今からでも始められる手術室でのCOVID-19対策
- 公開日: 2022/2/9
1.COVID-19とは
2019年からのCOVID-19の猛威はすでに皆さんご存じかと思います。毎日のように、新規感染者数やワクチンなどの情報がテレビやネットで飛び交っています。しかし、すべてが正確な情報ばかりではなく、中には誤った情報も含まれているため、正確な情報をキャッチして、正しい知識を身に付け、適切な行動を取ることが大切です。それはもちろん手術室でも同様です。ガイドラインや根拠のある情報・知識をもとに、適切な対策を講じなければなりません。
2.COVID-19の概況
日本では、2022年1月16日時点で187万1980人(全人口の約1.5%)がCOVID-19と診断されています1)。重症化や死亡する患者は以前に比べて減ってはいますが、2020年6月以降に診断された患者さんのうち、約1.6%が重症化(死亡症例を含むICUでの治療や人工呼吸器による治療を受けた症例)し、約1.0%が死亡しています。年代別に見ると、50代以下では0.3%、60歳代以上では8.5%が重症化しています2)。このデータからも、高齢者が重症化しやすいことがわかります。その他には、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎臓病、糖尿病、高血圧、心血管疾患、肥満、喫煙などの基礎疾患の既往がある場合や、妊娠後期の妊婦がハイリスクとされています。
3.COVID対策の対象患者さん
COVID-19診療の手引きでは、COVID-19に感染すると考えられている期間は発症2日前から発症後7~10日とされ、特にウイルス排出量が多くなるのは、発症直前と直後と考えられています。そのため、COVID-19の患者さんだけでなく、疑いのある患者さんに対しても、COVID-19患者さんと同様の対応が必要であることがわかると思います。しかし、全患者さんにCOVID-19対策を実施することは、個人防護具(PPE)の費用を考えると現実的ではありません。そのため、各施設のマニュアルに従って、対象を決める必要があります。
ご参考までに、当院では院内マニュアルに従って、COVID-19と診断された患者さんの他に、以下にあてはまる場合は疑いのある患者さんとして、対象にしています。
①最近の37.5℃以上の発熱
②治まらない全身倦怠感
③経過中に認められた呼吸器症状(呼吸困難・咳嗽・咽頭痛・味覚嗅覚の異常など)
④胸部CTまたはレントゲンで両側陰影を認める
⑤発熱・呼吸器症状に関する情報がない
予定手術では、術前検査や情報収集により、胸部レントゲンや発熱、全身倦怠感、呼吸器症状などの情報を事前に得ることができます。しかし、緊急手術では、患者さんが意思疎通不可能の場合、情報を得られないため、緊急手術の際は、必ず胸部CTを撮影しています。
4.COVID-19に対する感染対策の基本
COVID-19の拡大を防ぐために、3密(密閉・密集・密接)を避けることは世間でも一般的に知られています。その理由は、COVIDo-19が飛沫感染や接触感染、そしてエアロゾルの発生による空気感染が感染経路と考えられるためです。
①飛沫感染
くしゃみや咳をしたときや会話中に生じる飛沫が目・鼻・口などの粘膜に付着し、呼吸器に入ることで感染します。飛沫感染を防ぐためには、マスクやアイシールドなどの防護具が有効です。
②接触感染
汚染された物品や環境に触った手で、目・鼻・口などの粘膜に触れることで、呼吸器に入り感染します。接触感染を防ぐためには、手袋やキャップ、ガウンなどの装着が必須となります。
③空気感染(エアロゾル発生による)
こちらは、COVID-19特有の感染経路です。エアロゾルとは、空気中に漂っている固体や液体の粒子と気体の混合体による微細な粒子のことです。気管内吸引や気管内挿管などの手技を行う際にも発生するとされています。微細な粒子のため、通常のマスクではなく、N95マスクが必要になります。
そして、上記のような感染経路別の対策を行う上で、最も大切なのは標準予防策です。1処置1手洗いを基本とし、汚染されないよう個人防護具(PPE)を適切に着脱しなければなりません。つまり、手洗い・手指消毒・PPE装着を含めた感染予防策の徹底が重要です。具体的には、手術ルームへ入室前にN95マスク、アイシールド、アイソレーションガウン、手袋、キャップを装着します。手術ルームから出る際は、扉の手前で、手袋・アイソレーションガウン・アイシールドを外します。そして、扉の外側に出たら、扉が閉まったあとに、N95マスクを外します。
5.手術室での実際
ここからは、当院でのCOVID-19の患者さんの手術時の具体的な対策について、手術を進行していく中での場面ごとに紹介します。
1)術前準備
①手術ルーム
手術室の構造は、清浄度を保つために、外に向かって空気が流れるよう、陽圧が基本となっています。しかし、エアロゾルを廊下やスタッフステーションなど手術ルームの外にまき散らさないように、陰圧の手術ルームがある場合は、陰圧室を使用します。しかし、当院の手術室と同じように、陰圧室がない施設も多いと思います。できる限りエアロゾルをまき散らさないという観点から、当院では、手術室の出入口から最も近い手術ルームを使用しています。
②入室時間
他の患者さんとの接触はできる限り避ける必要があります。また、手術後のルームはエアロゾルを除塵するための換気時間が必要です。そのため、入室時間は当該日の最後の入室にしています。ただし、患者さんの全身状態によっては、超緊急手術として、最終手術にできない場合もあります。そのような場合は、使用した手術ルームは当該日はその後使用しないようにします。
③入室制限
患者さんとの接触をできる限り避けるため、手術ルーム内に入るスタッフは麻酔科医1名、外回り看護師1名、器械出し看護師1名を基本とし、執刀医や助手についても必要最小限の人数としています。日勤帯では、他のスタッフが手術ルームの外にいます。手術ルームの構造上、扉を開けると風が吹き出るため、エアロゾルに曝露しないよう、手術担当でないスタッフは、手術ルームの扉の前はできるだけ通らないようにし、常にサージカルマスクを装着しています。
④検査
全身麻酔で予定手術を受ける患者さんには、呼吸機能の評価のため、術前に呼吸機能検査を行っています。しかし、呼吸機能検査はエアロゾル発生のリスクが高いため、麻酔科と相談し、動脈血ガス分析で代用しています。
⑤医療機器・手術器材
使用後に洗浄する際の感染リスクを減らすため、器材はできる限りディスポーザブル製品を使用しています。全身麻酔手術の際は、ルームと麻酔器回路の汚染を防ぐため、麻酔器を余剰ガス排出装置に接続し、呼吸回路には人工鼻(高性能疎水性フィルター)を使用しています。
従来の気管内挿管の手技では、声門を直視するために口腔内を覗き込む必要があります。そのため、飛沫およびエアロゾルに曝露する危険があります。そこで、口腔内を覗き込まなくて済むようにビデオ喉頭鏡を使用することにしています。また、ビデオ喉頭鏡を使用することで、エアロゾルを発生させる挿管手技を1度の手技で確実に終えられるようにしています。
当院でも盲点だったのは、カプノメーターが搭載されている生体モニターです。当院では、生体モニターにサンプリングチューブを接続した上で、人工鼻に接続しています。このサンプリングチューブは患者さんの呼気を採取するために、生体モニターの電源が入っている限り、吸引し続けていることがわかりました。当院の人工鼻はフィルター付きのため、人工鼻に接続されている間は大丈夫ですが、挿管前後で患者さんが在室している間に、人工鼻からサンプリングチューブを外していると、エアロゾルが含まれた空気が生体モニターの本体の中に入る可能性があります。そのため、患者さん退室後30分換気した後に人工鼻との接続を外します。
もう一つ注意すべきことは、吸引器です。当院の吸引器は、吸引した空気がキャニスター内部を通過する仕組みになっています。中央配管につながる直前にフィルターがあるため、中央配管には汚染された空気が入っては行きませんが、手術終了後は、キャニスターの外側だけでなく内側も除菌クロスで拭かなくてはなりません。皆さんのご施設の生体モニターや吸引器も今一度構造をご確認ください。
⑥COVID-19対策物品カート
当手術室では、24時間緊急手術を受け入れているため、COVID-19の患者さんが緊急手術を受ける際にも、迅速に対応できるように必要物品をまとめてカートを作成しました。カートにはPPE、脱着手順、簡易マニュアルを積んでいるため、手術ルームの扉の外側に置いて使用します。当院では、夜間・休日の緊急手術では、麻酔科医紹介会社から派遣された麻酔科医が来ることもあるため、初めての麻酔科医でも当院の対応がわかるように、麻酔科医用の簡易的な手順もカートに置いています。
2)患者さん入室
①動線の人避け
入室の際は、他の患者さんや多くの医療従事者と接触する可能性が高いです。そのため、患者さんの病室から手術室までをいかにして、誰にも出会うことなく搬送するかが重要です。そこで、まず、手術室師長と患者さんが入院している病棟の師長が、病棟からエレベーターまでの区間とエレベーターから手術室までの区間をそれぞれ、人避けします。そして、手術室出入口から手術ルームに入るまで、手術についていないスタッフは廊下には出ずに接触を避けます。
②搬送方法
COVID-19の患者さんが触れた物・場所は接触感染予防のため、すべて除菌クロスで清拭しています。患者さんが手すりや扉などに触れる恐れがあるため、歩行入室はしていません。また、患者さんが触れた物を清拭しないといけないため、搬送に使用した車椅子や病棟ベッドも入室後に手術ルームから出す際に拭かなくてはいけません。しかし、夜間の緊急手術時は当院が待機制であるため、人手が少なく、できるだけ手間を省こうと考えました。そこで、病棟からストレッチャーで入室し、ストレッチャーから手術台に移乗した後は、手術ルームの隅にストレッチャーを置いたまま手術を行い、退室時はそのストレッチャーに移乗して帰室することにしています。
搬送の際の人手も最小限にするように、PPEを装着した病棟看護師1名と外回り看護師1名で入退室の搬送を行っています。
3)麻酔
全身麻酔の手術は、気管内挿管と抜管を行うため、エアロゾル発生のリスクが非常に高くなります。そのため、気管内挿管・抜管時は実施者の麻酔科医1名、麻酔科医所を行うための外回り看護師と器械出し看護師各1名、麻酔導入時の薬剤投与などの補助として主治医1名の合計4名のみ入室することにしています。挿管が終われば、麻酔科医以外の3名で、膀胱留置カテーテルの留置や体位設定を行います。
4)手術
手術の準備が整えば、器械出し看護師と主治医はPPEを外し、手術ルームから出て、外で待機している助手と手術時手洗いに行きます。執刀医、助手、器械出し看護師はアイシールド、N95マスク、滅菌ガウン、滅菌手袋(2重手袋)、シューカバーを装着して手術を行います。
当院は、サージカルスモークのための排煙装置がないため、電気メスで消化管を開放する場合は、エアロゾルへの曝露を最小限にするために、サージカルスモークを吸引嘴管で吸引するようにしています。
5)手術終了後~退室
①術後レントゲン撮影
術後は手術室でレントゲンを撮影し、体内遺残の有無を確認しています。清潔ガウンからアイソレーションガウンに着替える場合は、一旦ルームの外に出る必要があり、時間とコストがかかってしまいます。そこで、ガウンを有効に活用するため、手術中に着ていた清潔ガウンに目に見える汚染がなければ、着替えずに創部の被覆や抜管の準備を行い、レントゲンを撮影するまで手術ルームの中で全員待機しています。撮影する放射線技師はPPEを装着して入室し、カセットにはポリ袋を被せ、ポータブル撮影機とともに手術ルームの中に入ります。普段は、放射線被曝防止のため、撮影時にはルームの外に出ていますが、COVID-19患者さんの場合、ルームの外には出ず、壁際に寄って、距離を取るようにします。
②抜管
抜管時の咳嗽はエアロゾル発生のリスクが非常に高いです。そのため、抜管は麻酔科医1名で行います。そして、患者さんが咳嗽したときなどの飛沫を浴びないように、患者さんの胸の上に離被架を立て、45L容量のポリ袋の側面1辺をカットしたものを患者さんの顔に覆いかぶせて抜管をしています。抜管後は、気管内チューブとともにポリ袋も廃棄します。
外回り看護師は抜管時の体動で患さん者が転落しないように、身体を支えます。その際、サージカルマスクを持っておき、抜管後すぐ患者さんにマスクを装着します。そして、マスクを患者さんに装着した後、マスクの上から酸素マスクを付けます。退室の許可が出れば、手術ルーム内に置いていたストレッチャーに患者さんを移乗します。そして、外回り看護師は申し送りを行い、器械出し看護師は病衣などを整えたあと、手術ルームの扉の前(内側)まで搬送します。そこから、PPEを再装着した外回り看護師と病棟看護師にバトンタッチして、2名で病室まで患者さんを搬送します。
6)洗浄・清掃
①洗浄
器械出し看護師は、手術ルームの中でディスポーザブル製品をハザードボックスに捨てます、洗浄用バスケットを手術ルームに運び入れ、器械を並べます。そして、70Lのポリ袋に入れて、ルームの外に出すときにポリ袋の外側を除菌クロスで拭いてから洗浄室へ搬送します。
②清掃
基本的な清掃手順は通常と同じように行います。ただし、COVID-19では、接触感染の危険があるため、ルームの外に出す物はすべて表面を除菌クロスで清拭します。
N95マスクを装着しながらの清掃は息苦しいとの意見があったため、洗浄器械を搬出した後に、30分換気します。空気が清浄化されれば、接触感染対策のみを行い、キャップ、アイシールド、サージカルマスク(換気前に清掃する場合であればN95マスク)、アイソレーションガウン、手袋を装着し、通常通りの清掃を行います。感染性廃棄物はすべてハザードボックスに入れ蓋を閉めて、手術ルームの外へ出す際に、ハザードボックスの外側を拭きます。ハザードボックスには、COVID-19の廃棄物であることがわかるように、外側にマジックで明記し、通常通りに処理します。
6.まとめ
今回は、当院で実際に行っているCOVID-19対策を紹介しました。対策については、所属施設のマニュアルに準じた上で、参考にしていただければと思います。これから「withコロナ」の時代へと変わっていくため、結核やHIV、HCV、HBVなどと同様に、手術を受ける場合の対策をマニュアル化しておくことが重要です。
引用・参考文献
1)厚生労働省:データからわかるー新型コロナウイルス感染症情報―(2022年1月16日閲覧)https://COVID19.mhlw.go.jp/
2)(2022年1月版)新型コロナウイルス感染症の“いま”に関する11の知識(2022年1月16日閲覧)https://www.mhlw.go.jp/content/000788485.pdf
3)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第6.0版(2022年1月16日閲腹)https://www.mhlw.go.jp/content/000829136.pdf
イラスト/宗和 守