麻酔器の始業点検|手順とポイントを解説
- 公開日: 2022/1/19
はじめに
麻酔を行う前には、必ず麻酔器の始業点検が行われます。毎朝たんたんと行われているように見えますが、麻酔器は単に麻酔薬を投与するだけでなく有事の際は患者さんの蘇生にも使われる医療機器だということを忘れないでおきましょう。全身麻酔を行う予定がなくても常に使用する可能性は想定しておく必要があります。施設によって麻酔科医が一連の始業点検全てを行う場合や、一部を臨床工学技士や手術室看護師が行う場合もあるかもしれません。麻酔に関わる看護師は適切に点検を行う前提として、麻酔器の構造を知っておく必要がありますので前回の連載(麻酔器の構造を知ろう)も参考にしてくだい。今回は、日本麻酔科学会(JSA)の制定する「麻酔器の始業点検」1)に沿って解説していきます。
始業点検の流れ
有事の際に酸素ボンベが使えるか、患者さんが吸入する酸素濃度がいかなる場合も安全域に保たれるか、気化器や酸素濃度計は正しく作動し機能するか、患者呼吸回路のリークはないか、実際に換気が出来るかを確認していきます。近年主流となっているセルフチェック機能が搭載された麻酔器では、表示される画面の指示に沿って点検を行います。手動で行っていく場合、日本麻酔科学会の定める始業点検(表1: 11項目)に沿って行います。機種によってはセルフチェックで回路閉塞や陽圧換気時のリークが発見できないこともあるので不明な場合は確認しておきましょう。不安や疑念が少しでもあれば必ず手動で確認するのが鉄則です。忙しい臨床の現場では、呼吸回路の組み立てとリークチェック(表1の⑦⑧)だけ済ませればと思ってしまうかもしれませんが、ガイドラインの項目を網羅して行うことで予防可能な事故が減らせますし、いざというときにどこを調べるべきか迅速な判断にも繋がります。
① | 補助ボンベ内容量および流量計 |
② | 補助ボンベによる酸素供給圧低下時の亜酸化窒素(笑気)遮断機構およびアラームの点検 |
③ | 医療ガス配管設備(中央配管)によるガス供給 |
④ | 気化器 |
⑤ | 酸素濃度計 |
⑥ | 二酸化炭素吸収装置 |
⑦ | 患者呼吸回路の組み立て |
⑧ | 患者呼吸回路、麻酔器内配管のリークテスト及び酸素フラッシュ機能 |
⑨ | 患者呼吸回路の用手換気時の動作確認 |
⑩ | 人工呼吸器とアラーム |
⑪ | 完了 |
麻酔器のセルフチェックによる点検方法
セルフチェック機能が搭載された麻酔器では、画面の表示に沿って点検を行います。
通常画面 | |
1 自己診断テスト実施 | |
2 フローセンサCAL実施 | |
3 酸素センサCAL実施 | |
4 リークテスト実施 | |
リークテスト終了 |
手動による点検方法
JSAガイドラインに沿って表1の項目を説明していきます。
①補助ボンベ内容量および流量計の点検
1、酸素ボンベを開いて圧(5MPa以上、ボンベが満タンなら15MPa:150気圧)を確認、亜酸化窒素(笑気)ボンベがあれば残量も確認。
2、酸素の流量調節ノブの動き、ガス流量の表示を確認。
3、ノブを回して酸素が5L/分で流れることを確認。
4、低酸素防止装置付き流量計(100%亜酸化窒素供給防止装置)があれば、正しく作動することを確認。酸素流量を徐々に下げて一定の流量以下になると、亜酸化窒素の流量が低下する仕組み。通常は吸入酸素濃度が30% 以下になると亜酸化窒素の流量低下が始まる。
②補助ボンベによる酸素供給圧低下時の亜酸化窒素遮断機構およびアラームの点検
1、酸素および亜酸化窒素の流量を5L/分にセット。
2、酸素ボンベを閉じてアラームが鳴り、亜酸化窒素が遮断されることを確認。
3、酸素の流量を再び5L/分にすると、亜酸化窒素の流量が5L/分に自動的に回復することを確認。
4、亜酸化窒素流量計のノブを閉じる。
5、酸素流量計のノブを閉じる。
6、酸素および亜酸化窒素のボンベを閉じ、ボンベ内圧のメーターが0に戻っていることを確認。
③医療ガス配管設備(中央配管)によるガス供給
1、ホースアセンブリ(酸素、亜酸化窒素、空気などの配管)を接続する際、目視点検を行う。 またガス漏れのないことを確認。
2、各配管および余剰ガス排出配管が正しく接続されていることを確認し、ガス供給圧を確認。酸素供給圧は392±49kPa(約4気圧)。不測の事態に酸素供給が優先されるように、亜酸化窒素および空気は酸素供給圧よりも30kPa(約0.3気圧)低くなっている。余剰ガス排出装置は吸引圧(1kPa以上、2kPa未満の範囲に)または吸引量(25L/分以上50L/分以下の範囲内、流量調整機能付きのものは0–30L/分で調整できること)を確認。
3、ノブの可動性やガス流量表示を確認。
4、低酸素防止装置付き流量計(100%亜酸化窒素供給防止装置付き流量計)が装備されている場合は、この機構が正しく作動することを確認。
5、酸素および亜酸化窒素を流した後、酸素配管を外した際にアラームが鳴り、亜酸化窒素の供給が遮断されることを確認する(一部の古い機種ではアラームの装備はないため遮断されていることのみを確認)。
6、医療ガス配管設備のない施設では、メインのボンベを補助ボンベと同じ要領で圧、内容量の点検を行ってから使用。
④気化器
1、電源が必要な気化器の場合は、電源ケーブルの接続と電源がONであることを確認。
2、麻酔薬内容量を確認。
3、麻酔薬注入栓をしっかりと閉める。
4、ダイアルOFFの状態で酸素を流し、匂いがないことを確認。
5、ダイアルが円滑に回るか確認。
6、気化器と麻酔器の接続が確実かどうか目視で確認。気化器が2つ以上ある場合、同時に複数のダイアルが回らないこと(気化器が2つ作動しない)を確認。
⑤酸素濃度計(酸素センサー)
1、酸素濃度計を大気に開放して21%になるよう較正。
2、センサーを回路に組み込み、酸素流量を5-10L/分に設定し、酸素濃度が100%に上昇することを確認。
電池式の酸素濃度計を使用している場合(近年は稀)、電池開封年月日を確認し、較正チェック記録を確認。
⑥二酸化炭素吸収装置
吸収剤の色を目視点検。詰め替えタイプでは吸収剤の色、量、均一に詰まっているか確認。
水抜き装置がある場合(稀です)、水抜きを行った後は必ず閉鎖。
⑦患者呼吸回路の組み立て
正しく、しっかり組み立てられているかどうかを確認。接続の緩みによるリークも多く見られる。
⑧患者呼吸回路、麻酔器内配管のリークテスト及び酸素フラッシュ機能
一般的方法(用手的な呼吸回路リークテスト)
1、新鮮ガス流量を0または最小流量にする。
2、APL(ポップオフ)弁を閉め、患者呼吸回路先端(Yピース)を閉塞。
3、酸素を5-10L/分流して呼吸回路内圧を30cmH2Oになるまで呼吸バッグを膨らます。次にバッグを押して回路内圧を40-50cmH2Oにしてリークがないことを確認。
4、呼吸バッグから手を離し、圧を30cmH2Oに戻す。Yピース先端は閉塞したまま、酸素を止めガス供給がない状態で30秒間維持して回路内圧の低下が5cmH2O以内であることを確認。
5、APL弁を開いて回路内圧が低下することを確認。
6、酸素フラッシュボタンを押して、大流量流れることを確認。
原則として麻酔器に自動リークテスト機構(セルフチェック機能)がある場合、その手順に沿ってチェックします。ない場合は前述の「一般的方法」により実施します。
⑨患者呼吸回路の用手換気時の動作確認
テスト肺を使用しない場合:APL弁を閉じ、Yピースの先端を手掌で軽く叩いたときの吸気弁と呼気弁の動きを観察。
テスト肺を使用する場合:酸素または空気流量を5-10 L/分に設定し、呼吸バッグを膨らました後、 バッグを押して吸気弁と呼気弁の動作チェックを行う。同時にテスト肺の動き (ふくらみ、しぼみ) を確認。
⑩人工呼吸器とアラーム
1、換気設定を用手換気から人工呼吸器へ切り替える。
2、テスト肺の動きを確認。
3、呼吸器は従量式換気(Volume Control)に設定し、テスト肺を外して低圧アラームを確認。テスト肺に圧負荷をかけるか呼吸回路の患者接続口(Yピース先端)を閉塞させて高圧アラームが作動することを確認。
4、呼吸器は従圧式換気(Pressure Control)に設定に変更し、呼吸回路を閉塞またはテスト肺を圧迫して分時換気量または一回低換気量アラームの確認を行う。
⑪完了
各項目の点検が完了したことをチェック。
おわりに
今回はJSAのガイドラインを参考に麻酔器の始業点検を解説しましたが、実際には麻酔器だけでなく気道確保物品、生体情報モニターやカプノメータ、吸引カテーテルの確認なども当然必要です。急変や危機的状況は突如として起こります。少なくとも患者さんが手術室に入る前までに、麻酔器を万全の状態にして迎え入れられるようにしておきましょう。
参考文献
日本麻酔科学会「麻酔器の始業点検」2019年8月改定第6版-2https://anesth.or.jp/files/pdf/guideline_checkout20191118.pdf(2022年1月13日閲覧)
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