呼吸困難を訴える患者さんのアセスメントと対応
- 公開日: 2020/8/28
事例紹介
患者背景Aさん、70歳代、女性
・既往歴:高血圧、脳梗塞、心房細動、認知症
・内服薬:アムロジピン2.5mg(降圧薬)、バイアスピリン錠100mg(抗血小板薬)、デパス0.5mg(抗不安薬)
・入院前ADL:脳梗塞の後遺症により左片不全麻痺があるが、杖歩行可能
○月×日、自宅で転倒し、左大腿骨頸部骨折のため入院。翌日、人工骨頭置換術施行。術後からリハビリを開始しているが、リハビリ後は疲労を訴え寝ていることが多い。夜間になると「眠れない、呼吸が苦しい、胸がドキドキする」などの症状を訴えることが度々ある。
本日、夕食の時間になったため訪室すると、ベッドサイドに端座位となり、「なんだか息が苦しくて。今日から歩く練習を始めたから疲れてるのかしら」と話す。肩を上下に動かしながら呼吸をしており、顔色がいつもより悪いと感じたためバイタルサインを測定した。
身体所見意識レベル JCSⅠ-1、呼吸26回/分、脈拍102回/分、SpO296%、血圧109/68mmHg 、体温35.0℃
不定愁訴かどうかを見極める
「呼吸困難(息苦しさ)」は主観的な体験であるとともに、他覚的・客観的所見に乏しい場合もあり、経過観察で問題ないか、緊急な対応を要するのかの判断が難しいケースがあります。また、事例の患者さんはこれまでも息苦しさを訴えることがあったため、不定愁訴かどうかを見極めることから始めます。
事例において見極めが必要な患者さんの訴え・なんとなく息が苦しい
不定愁訴かどうかの見極め方Aさんは、「息が苦しい」という症状を訴えており、主訴は呼吸困難です。呼吸困難は、「呼吸時の不快な感覚であり、呼吸不全のない場合も含めて主観的訴え」といわれます1)。
Aさんは以前から、リハビリ後は疲労を訴えて寝ていたり、「呼吸が苦しい、胸がドキドキする」と訴えることがあったため、不定愁訴が疑われました。しかし、今回は肩呼吸や顔色不良がみられ、第一印象で重症感があります。このことから不定愁訴の可能性は低いと考え、緊急度・重症度の高い疾患がないかを見極める必要があると判断します。
状態を把握する
事例から読み取るべき患者さんの状態
・顔色不良である
・ベッドサイドに端座位となり肩呼吸をしている
・呼吸26回/分と頻呼吸、脈拍102回/分と頻脈である
・術後、初回の歩行訓練後に息苦しさが生じている
状態把握のために必要な知識とポイント
ポイント1:ABCDを評価するAさんは顔色不良、肩呼吸があるため第一印象で重症感があります。A(気道)は発語があるため開通、B(呼吸)は26回/分と促迫、C(循環)は血圧109/68mmHgと低値、脈拍102回/分と頻脈、D(意識)は会話ができていることから、おおよそ意識清明~JCSⅠ桁であると評価します。体温は35.0℃ですが、ABCDの状態から皮膚湿潤がある可能性があります。これらの情報を統合すると、Aさんはショックの徴候を認め、重症感があります。
ポイント2:呼吸困難の原因を把握する
呼吸困難の原因は、上気道閉塞や肺塞栓症、心不全など、放置すると生命にかかわる緊急性の高い重篤な疾患や病態から、外傷によるもの、神経筋疾患によるもの、心因性によるものなど多岐にわたります(表1)。
表1 呼吸困難の原因となる主な疾患、病態
主な疾患、病態 | |
---|---|
呼吸器系 | ・致死的気管支喘息重積発作 ・COPD急性増悪 ・肺炎 ・肺胞出血 ・急性呼吸促迫症候群 ・間質性肺炎 ・大量胸水 |
呼吸器系+循環器系 | ・肺血栓塞栓症 ・緊張性気胸 ・心原性肺水腫 ・大量血胸 |
気道の異常 | ・異物による気道閉塞 ・アナフィラキシー ・浮腫や出血による上気道狭窄(急性喉頭蓋炎、咽頭周囲膿瘍など) ・気道出血 |
神経筋系 | ・筋萎縮性側索硬化症 ・筋ジストロフィー ・多発性硬化症 ・重症筋無力症 |
心因性 | ・不安 ・恐怖 ・抑うつ |
その他 | ・過換気症候群 |
Aさんの場合、人工骨頭置換術後、初回の歩行訓練後からの呼吸困難であることから、想定される原因は肺血栓塞栓症(肺塞栓症)です。Aさんは手術による静脈内皮障害や、術中・術後の安静臥床による血流の滞りから血栓を生じやすい状態でした。歩行訓練が開始された際、血栓が静脈壁から剥がれて血流に乗り、肺動脈に塞栓したと考えられます。
肺塞栓症は、静脈、心臓内で形成された血栓が遊離して、急激に肺血管を塞栓して生じる疾患です。臨床所見のみで診断することは非常に困難ですが、81%以上の患者さんに頻拍(心拍数>90回/分)、呼吸促迫、ふくらはぎの圧痛あるいは腫脹を認める2)といわれています。バイタルサインの把握とともに、下肢の圧痛や腫脹がないかも確認します。
ポイント3:他疾患の可能性を考慮するAさんで考えられる疾患は肺塞栓症ですが、呼吸困難の原因は必ずしも肺塞栓症とは限りません。下肢の圧痛や腫脹がない場合は、他の疾患も考慮します。胸痛の有無、症状はいつからか、増悪傾向がないかなどの問診、胸郭の動きや呼吸音などをもとに、胸部に焦点を当てたフィジカルアセスメントを行います。
異常所見があることに目を向けるだけでなく、考えられる疾患に特有の「異常所見がない」という部分も情報として捉えることも大切です。
緊急度を判断する
Aさんは「息が苦しい」と訴えていますが、SpO2は96%と著明な低下はみられていません。しかし、顔色不良、呼吸促迫、頻脈といったショックの徴候があり、緊急度は高いと判断します。
状態把握の項目で述べたように、肺塞栓症が緊急度の高い疾患として考えられます。肺塞栓症は塞栓の範囲や血栓の大きさにより、無症状の場合、意識消失、ショック、心肺停止などさまざまな症状を呈し、救命が困難な場合もあります。治療の遅れはさらなるショックの進行、心肺停止につながることからも緊急度は高くなります。
状態に合わせて対処する
Aさんはショックの徴候が認められているため、速やかに医師へ報告します。同時に急変に備え、モニター、静脈路確保、採血、酸素投与などに必要な物品準備を行います。救急カートを準備すると、急変に必要な物品や薬剤を迅速に過不足なく用意でき、効率的です。
造影CT検査やエコー検査、動脈血液ガス分析、12誘導心電図の検査が行われることも考えられます。検査に必要な物品の準備や検査部門への連絡を事前に行い、医師到着後、スムーズに検査・治療ができるよう整えます。人員確保や役割分担も、医師が到着する前に実施します。
医師の到着を待つ間、患者さんに無理に仰臥位をとってもらう必要はありません。枕などの補助具を使い、安楽な体勢を保持できるよう工夫します。ショックが進行すると脳血流量が低下し、意識レベルが悪化する可能性があるため、継続的に患者さんの様子を観察し、状態に合わせた体勢をとるようにします。
医師に報告する
医師へ報告する際は、結論から手短に要領よく伝えることが重要であり、一定の形式に従って報告することが有用といわれています。医療現場で用いられる簡潔な報告の形式として、ISBARCがあります。
ISBARCを意識し、人工骨頭置換術後に初回歩行を行った患者さんが呼吸困難を訴え、呼吸促迫、顔色不良、頻脈といったショックの徴候を認めていること、すぐに診察に来てほしいことを迅速に医師へ伝えます(表2)。静脈路確保や採血などの指示を受けた場合は必ず復唱し、口頭指示によるミスが起きないように注意します。
表2 ISBARCを用いた報告例
報告例 | |
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Identify (報告者と患者の同定) | ・○○病棟の看護師××です。△△病棟のAさんについて報告します。 |
Situation (患者さんの状態) | ・Aさんが呼吸困難を訴え、ショックの徴候があります。 |
Background (入院の理由・臨床経過) | ・人工骨頭置換術を行い、本日初めて歩行訓練を行いました。 ・SpO296%ですが、呼吸回数26回/分、血圧109/68mmHg、脈拍数102回/分であり、顔色不良、肩呼吸がみられます。 |
Assessment (状況評価の結論) | ・肺塞栓症の可能性があると思います。 |
Recommendation (提言または具体的な要望・要請) | ・すぐに診察をお願いします。 |
Confirm (指示受け内容の口頭確認) | ・(医師から指示があれば、指示の内容を復唱) |
対応の流れを振り返る
呼吸困難を訴える患者さんへの対応の流れについて、フローチャートで振り返ります。
引用・参考文献
1)山添世津子:症状・訴えで見分ける患者さんの「何か変?」.高木靖 監.日総研,2017,p.55.2)Steven McGee:マクギーの身体診断学 エビデンスにもとづくグローバル・スタンダード.エルゼビア・ジャパン,2005,p.236-40.
●遠藤智之:緊急度がひと目でわかる! 救急ナースのための超はやわかり疾患ブック.船曳知弘,編.メディカ出版,2017,p.31.
●小倉裕司:標準救急医学.有賀徹,編.医学書院,2014,p.152-7.
●石井恵利佳:気づいて見抜いてすぐ動く急変対応と蘇生の技術.三上剛人,編.南江堂,2016,p.109.
●森本泰治:帰してはいけない外来患者.前野哲弘,編.医学書院,2015,p.62-3.
●日本救急看護学会トリアージ委員会,編:看護師のための院内トリアージテキスト.へるす出版,2014.