経腸栄養分野のコネクタ:新規格と旧規格の棲み分け
- 公開日: 2022/9/28
旧規格・新規格とは
2019年12月から経腸栄養分野の接続部が新規格製品(ISO 80369-3)へと切り替わってきています。当初、2021年11月末までに完全に新規格製品に切り替わることになっていたのですが、2022年5月の厚生労働省の通達により、旧規格製品も残す、となりました(以後、新規格、旧規格と表現)。
そもそも、新規格の導入には最初から問題があったのです。新規格導入の目的は誤接続防止。経腸栄養ラインを静脈カテーテルや気管チューブなどに接続できないようにすることです。しかし、日本では2000年に医薬発第888号通達1)により、経腸ラインの接続部が大口径に代わり(いわゆるカテーテルテーパー)、静脈カテーテルには接続できなくなり、誤接続問題は解決済だったのです。しかし、海外ではこの対策は行われておらず、誤接続問題は解決していませんでした。これに対する対応として、ISO 80369シリーズと呼ばれる国際規格を作り、接続コネクタを6種類として、機械的に相互に接続できないようにする、となったのです。経腸栄養領域の誤接続問題は、日本では解決済だったのに、国際規格だから日本でも導入せざるを得ない、となり、厚生労働省が導入を決定したのです。
当初から問題になっていたのが、新規格は小口径なので粘度を有する半固形経腸栄養剤とミキサー食の注入に支障が出るのではないか、でした。海外で使われているのは液体経腸栄養剤なので、今回の新規格のように口径が小さくなっても流量には問題はないと考えられていたのです。日本臨床栄養代謝学会の検討結果は「ほとんど問題ない」で、厚労省の方針を後押しするようなことになっていました。
新規格の導入が始まってから、日本重症心身障害学会などから高粘度品の注入におけるさまざまな問題が指摘されました。重症心身障害児(重心)に対するミキサー食注入において、①経腸コネクタ部分の着脱回数が多いため、ネジ式接続部の新規格では手首痛が起こる、②使用時に負担感が大きくなる、より強い力が必要になる、③薬剤投与が不正確になる、④シリンジの溝に薬剤や注入食が付着する、⑤全体的に安全性が低下する、などのデータをもとに、22,000筆の署名を添えて、重症心身障害学会、重症児福祉協会、守る会の3団体が協同で厚生労働省に旧規格の存続を要望しました。
これに対し、厚生労働省は研究班を組織しました。新規格製品への切り替えに伴う課題の整理および対応策の検討として「経腸栄養分野の小口径コネクタ製品の切替えに係る課題把握及び対応策立案に向けた研究」(厚生労働科学特別研究事業、研究代表者 名古屋大学医学部附属病院患者安全推進部教授 長尾能雅)2)が実施され、2022年5月20日の通達で「一定の条件を担保した上で旧規格製品の使用を可能とすることが適切である」3)との検討結果が出ました。
現在の問題点は?
現状として、私が把握している問題点は以下の通りです。
①新規格では、「小口径コネクタ」と厚労省も表現しているように、コネクタの口径が小さい。したがって、日本で開発された「粘度を有する半固形経腸栄養剤やミキサー食」を注入するのに抵抗が強くなり、より大きな力が必要になる。シリンジを用いて用手的に注入する場合、より強い力で押さなくてはならない。さらに、シリンジで注入する場合、新規格ではネジでの接続方式なので、ねじる操作にも力が必要になり、これを注入のたびに繰り返すことによって腱鞘炎になるというデータも報告されている。
②新規格では、旧規格とオス・メスが逆転している。シリンジの先端はメス型であるため、経腸栄養剤やミキサー食、さらには薬剤を吸引するのが難しい。吸いきれない、先端に経腸栄養剤、ミキサー食、薬剤が付着して汚くなる。薬剤の場合は、特別な先端構造を有するノズルやチップなどのアクセサリーを使用する必要がある。余計なコストがかかる。
③小児領域では薬剤の微量注入が困難で、微量注入用シリンジが必要になる。
④胃瘻症例では、胃内の空気を抜く、胃内残留量を調べるために吸引が難しい。
⑤新規格と旧規格が混在しているために、変換コネクタが必要である。
⑥新規格では患者側(オス側、経腸カテーテル側)接続部がネジ式なので、ネジの内側に経腸栄養剤などが付着すると清浄化が難しい。水に浸す、特殊な綿棒を使う、特殊なブラシを使う、などの対策が講じられているが解決できていない。経腸カテーテルは長期留置されるので、微生物が増殖して感染性(細菌性)腸炎のリスクが高くなる。
⑦旧規格では、経腸カテーテルを注入にも排液にも用いることができたが、新規格は注入用。旧規格を減圧用、排液用に用いていて、経腸栄養を開始する場合には、新規格の経腸カテーテルを挿入しなければならない。不便である。
今後はどうなる?
新規格への切り替えが始まって既に3年になろうとしています。2022年7月に私が実施した調査では、85%の病院が新規格に切り替えています。新規格に切り替えて大変なことになっている、いろいろ問題があるから旧規格に戻すべきである、などの意見は、ほとんどありません。
また、この問題には企業が大きくかかわっています。企業は経腸用の旧規格の製造を新規格へと切り替えていて、2021年11月末には、新規格製品の製造に全面的に切り替えるようにしていました。変換コネクタの製造も終了することにしていました。ところが、今回の通達で旧規格が残ることになったので、企業は対応に苦慮しています。製造ラインの変更には莫大な経費がかかります。今後、企業がどのように対応するのか、経過を見守るしかないと私は思っています。
今後、どういう流れになるのでしょうか。正しい判断ではないかもしれませんが、新規格の導入にはさまざまな問題がありますが、対策を講じながら、「大きな流れとしては新規格を使用する、しかし、一定の条件を担保した上で旧規格製品の使用を可能とする」とならざるを得ないと考えています。
また、もう一つの問題は、旧規格を使いたい症例に対して、旧規格が使用できないという状況にならないようにする必要があります。新規格に切り替えた病院において、ミキサー食で栄養管理を行っている症例が、新規格では適正な管理ができないと判断して旧規格に戻してほしい、旧規格を使わせてほしい、とその病院に申請した場合、それを病院として受け入れる体制を講じる必要があります。重症心身障害者などでミキサー食や半固形経腸栄養剤を使っている方々が旧規格シリンジと旧規格接続チューブを使えるようにする、新規格に切り替えた病院においても対応しなければなりません。
とにかく、経腸栄養領域の接続部:コネクタは複雑な問題になってしまいました。かえっていろいろな問題を引き起こしてしまったと思います。しかし、個々の症例に最も適切な栄養管理を実施することが目的なので、これを考えた対応をしなければならない、ここが重要です。新規格と旧規格の両方を理解しないといけなくなったのですが……。
実は、この両コネクタの名称も問題です。名称としては「新規格」と「旧規格」が使われるのでしょうか。新規格には、実は、ENFitRという商品名があります。しかし、この名称は欧米のGEDSAという団体に加盟している企業のみが使用できるのです。日本ではニプロだけが加盟しています。だから、ニプロは「エンフィット」と呼ぶことができます。他の企業は「アイエスオー」「ダッシュサン」と呼ぶ、という噂を聞いています。それでは旧規格は? かつては「カテーテルテーパー」「カテーテルチップ」と呼ばれていたのですが、これは正式ではないし、そもそもおかしい名称なので、だんだん使われなくなっています。正式名称と言っていいのかわかりませんが「医薬発第888号」なので「ハチハチハチ」と呼ぶべきか、という意見があります。私は、「エンフィット」に対して「L-Fit」「Large-Fit」「エルフィット」「ラージフィット」という名称を提唱しているのですけどね。
引用・参考文献
1)厚生労働省:「◆医療事故を防止するための医療用具に関する◆基準の制定等について(注射筒型手動式医薬品注入器基準等)」(2022年9月8日閲覧)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta7758&dataType=1&pageNo=1
2)長尾能雅:「経腸栄養分野の小口径コネクタ製品の切替えに係る課題把握及び対応策立案に向けた研究」(2022年9月8日閲覧)https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/155844
3)厚生労働省:「経腸栄養分野の小口径コネクタ製品の切替えに係る方針の一部見直しについて」(2022年9月8日閲覧)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc6752&dataType=1&pageNo=1