症例から学ぶ! 術後痛管理の実際
- 公開日: 2019/8/28
前回、さまざまな鎮痛方法を紹介しました。今回は症例を提示し鎮痛方法の実際を解説していきます。
症例1
事例紹介
70歳、男性、身長175㎝、体重58㎏、特に既往のない患者
診断:下部胆管がん
術式:膵頭十二指腸切除術
麻酔方法:硬膜外麻酔(カテーテル挿入部胸椎(Th7/8間)を併用した全身麻酔
硬膜外PCA(Patient Controlled Analgesia:患者自己調節鎮痛)の組成、0.2%ロピバカイン+フェンタニル5μg/ml(表1)
手術は無事終了し、回復室でも痛みの訴えもなく全身状態も安定しているため病棟に帰室しました。
硬膜外鎮痛で痛みのコントロールを行っていましたが、翌日、患者さんは上腹部の強い痛みを訴えられ離床が進まないでいます。
あなたが、受け持ち看護師だった場合どうしたらよいでしょうか?
表1 硬膜外と経静脈的PCAの比較
中塚秀輝,他:術後痛サービス(POPS)マニュアル -postoperative pain service manual-.POPS研究会,編.真興交易医書出版部,2015,p.17-21、31-65.
田中聡,他:手術後鎮痛のすべて Science &Practice.川真田樹人,編.文光堂,2013,p.102-3.を元に作成
看護の実際
現在の痛みの評価、硬膜外鎮痛の効果範囲を確認する
現在の痛み(安静時・体動時)を院内で用いられている尺度を用いて評価を行います。
また、患者さんの痛みに対する言動、表情なども観察し多角的に痛みの評価を行いましょう。
次に、硬膜外鎮痛の効果範囲を冷刺激検査(Cold test:氷やアルコール綿で冷覚を感じるか)やピンプリック検査を用いて確認し効果範囲が創部をカバーしているかどうかを評価します。冷覚が低下している範囲と、鎮痛効果が得られている範囲は、概ね同じ範囲と考えられます。
PCAポンプにトラブルはないかを確認する
それに加え見落とされがちなのですが、PCAポンプのトラブルで薬の投与ができていないこともあるため、硬膜外カテーテルとつながっているPCAポンプが正常に作動しているか、カテーテルとの接続に不備がないか、カテーテルが事故抜去されていないか、カテーテルの固定された長さの変化、刺入部からの薬剤の漏出はないかなどの確認を行います。
また、正しく作動していた場合は、PCAポンプの設定が患者さんの除痛に繫がっているのか評価を行います。PCAポンプには電動式とディスポーザブルポンプとがあり、使用時にはそれぞれの特徴に注意する必要があります(表2)。
表2 ディスポーザブルポンプと電動式ポンプの比較
中塚秀輝,他:術後痛サービス(POPS)マニュアル -postoperative pain service manual-.POPS研究会,編.真興交易医書出版部,2015,p.17-21、31-65.
中塚秀輝,他:PCA 患者自己調節鎮痛法.山蔭道明,監.克誠堂出版,2011,p.20-49.を元に作成
アセスメント結果をケアに活かす
この患者さんの場合、NRS(Numerical Rating Scale: 0-10の11段階で痛みの強さを評価)は安静時5/10、体動時8/10。剣状突起下に強い痛みを訴えられ、深呼吸もできずにいます。電動式PCAポンプを使用し硬膜外鎮痛を行っていましたが、電動式PCAポンプの設定は持続投与5ml/h 、ボーラス量2ml、ロックアウト時間30分、時間有効回数2回で設定され正しく作動していました。また、カテーテルの固定の長さは挿入時と特に変わりはありませんでした。冷刺激検査を行いましたが、硬膜外鎮痛の効果範囲は左右Th8-11と剣状突起から臍下までの創部をカバーしきれていませんでした(皮膚分節は前回連載の図を参考にしてください)。
そのため、担当医に報告し、院内のプロトコールに沿ってPCAポンプの持続投与を5ml/hから7ml/h に変更し硬膜外鎮痛の効果範囲を広げるようにしました。増量の効果がでるまで、頓服の痛み止めや、定時のNSAIDsやアセトアミノフェンなどの投与も組み合わせて鎮痛を図ることとなりました。また、PCAボタンの使用方法も再度患者に説明し硬膜外鎮痛が図れるようにしました。1時間後、再度痛みの評価を行いNRSは安静時0/10、体動時3/10、冷刺激検査でTh5-11と創部をカバーしており、離床が進み、術後4日目には硬膜外鎮痛は終了となりカテーテルは抜去となりました。
副作用にも注意する
上記の注意点に加えて、硬膜外鎮痛を行っている場合は必ず表3のような副作用に注意する必要があります。また硬膜外カテーテル挿入中、抜去後に起こる重篤な合併症として硬膜外血腫が挙げられます。最近は周術期に抗血小板薬内服や抗凝固療法を行う患者さんも多く、カテーテル抜去後24時間は背部痛、感覚・運動障害、膀胱直腸障害などの観察を確実に行い、早期発見に努めましょう。早期発見は早期治療に繋がり、発症後8時間以内に血腫を除去し脊髄圧迫を除去することがその後の患者さんの予後改善につながります3)4)。
表3 硬膜外鎮痛・IV-PCAの副作用
中塚秀輝,他:術後痛サービス(POPS)マニュアル -postoperative pain service manual-.POPS研究会,編.真興交易医書出版部,2015,p.17-21、31-65.
中塚秀輝,他:PCA 患者自己調節鎮痛法.山蔭道明,監.克誠堂出版,2011,p.20-49.を元に作成
硬膜外鎮痛法の局所麻酔の選択には局所麻酔薬使用中に血中濃度が高くなり局所麻酔中毒になる可能性があるため、長時間作用性の局所麻酔薬ロピバカインやブピバカイン、レボブピバカインを使用することが多く、より高い鎮痛効果を得るため少量のオピオイドも併用することもあります。参考として、表4に硬膜外PCA投与量を示していますが、あくまで参考です。患者さんの術後の状態、痛みの状況によって変わってくるため、院内のプロトコールに沿って正確に投与ができるようにしましょう。
表4 硬膜外PCA投与量の例
田中聡,他:手術後鎮痛のすべて Science &Practice.川真田樹人,編.文光堂,2013,p.102-3.より引用
事例2
事例紹介
35歳、女性、身長160㎝、体重50㎏、特に既往のない患者
診断:子宮頸癌
術式:広汎性子宮全摘+両側付属器切除+骨盤リンパ節郭清
麻酔方法:硬膜外麻酔(カテーテル挿入部Th10/11)を併用した全身麻酔
手術は無事終了し、病棟に帰室しました。
翌朝より、痛みもなく離床が進んでいましたが、夕方になり痛みを訴えられるようになりベッドから起き上がれていません。
看護の実際
現在の痛みの評価、硬膜外鎮痛の効果範囲、PCAポンプのトラブルの有無を確認する
先に述べたように、痛みの現在の評価、硬膜外鎮痛範囲の評価、PCAポンプのトラブルはないか等を確認します。
この患者さんは、朝の時点ではNRS 安静時0/10、体動時3/10で、離床が進んでいましたが、夕方には、安静時5/10、体動時9/10と痛みのコントロールが不良となっていました。
硬膜外鎮痛の範囲を冷刺激検査で確認しましたが、Th12-L1と創部をほとんどカバーしていませんでした。そのため、硬膜外カテーテルの固定の長さに変化がないか確認したところ、1cmしか硬膜外腔にカテーテルが挿入されておらず、離床が進むにつれてカテーテルが抜けていたことがわかりました。主治医に報告し硬膜外カテーテル抜去の方針となりIV-PCA (Intravenous PCA:経静脈的患者自己調節鎮痛) による鎮痛法に変更になりました(表1に硬膜外鎮痛とIV-PCAの比較、表5にIV-PCAの投与量の例を示しました、参考にしてください)。また、定時指示薬がなかったため、アセトアミノフェン開始となりました。
副作用にも注意する
IV-PCA、定時薬の使用でNRSが安静時1/10 体動時3/10となり、離床が進み、術後3日はIV-PCAが中止され、アセトアミノフェン定時薬のみ内服となりました。IV-PCA使用時には、嘔気がありましたが、制吐剤使用で軽快しており、IV-PCAを中止してから嘔気もみられなくなりました。
IV-PCAはオピオイドを使用しているため、表3に示した副作用がみられます。使用中は副作用に注意しましょう。また、オピオイドは血中濃度に依存して呼吸中枢へ作用し二酸化炭素への感受性を低下させ呼吸抑制(主に呼吸数の低下)が生じるため1)、IV-PCAは基本的には持続投与はしませんがモルヒネに比べフェンタニルは作用持続時間が短いため、場合によっては持続投与を行うこともあります。呼吸抑制の危険性を常に考え、患者さんの意識状態、呼吸回数、いびきなど上気道閉塞の有無、経皮的酸素飽和度測定、場合により呼気二酸化炭素モニタ―(カプノモニター)などをしっかり観察し、オピオイドの過量投与にならないようにしましょう。
成人のIV-PCA投与量の例
田中聡,他:手術後鎮痛のすべて Science &Practice.川真田樹人,編.文光堂,2013,p.102-3.から引用し改変
今回は具体的な事例を示し、術後疼痛管理についてお話ししました。
大切なことは術後の痛みを最小限にし周術期の患者さんが合併症なく、早期に社会復帰できることを最終目標とした術後疼痛管理をすることです。
次回は聖路加国際病院での術後疼痛管理サービス(Acute Pain Service)についてお話します。
引用・参考文献
1)中塚秀輝,他:術後痛サービス(POPS)マニュアル -postoperative pain service manual-.POPS研究会,編.真興交易医書出版部,2015,p.17-21、31-65.
2)中塚秀輝,他:PCA 患者自己調節鎮痛法.山蔭道明,監.克誠堂出版,2011,p.20-49.
3)飯島哲也,他:術後痛サービス(POPS)マニュアルポケット版 アップグレードのためのプロトコール集.POPS研究,編.POPS研究会,2015,p.50-59、100-110.
4)香川信之,他:麻酔偶発症A to Z.高崎真弓,編.文光堂,2017,p.415-420.
5)田中聡,他:手術後鎮痛のすべて Science &Practice.川真田樹人,編.文光堂,2013,p.102-3.