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新しい領域「腫瘍循環器」への注目高まる|日本腫瘍循環器学会メディアセミナー

  • 公開日: 2023/12/17

2023年9月7日、日本腫瘍循環器学会主催のメディアセミナーが開催されました。ここでは、当日のセミナーの様子をレポートします。


日本腫瘍循環器学会について

小室一成先生(国際医療福祉大学 副学長/東京大学大学院医学系研究科先端循環器医科学 特任教授)

がんと循環器疾患の関係

 心臓や血管にがんができるのはごく稀であること、また、がん患者さんの予後は大変不良であったことから、がんと循環器疾患が同時に問題になることは非常に少なかったといえます。

 しかし近年、がん治療の進歩により生存率が大幅に改善したことに伴い、がんと循環器疾患を合併するケースが増えてきています。実際、乳がんと診断されて治療を行い、9年が経過した患者さんでは、がんではなく、循環器疾患が原因で亡くなるケースが多くなるというデータもあります1)

 日本人の2人に1人はがんになり、55歳以上の3人に1人は心不全になるといわれ、高齢になれば、「がん」と「心不全」を合併するリスクは高くなります。循環器疾患予備軍である高齢者もがん治療を行うことが増えていますが、ほとんどの抗がん剤は心臓や血管を傷害する可能性があり、がん治療は循環器疾患を惹起することになります。また、がん患者さんは血栓症を起こしやすい状態ですが、がん治療によりそのリスクさらには高まります。

 このように、がんと循環器疾患は密接になってきており、世界的にも、「腫瘍循環器学(Onco-Cardiology)」に対する注目が高まっています。

腫瘍循環器学とは~課題と展望~

 腫瘍循環器学とは、がんと循環器の両者が重なった領域を扱う新しい臨床研究分野です。海外では次々に学会組織が設立されており、日本でも、がん患者さんにおける循環器疾患の治療と心血管系副作用に対する最善の医療の確立へ向けて、2017年10月に「日本腫瘍循環器学会」が設立され、次の6つの目的を掲げて活動を行っています。

1)腫瘍循環器学の啓発・普及・教育

 前述したように、がんと循環器疾患は密接な関係にあります。このことを広く知ってもらうために、腫瘍循環器学会では多くの教育ウェビナーを作成して学会ホームページ上に掲載するとともに、学術集会も毎年開催しています。また、腫瘍循環器学は新しい領域のため、医師の間でもその認知度は低く留まっており、会報やSNSでの発信などを通して、認知度の向上を図っています。

2)診療体制の整備

 ほかの診療科と異なり、循環器内科ではがんを扱っていないことから連携を図るのが難しく、診療体制の整備に力を入れていく必要があると考えています。さらに、全国のがんセンターにおける常勤の循環器医が少ないばかりか、循環器医が不在のがんセンターもあるなど、まだまだ課題が多いのが現状です。

3)わが国における診療指針(ガイドライン)の策定

 診療ガイドラインに関しては、2020年に『腫瘍循環器診療ハンドブック』を作成し、続いて2023年3月に、日本癌治療学会、日本循環器学会、日本心エコー図学会の協力のもと、『Onco-cardiologyガイドライン』を発行しました。

4)疫学研究、臨床研究の推進

 疫学研究や臨床研究が多く行われるようになり、がん患者さんにおいても、血圧や高脂血症などの生活習慣の管理が非常に重要であることがわかってきました。また、免疫チェックポイント阻害薬による心筋障害がどういう患者さんで起こりやすいのかについて、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて研究を始めています。

5)病態解明のための基礎研究を推進

 がんや抗がん剤による心血管疾患の発症機序を解明し、予防・治療に役立てるための基礎研究に取り組んでいます。

6)産官学連携による戦略的な取り組みの推進

 2023年8月に、「がん患者に発症する心血管疾患・脳卒中の早期発見・早期介入に資する研究」に対し、厚生労働省から補助金を受けることができました。がん患者さんとがんサバイバーのために、産官学が連携して研究を進めています。

がん治療における腫瘍循環器診療の意義について(腫瘍内科医の立場から)

南 博信先生(神戸大学大学院医学研究科 腫瘍・血液内科)

 がん治療と心血管障害の発生には、関連があることが明らかになっています。成人になってがん治療を行った患者さんのみならず、小児期にがん治療を終えた患者さんが成人期に心血管障害を発症するリスクも高く、年齢の近い同胞や兄弟と比較して、心不全の発症リスクは約15倍、冠動脈疾患の発症リスクは約10倍に上ります2)

 臨床試験の側面から、がん治療と心血管障害の関係をみてみると、34%のがん患者さんが、心血管障害があったために臨床試験に参加できなかったというデータがあります3)。これは裏を返せば、たとえその薬剤の有効性が示されて臨床で使えるようになったとしても、34%の患者さんには使えない可能性があることを意味します。

 また、これまでは、アントラサイクリン系抗がん剤の心毒性ばかりが問題になっていましたが、現在では、免疫チェックポイント阻害薬による心筋炎での死亡率上昇、分子標的薬(ポナチニブ)による冠動脈閉鎖の頻度の上昇などにも注意しなければなりません。ポナチニブについては、投与量を減らして心血管障害のリスクを抑えることも検討されましたが、減量すると治療成績を落とすことがわかり4)、適正量での使用が望まれます。

 臨床試験で推奨された用法用量を守りながら、心血管障害のリスクにも考慮した治療を進めるには、循環器医の支援が不可欠です。心血管障害を起こしても、適切な循環器科的介入により治療を再開・継続できるケースも多く、さらなる腫瘍循環器の人材育成、診療や研究体制の構築が必要であると考えています。

がん治療における腫瘍循環器診療の意義について(循環器内科医の立場から)

南野 徹先生(順天堂大学医学部附属順天堂医院 循環器内科)

 抗がん剤による心血管障害としては、アドリアマイシン心筋症がよく知られています。以前は不可逆と考えられていましたが、早期に診断し治療を開始することで、心機能の回復につなげられることがわかってきました5)。さらに近年では、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、免疫調節薬などによる心不全、不整脈、血栓塞栓症なども問題視されていますが、循環器医が最新のがん治療薬の知識をキャッチアップしていくことは難しいのが現状です。

 また、循環器内科とがん治療にかかわる他の診療科とでは、「心不全」に対する認識の違いがあります。多くのがん治療薬の臨床試験では、症候性心不全を有害事象の指標としているのに対し、循環器内科では症状が出現していない段階での早期診断・介入を重視しています。こうした状況のなか、当院では2018年に腫瘍循環器外来を設置し、各診療科から循環器内科への相談窓口として、非常に重要な役割を担っています。

 がん治療における心血管障害の管理方法に関するエビデンスはまだ十分ではなく、患者さんに対する啓蒙活動の実施など、課題も多くあります。循環器医とがん治療にかかわる診療科の医師が密に情報共有をしながら円滑に連携していくことが、腫瘍循環器の発展はもちろん、患者さんのためにも重要と考えています。

Onco-cardiologyガイドラインの概要

矢野真吾先生(東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科)

 がんの治療方針は、患者さんの症状、患者さんの好み、エビデンス、そして専門家の専門性の4つの要素を総合して決定しますが、判断材料として役立つのがガイドラインです。

 腫瘍循環器領域のガイドラインについては、2023年3月に『Onco-cardiologyガイドライン』を発行しました。作成メンバーは、日本腫瘍循環器学会、日本心不全学会、日本臨床腫瘍学会、日本癌治療学会から推薦を受けたメンバーで構成され、次の10点を重要臨床課題として設定しました。

1.がん薬物療法中の心機能のモニター(心エコー図検査)
2.心血管イベントを発症した患者に対する薬物療法の選択
3.トラスツズマブのマネジメント
4.血管新生阻害薬のマネジメント
5.プロテアソーム阻害薬(Carfilzomib)のマネジメント
6.免疫チェックポイント阻害薬のマネジメント
7.がん薬物療法における静脈血栓塞栓症のマネジメント
8.がん薬物療法における肺高血圧症のマネジメント
9.ステージB心不全のマネジメント
10.がん薬物療法における心血管イベントの予防

 ガイドラインの概要ですが、定期的に心エコー図検査を行ったほうがよいか、心血管イベントや抗がん剤の使用に伴いどのような注意が必要か、静脈血栓塞栓症、肺高血圧症、心不全を起こした場合にどのように対応するかについて、全部で16個のクリニカルクエッションを設置しています。ただし、このうちエビデンスがあって推奨文を記載できたのは5つにとどまり、推奨文を記載できなかったものに関しては、Background Question*1やFuture Research Question*2としてステートメントを記載しています。

*1 基本的な知識で臨床に広く行われている内容であり、今後新たなエビデンスが出てくる可能性が少ないと考えられるQuestion
*2 エビデンスが不足しているためシステマティックレビューに進めなかったが、今後の重要な課題と考えるQuestion

引用文献

1)Patnaik JL,et al:Cardiovascular disease competes with breast cancer as the leading cause of death for older females diagnosed with breast cancer: a retrospective cohort study.Breast Cancer Res 2011;13(3):R64.
2)Congestive heart failure in patients treated with doxorubicin: a retrospective analysis of three trials.Cancer 2003;97(11):2869-79.
3)Bonsu J,et al:Representation of Patients With Cardiovascular Disease in Pivotal Cancer Clinical Trials.Circulation 2019;139(22):2594-96.
4)Cortes J,et al:Ponatinib dose-ranging study in chronic-phase chronic myeloid leukemia: a randomized, open-label phase 2 clinical trial.Blood 2021;138(21):2042-50.
5)Daniela C,et al:Early detection of anthracycline cardiotoxicity and improvement with heart failure therapy.Circulation 2015;131(22):1981-8.

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