知っておきたい!抗がん薬曝露予防対策の基礎知識と最近の動向
- 公開日: 2025/8/13
抗がん薬曝露とは
抗がん薬曝露とは、抗がん薬を使用している患者さんや同居している家族、あるいは治療に携わる医療従事者が抗がん薬にさらされることをいいます。中でも医療従事者の曝露については、職業性曝露の1つとして、さまざまな安全対策が取られるようになっています。
抗がん薬曝露による影響
抗がん薬は、がん細胞を死滅させる作用により、がん患者さんに利益をもたらしますが、健康な人が抗がん薬に曝露すると正常細胞に作用するため、発がん性リスクの上昇、不妊や流産など、何らかの影響が生じる可能性があります。
ただし、抗がん薬にどれくらい曝露すると、どのようなことが起こるのかは明らかになっておらず、薬剤の種類や個人の体質によっても影響は異なるとされ、未知の部分が多いのが現状です。一度曝露してもすぐに症状が出るわけではないため、微生物感染や放射線曝露に比べて現場での危機意識が低い傾向がみられますが、すべての抗がん薬で曝露によるリスクがあることを認識し、 “自分の身を守る”という意識をもったうえで扱うことが重要です。
抗がん薬曝露が起こりやすい場面
抗がん薬の運搬、投与準備、投与、薬剤の廃棄といった、抗がん薬を取り扱うすべての場面で曝露が起こり得ます。特に、点滴ルートの準備・回収時には、誤った手技により接続部分から薬液が漏れることがあるため、注意が必要です。
また、抗がん薬は投与後一定期間、患者さんの体内に残り、尿や便などの排泄物を通じて体外に排出されます。そのため、治療中の患者さんの体液や排泄物には、微量ながらも抗がん薬の成分が含まれており、これらが付着したシーツなどのリネン、衣服、物品などを扱う場面でも曝露が起こりやすいといえます。
主な曝露予防対策
曝露予防対策で重要なのは、防護と保護です。施設全体で取り組むことが重要ですが、個人でもできる対策はぜひ実践してほしいと思います。
閉鎖式薬物移送システムの使用
有効な曝露予防対策として挙げられるのが、閉鎖式薬物移送システム(CSTD:Closed System Drug Transfer Device)の使用です。
CSTDは、環境中への薬剤の飛散・漏出を防止する機能を有する医療機器です。バイアルからの薬液の吸い上げ、輸液バッグへの薬液の混注、輸液ラインの接続、側管からの薬液の注入といった抗がん薬の調整・投与において、閉鎖的かつ無菌的な操作が可能で、防護の役割を果たします。
CSTDには複数の製品があり、それぞれ操作方法が異なるため、自施設に導入されている場合は、その製品の正しい操作方法を身につけることが必要です。
個人防護具(PPE)の装着
最も取り組みやすい保護は、個人防護具の装着です。抗がん薬を扱うときは、ディスポーザブルのガウン、ゴーグル、手袋、マスク、ヘアキャップを正しく装着し、自分の身を守りましょう。
ガウンは透過性の低い素材のものが望ましく、汚染したと思われる場合はそのまま着用を続けずに、新しいガウンに交換します。ポリエチレン製のクリーンエプロンは、薬液を弾いて汚染を広げるリスクがあるため、使用は避けましょう。手袋は必ずパウダーフリーのものを使用します。パウダー付きの手袋を使うと、薬液が付着した場合にパウダーが吸いこみ、汚染が増大する可能性があります。
抗がん薬の適切な取り扱い方法の習得
抗がん薬は、ジッパー式プラスチックバッグなどで密閉した状態で運搬し、投与後も容器やPTPシート、輸液バッグやチューブは密閉した状態にして、専用の廃棄容器に廃棄します。
経口抗がん薬の服薬介助をすることがあると思いますが、経口抗がん薬は薬剤の安定性を保ち、製剤表面からの汚染を防ぐために、コーティングが施されています。患者さんが飲みにくそうだからといって、分割や粉砕をしてはいけません。
抗がん薬を扱ったあとは石鹸と流水でしっかり手を洗いましょう。微生物感染の予防ではアルコールによる手指消毒が基本ですが、抗がん薬に関しては、アルコールにより揮発するおそれがあるため、手指消毒用アルコールジェルなどは使用せず、石鹸と流水で手を洗うのが基本です。
スピルキットの活用
床などに抗がん薬がこぼれてしまった場合は、周囲に曝露を広げないように、「立ち入り禁止」の警告標識を表示し、個人防護具を装着して速やかに清掃を行います。清掃は、吸水シートでこぼれた薬液を拭き取り、中性洗剤と水による洗浄を数回、繰り返します。
吸水シート、バイオハザード袋(ジッパー式プラスチックバッグ)、個人防護具など、漏れた薬液を安全に除去・廃棄するための清掃・処理用具をまとめたスピルキットが市販されていますので、抗がん薬を扱う場所に設置しておき、いざというときに使えるように定期的に訓練を行うことが大切です。
ただし、スピルキットは高価なため導入できない施設も多く、吸収シートのかわりにフラットシート(オムツ)を用いたり、こぼれた薬液を注射器で吸引するなど、独自のスピルキットで対応している施設もあります。
患者さん、家族(介護・介助者)への指導
自分自身だけではなく、周囲の人への曝露を防ぐことも看護師の重要な役割です。排泄物には抗がん薬の成分が含まれている可能性があるため、排泄後は必ず石鹸と流水で手洗いを行うように指導します。在宅で経口抗がん薬が投与されている場合は、服用後や介助後の手洗い、PTPシートの廃棄方法(ジッパー式プラスチックバッグで密閉して燃えるゴミとして廃棄する)などを説明し、理解を得られるようにします。
曝露発生時の対応
抗がん薬が皮膚に付着したり、眼に入ったりした場合は、流水でしっかりと洗い流し、エアロゾルを吸入した場合は、十分なうがいと鼻洗浄を行います。もし大量に曝露してしまった場合は、医師の診察を受けるようにします。
抗がん薬が入った注射針を刺してしまったときは、水で流しながら、刺入部から薬液を絞り出します。薬液が残っている可能性があれば、医師の診察を受けるようにしましょう。
最近の動向
CSTDを用いた無菌製剤処理については、診療報酬の加算が認められているため、調剤現場ではCSTDの使用が進んでいます。コスト面の問題や調剤時間への影響などから、抗がん薬のなかでも揮発性が高いとされる3剤(シクロホスファミド、イホスファミド、ベンダムスチン)に使用が限られるケースが多くみられますが、最近は、すべての抗がん薬にCSTDを用いるべきだという動きが高まっています。
また、調剤時だけではなく、投与時にもCSTDによる防護は重要ですが、がん拠点病院でも、投与時のCSTDの導入は進んでいないのが現状です。抗がん薬投与は主に看護師が担う業務であるため、私たちがん薬物療法看護認定看護師は、抗がん薬の投与においてもCSTDが導入されるように活動しているところです。
最後に
新規抗がん薬の開発やがん薬物療法の適応拡大によって、がん薬物療法を受ける患者さんは増加しています。そのため、腫瘍内科病棟や外来化学療法室といった専門部署のみならず、一般病棟や在宅など、あらゆる現場で抗がん薬に曝露するリスクが高まっています。
曝露と聞くと、怖いというイメージが先立つかもしれませんが、安全に取り扱えさえすれば、抗がん薬を恐れる必要はないのです。不明な点や不安な点があれば、自施設のがん看護専門看護師やがん薬物療法看護認定看護師にコンサルトを求めるとよいでしょう。そうしたリソースがない施設では、自施設と連携しているがん拠点病院のがん看護専門看護師、がん薬物療法看護認定看護師にアドバイスを求めるのも1つの方法です。
今後も、がん薬物療法を受ける患者さんは増加すると予測されます。適切なケアを行うために、抗がん薬の取り扱いについて正しい知識をもつのと同時に、自分自身を守るという意識を高めていくことが大切です。