事であれば口に運ぶことができました。当初、スタッフは頑張ってくれている夫を気遣い、無理に食べているのではないかと考えていました。しかし、夫の料理を食べるときに見せるA氏の笑顔を考えると、A氏の夫を大切に想う気持ちが「食べたい」という気持ちを引き起こしている可能性に気づきました。

 そこで、スタッフは夫に対してA氏の状況を伝えるようにしました。夫はA氏が固形物の摂取が難しくなった際はスープを持ち込むなど、少しでも食べられるような食事を用意するようになりました。A氏は夫の不在時にも「夫が作った料理が食べたい」と話すことがあったため、その際は預かっている夫の持ち込み食を提供し、夫には摂取量などを伝えるようにしていました。

Point②スタッフの意思統一を図り、夫がA氏の状態を受け入れられるように支えた

 夫は多忙ながらレストランの営業前と営業後に毎日面会に訪れていました。A氏の体調を考慮しながら近隣のショッピングモールに外出することがあり、洋服を購入した際は「買ってもらったの」とA氏の嬉しそうな声を聞くこともありました。しかしながら、病状の進行とともにA氏はこれまでできていたことができなくなっていくことが予想され、外出も難しくなっていく可能性がありました。

 スタッフは、徐々にADLが低下するA氏の状態をキーパーソンである夫が受容できるように介入する必要があります。そこで医師・看護師・介護士は一つのチームとして情報共有と意思統一を図り、多忙ななか懸命に動いている夫がA氏の状態をできるだけスムーズに受容できるよう、その都度説明を行うようにしました。夫はA氏の状況を十分に理解しており、スタッフはそれでも毎日面会を続ける夫の努力を否定することのないような介入に努めました。

Point③身だしなみを整えることで「夫の前ではきれいでいたい」というA氏の思いを大切にした

 毎朝の洗顔や口腔ケアもままならなくなるほど病状が悪化するなかで、A氏の意識レベルは何とか保たれていました。現在のA氏の状態では、「夫の前ではきれいな自分でいたい」という思いが達成されていないと考えられました。そのため、スタッフは毎朝A氏の顔をていねいに清拭し、化粧水を使って保湿を行うようにしました。口腔ケアや眉を整えるなどのケアも行い、女性としての尊厳が保たれるように努めました。

Point④夫への働きかけを通してA氏と次男との関係修復を図った

 入院中、長男はときどき面会に来ていたものの、次男が顔を見せないことがスタッフにとって気がかりの一つでした。夫とスタッフの間には毎日のやり取りを通して信頼関係も築けていると考えられたため、次男について率直に話を聞くことにしました。

 その結果、A氏と次男との関係が悪化したきっかけは、A氏が次男の留学に反対したためであることがわかりました。A氏に残された時間が限られている今、家族が後悔しないためにはA氏と次男の関係修復を図る必要があります。そこで、スタッフは夫に対してこの思いを真摯に伝えることにしました。これを受け、夫は次男にA氏の状態について話をしてくれることになりました。後日、夫の尽力によって次男の面会が叶いました。A氏は少し照れながらも次男に「久しぶり」と話しかけ、次男も「そうだね」と答える姿を見ることができました。

 A氏の最期には家族全員が揃い、みんなから「ありがとう」という言葉をかけられながらA氏は息を引き取りました。

Point⑤エンゼルケアを通して家族の悲嘆の軽減に努めた

 A氏が亡くなられたあと、シャワー浴で身体の垢や頭皮の汚れをきれいに洗い流し、夫と一緒に選んだ洋服に着替えました。更衣を済ませたA氏をご家族のもとへお連れすると、その姿を見た夫は「眠ってるみたいですね」と涙を流しながら口にしました。A氏が着替えた洋服は、生前夫から買ってもらったにもかかわらず袖を通すことがなかったものでした。スタッフは「このお洋服、旦那さんに買ってもらったって言って、本当に喜ばれていたんですよ。」と伝え、お帰りまでの時間を家族でゆっくり過ごせるように退室しました。

 お帰りの際には夫からスタッフに対して「最後にあんなにきれいにしてもらって、ありがとうございました。」という言葉がありました。夫の中で、A氏を見送ることへの喪失や悲嘆が軽減されたと考えられました。

Ⅳ.ケア実践後の評価・アセスメント

 患者さんの病状悪化を前に、家族は予期悲嘆を生じることが多くあります。予期悲嘆とは、「家族や親しい友人など、自分にとって大切な人の死が避けられないことを医師などから告げられた際、実際に死が訪れる前に喪失感を抱き、悲嘆、抑うつ、不安、死に対する準備、死がもたらす変化への適応などの心理的反応を示すこと」です。予期悲嘆によって心の準備ができれば、患者さんの死が現実になったときの悲嘆を軽くすることができるといわれています。

 そのため、スタッフが患者さんや家族とかかわる際は常にアンテナを張り、一人ひとりの気持ちの移り変わりを丁寧に把握する必要があります。そして、その情報をカンファレンスなどで共有し、スタッフが一貫した対応を行えるように環境を整えることが大切です。

 A氏の夫の場合、毎日の面会やスタッフとやり取りを通して予期悲嘆が行われていた可能性があります。また、夫が作った食事の持ち込みは夫ができる最大限のケアであったこと、そしてA氏もそのケアを受け入れてくれたことが何より夫に対するケアにつながったと考えられます。さらに、スタッフが日々のケアやエンゼルケアでA氏の女性としての尊厳を大切にしたことも家族に対する悲嘆のケアといえます。

Ⅴ.おわりに

 ウォーデンは、死別に適応するためには4つの課題(悲嘆の作業、グリーフワーク)を完了する必要があると述べています。

 具体的には、
1.喪失の事実を受容する
2.悲嘆の苦痛を乗り越える
3.故人のいない環境に適応する
4.故人を情緒的に再配置する
と提示し、遺族ケアの目的は遺族がこれらの課題を達成できるよう支援すること、そして治療的介入が必要となる「複雑性悲嘆」に陥っている人や陥りそうな人を早期に発見することとしています。

 複雑性の死別反応で問題となるものとしては、適応障害(抑うつ気分、不安な気分、情緒面と行動面の乱れ)、大うつ病、薬物乱用などがあり、ときには心的外傷後ストレス障害(PTSD)など長期化する場合さえあります。これらのことから、生前から家族ケアに努めることは、患者の死後に家族が抱える4つの課題の質と達成までにかかる期間を左右する可能性が非常に高いといえます。

参考文献

1)宮下光令(編):ナーシング・グラフィカ 成人看護学(7)緩和ケア.メディカ出版,2012
2)J.W.ウォーデン著 鳴澤實監訳:グリーフカウンセリング‐悲しみを癒すためのハンドブック.川島書店,1993,p.28-38

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