不安・不眠への対応|症状別がんの緩和ケア
- 公開日: 2019/10/29
I.はじめに
がん患者さんの緩和ケアで対応しなければならない症状は一つではなく、複合的に起こっている症状に対応しなければなりません。
今回は、不安と不眠の症状のある患者さんのケアについて解説します。
II.事例の概要
A氏38歳女性 乳がん、リンパ節転移、肺転移で終末期の段階
ご家族は両親のみ
A氏は、がんが見つかるまで企業の秘書をしていました。まじめな性格で、医師や看護師からの説明も冷静に聞き、一見落ち着いている様に見えました。
大部屋に入室していましたが、夜間遅くまでTVが付いていることが多く、TVは付いているものの、心ここにあらずの状態に見えました。夜間巡回の際に声掛けをしても、訴えは少なく、本人の気持ちを尊重し、訴えを待つことにしました。
たまたま夜勤業務が落ち着いた日があり、A氏の様子も穏やかであったため、ベッドサイドに腰かけさせてもらい、日々のA氏の様子から気にかけていたことを伝え「今のお気持ちを聞かせてもらいたいです」と正直に話しました。
そうしたところ、「どうしてがんになったのか」「自分はまだ38歳でやりたいこと事もあった」「両親より先に逝くなんて親不孝だ」と話し、これらを考えると夜も眠れず、暗闇が不安を増強するようでした。
III.アセスメントとケアの計画・実践
Point①不安とスピリチュアルペインへの対応をカンファレンスで考える
A氏が訴えたことは「不安」と「スピリチュアルペイン」であると考えらます。
まずは夜間の睡眠の確保するが大切であると考えました。そして不安に対しては、カンファレンスで相談し、A氏の様子を見ながら看護師が話しかけたり、散歩に誘ったりと一緒に居る時間を作るようにし、A氏が心情を吐露しやすい状況を作るように心がけました。
Point②薬剤を使用し、睡眠を確保
A氏と相談し睡眠導入剤と抗不安薬の投与が始まりました。
どちらも低用量からのスタートだったため、当初はなかなか効果が得られませんでしたが、徐々に増量し、A氏に合った量を見つけることができました。
それにより夜間の睡眠は何とか確保できる状態になりました。
Point③不安をできるかぎり解消するため、両親に働きかける
「不眠」は解消できたため、次は「不安」の解消について考えました。
ここでご両親のご協力を得たいところであはありますが、ご両親も同じくつらい立場であることは容易に想像できました。
娘を喪うつらさ、弱ってゆく娘を目の当たりにしなければならないつらさが想像できるからこそ、ご両親の思いを聞くタイミングには細心の注意を払いました。
A氏は経済的な不安を口にすることがありましたが、A氏の育った環境は経済的には恵まれており、父親には資産がありました。しかしA氏は独立した一人の大人としての思いもあり、できるかぎり両親の世話にはなりたくないと話すこともありました。
A氏のご両親は非常にインテリジェンスの高い方々で、医師の説明も理解を得られ、非常に落ち着いた様子で説明を聞かれていた姿が印象的でした。
医師からの説明後、A氏のご両親とゆっくりお話しする機会をもつことができ、A氏の病状が思ったよりも深刻であったこと、喪うことはある程度覚悟はしていたが、思うより時間がないと感じたこと、これから娘であるA氏にどのように接して行けばよいのかなどの困惑した言葉が聞かれました。
本来であれば親子で思いを吐き出すことができればよいのだと考えましたが、A氏親子はお互いに自律しているがゆえ、思いを吐き出せないでいると考えられました。
A氏のご両親には、「Aさんが病気でもそうでなくても、素敵な娘さんであることは変わりありません。ご両親のことを心配され、いつも気にかけてらっしゃいます。なのでいつも通り接していただくのが一番かも知れません。そしてAさんも苦痛を抱えています。もしその苦痛をご両親に吐き出せるようなことがあれば、おつらいでしょうが、受け止めて差し上げてほしいと思います」と話したところ、ご両親は静かに涙されていました。
Point④A氏にご両親との対話を促す
看護師と介護士でカンファレンスを行い、その結果A氏にも、ご両親が気にかけていることを伝えました。
自律心の高いA氏であるため、なかなかご両親に思いを打ち明けることができないと話されていました。
A氏は一人っ子でご両親の愛情を全て受けて育ってきました。成績も優秀で、中学校から大学まで私立の学校に通い、青春時代を過ごしました。その中で「挫折してはいけない」「期待に応えなければならない」という思いが自然に生まれたといいます。
しかし大好きなご両親。本当は自分の思いを受け止めてもらいたいとA氏は話しました。
そこで看護師は「その今私にお話しくださった思いを、そのままご両親に伝えることは難しいですか?」と聞きました。A氏は少し考え、「話してみようかな」と少し微笑んで話されました。
IV.ケア実践後に評価・アセスメントをする
その後A氏はご両親に自分の思いを話すことができ、ご両親もA氏に思いを伝え、面会の時間はとても和やかで穏やかに過ごされていました。
面会以外の時間でもA氏の様子は穏やかで、夜間の睡眠も自然に確保でき、「今日は眠れそうだから、薬はやめてみようかな……」などの言葉が聞かれ、夜間の薬剤は屯用にすることができました。
率直にA氏、ご両親と話すきっかけを促したり、夜間の睡眠を確保できるように薬剤の使用や環境調整を行えたことが不安の軽減と、不眠の解消につながったと考えられます。
まずは患者さん本人、患者さんのキーパーソンの安心を確保することが重要であると考えられます。
普段からのちょっとしたかかわりから看護師、介護士との信頼関係を構築し、A氏のご両親に対する思いなどを聞くことができました。
これは立派なケアであり、また看護師だけではなく介護士などの他職種も交えてのケアであったと考えられます。
V.終わりに
不安とは、これから起こる事態に対する恐れから、心配になったり気持ちが落ち着かなくなったりすること、つまり、不確実な脅威に対する心理反応です。
人は不安になると、さまざまな症状を呈します。
身体面では動悸や、発汗、震えなどの自律神経系の症状が出現しやすく、精神面では緊張し不眠に陥ることなどがあります。行動面では落ちつかず集中力が低下したり「大丈夫」など他人からの保証を繰り返し求めたりします。
自分の気持ちを表出したり身体的な症状を呈したりする患者さんの場合、不安は気付かれやすいですが、気持ちを表出しなかったり目立った症状がない患者さんの場合、不安は見過ごされやすい傾向にあります。そのため、医療者は患者さんが普段よりも元気がない、口数が少ないなど、活動性が低下していないかという視点でも十分観察する必要があります。
そしてがん患者さんの家族は、患者さんを思いやるがゆえに、死やそれにつながる絶望的な情報を遠ざけることで自身や患者さんを守ろうとしたり、死の接近を患者さんに悟られまいと、これまで通りの接し方を続けようとしたりする傾向があります。このような場合患者さんと家族の間でオープンなコミュニケーションが取りにくくなり、両者の思いや意思にズレが生じることも少なくありません。
参考文献
武田文和,監訳:トワイクロス先生のがん患者症状マネジメント 第2版.医学書院,2012.