冠動脈バイパス術(CABG)とは|適応・病態・術式・術後の注意
- 公開日: 2019/6/18
冠動脈バイパス術が適応になる疾患と病態
冠動脈バイパス術(CABG:coronary artery bypass grafting)は、経皮的冠動脈インターベンション(PCI:Percutaneous Coronary Intervention)とともに、冠動脈血行再建術における重要な一手段となっています。
主に動脈硬化に起因する冠動脈の狭窄が進行すると、その狭窄病変の末梢側における血流不足によって、心筋に虚血(ischemia)が発生します。日常的な活動では心筋の酸素需要に足りる血液供給があっても、運動等の労作によって心仕事量が増加すると、心筋が酸素不足となり胸痛等の狭心症状を生じることになります。
安静や酸素投与、ニトログリセリン等の硝酸薬の使用などにより、胸痛等の発作は比較的短時間で治り、こうした病状は、古くより安定労作性狭心症と呼ばれています。この症状は、冠動脈血行再建を行うことによって、顕著に改善されます。
先に述べたように冠動脈血行再建にはCABGとPCIがあります。
PCIがバルーンカテーテルや冠動脈ステントを用いて冠動脈の狭窄部を直接広げ、血行の改善を目指すのに対し、CABGは狭窄部よりも末梢側の冠動脈に別の血管を吻合しバイパス路を作り血行を改善させます。目的は同じでも手段の異なる両者は、常に比較され、それぞれの適応は慎重に検討されています。今回は、CABGに焦点を当てて解説を加えます。
冠動脈バイパス術の術式と利用される血管
冠動脈バイパス術CABGでは、coronary artery bypass graftingの名前が示すように、冠動脈(coronary artery)に他所から持ってきた側副路(bypass)用の血管を移植(grafting)します。新しく作られた側副路を通って末梢冠動脈へ流れる血流が増加することによって、心筋の虚血を解消させることができます。
使用する側副路用の移植血管は、グラフトと呼ばれます。残念ながら現時点では冠動脈バイパス術のグラフトとして使用できる人工血管はなく、すべて患者さん自身の動脈や静脈を採取し用いています。
よく利用される血管は、左内胸動脈(LITA:left internal thoracic artery)、右内胸動脈(RITA:right internal thoracic artery)、大伏在静脈(SV:saphenous vein)、胃大網動脈(GEA:gastroepiploic artery)、橈骨動脈(RA:radial artery)などです。
グラフトの選択とガイドラインによるエビデンス
実際の冠動脈バイパス術においてどのグラフトを用いるかは、患者さんの冠動脈病変の場所、程度、求められる血行再建のデザインとこれまでの臨床成績に基づくエビデンスによって決定されます。例えば、冠動脈の左前下行枝(LAD:left anterior descending artery)への血行再建にLITAを用いることは、短期、長期のグラフト開存率や、生存率・心イベント回避率における有益性が、ランダム化試験(RCT:randomized controlled trial)などで示されており、LITA-LADの組み合わせは、推奨クラスⅠ、エビデンスレベルBでCABGにおけるゴールドスタンダードとされています。
ここで引用した推奨クラス分類とエビデンスレベルは、「安定冠動脈疾患の血行再建ガイドライン(2018 年改訂版)」に示された基準です。推奨クラスⅠは、手技・治療などが有効、有用であるという多くのエビデンスがあるか,またはそのような見解が広く一致しているとされます。エビデンスレベルBは、単一のRCT、または多施設大規模レジストリー研究の結果によるレベルの科学的根拠に従っていることを示しています。 詳細は、同ガイドラインをご参照ください。
ケースにみる冠動脈バイパス術の疾患・病態・術式
実際のケースを用いて冠動脈バイパス術の適応となる疾患、病態、術式を紹介します。
図では、右冠動脈(RCA: right coronary artery)の近位部(A)とLADの近位部(B)に動脈硬化による冠動脈の狭窄が描かれています。
図 冠動脈の狭窄とグラフトの選択
冠動脈の狭窄によって、そこより末梢側の冠動脈が灌流する領域で心筋虚血を引き起こします。ただし冠動脈に物理的な狭窄を引き起こす原因には、(1)動脈硬化、以外に(2)冠動脈の攣縮、(3)血栓形成などがあります、原則的に(2)、(3)による狭窄に対しては、CABGの適応はありません。動脈硬化によって安定した狭窄病変の場合は、そこより末梢側の冠動脈(C、D)にバイパスを吻合することによって、血行を再建できます。
用いたグラフトは、SV(E)とLITA(F)です。SVの中枢側は、上行大動脈に開けた円形の穴に縫いつけられます(G)。LITAは、左鎖骨下動脈から分枝している状態のまま用いられることが一般的で、in-situ graftと呼ばれます。切り離して中枢側を上行大動脈や他の動脈に吻合して用いることも可能で、その場合はfree graftと呼ばれます。
冠動脈バイパス術施行時の補助手段
次にCABGの補助手段について説明します。CABGが安全かつ有効な治療手段として普及できた歴史的背景には、人工心肺装置による体外循環の導入があります。
体外循環では、上大静脈、下大静脈あるいは右心房に脱血用カニューレを挿入し、そこから血液を体外に誘導し、血液ポンプ、人工肺を経て酸素化された血液を大動脈あるいは大腿動脈に挿入された送血用のカニューレを通して動脈に戻すことによって体外循環を確立します。そのあとで大動脈遮断と心筋保護液を用いて心臓を停止させ、出血もなく動かない安定した術野において血管吻合を行います。
近年といってももう20年以上昔になりますが、心臓の拍動を維持したままで、冠動脈を固定し、切開吻合を可能とする工夫やスタビライザー、ハートポジショナーといったディバイスの登場により、人工心肺を使用しないで冠動脈の血行再建を行うことができるようになりました。人工心肺を使用しない、即ちオフポンプで行う冠動脈バイパス術という意味でOPCAB(off-pump coronary artery bypass grafting)オプキャブと呼ばれています。また従来の人工心肺による体外循環によって循環動態を安定させ、心臓は止めずに拍動を維持した状態で血行再建が行われることもあり、on-pump beating CABGと呼びます。
このように現在冠動脈バイパスを行う場合、人工心肺を用い心臓を止めて行うon-pump arrest CABG、いわゆるCABG、人工心肺は用いるが心拍動を維持して行うon-pump beating CABG、人工心肺を用いず自己の心拍動により循環を維持したまま行うoff-pump CABG、いわゆるOPCABの3つの手段を選択することができます。
患者さんからの素朴な質問として、どの手段が一番いいですかと聞かれることがありますが、それぞれの利点欠点があり、患者さんの病状、目的とする冠動脈バイパスのデザインを考慮して、あなたにとってはこの方法が良いと思いますと答えることになります。
冠動脈バイパス術と合併症
冠動脈バイパス術に起因する合併症には、周術期心筋梗塞(PMI:perioperative myocardial infarction)、低心拍出量症候群(LOS:low output syndrome)、脳神経合併症、腎不全、呼吸不全、縦隔炎などの手術部位感染(SSI:surgical site infection)があり、これらの結果としての30日死亡率は、2%前後とされています。
他方、冠動脈の血行再建を要する患者の40%以上が糖尿病(DM:diabetes mellitus)を合併しています。またDM患者は、非DM患者に比べ心筋梗塞発症率が約6倍、冠動脈疾患による死亡率が約3倍高くなっています。
実臨床においても、冠動脈バイパス術を受ける患者さんはDMの合併率が高く、DMの合併は周術期合併症のリスクファクターとなっています。
看護師が知っておきたい術後の注意
手術が終わった後は、できるだけ早い社会復帰を目指します。不幸な合併症がない限り、手術前にできたことは、すべて、またより快適に再開してもらえます。ただし、冠動脈硬化を起こした病態そのものを治したわけではないので、生活習慣の改善、糖尿病、高血圧症、高脂血症、高尿酸血症などへの観察と治療は、積極的に継続する必要があります。
執筆にあたって
本稿の内容は、日本循環器学会、日本冠疾患学会、日本冠動脈外科学会、日本胸部外科学会、日本心血管インターベンション治療学会、日本心臓血管外科学会、日本心臓病学会の合同研究班による「安定冠動脈疾患の血行再建ガイドライン(2018 年改訂版)」を参考としながら、できるだけ平易な解説を目指しています。
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