腹痛を訴える患者さんのアセスメントと対応
- 公開日: 2020/12/20
事例紹介
患者背景Cさん、80歳代、女性
・既往歴:高血圧、帝王切開、胆石にて70歳代に手術歴あり
・内服薬:降圧薬
・アレルギー:なし、海外渡航歴:なし、喫煙歴:なし、飲酒:なし
・最終飲食:18時、生ものの摂取なし
現病歴
娘夫婦と共に生活している。半年前に夫を亡くし、それ以来あまり活動的でなくなった。2カ月前から食事の摂取量が減り、立ち上がる際に時折フラつきがあった。もともと便秘気味でお腹が張っている。2週間ほど前に黒っぽい便があった。
本日、突然の激しい腹痛と嘔吐がみられたため、当院へ受診となった。待合室ではお腹を抱えながら、家族の隣で横になっている。
娘「父が亡くなってから、あまり外に出なくなったので、足腰が弱ってきたのかと思ってました。食欲も減ってましたが、年だし、父が亡くなって慌ただしかったので、あまりおかしいと思っていませんでした」
身体所見
意識レベルJCSⅠ-2、GCS 14(E4V4M6)、呼吸28回/分、脈拍118回/分、SpO2 98%、血圧90/54mmHg、体温37.8℃、quickSOFA(qSOFA)3点
持続する突然の激しい腹痛。やや頻呼吸。顔面蒼白あり。眼瞼結膜蒼白あり。胸郭運動の左右差なし。異常呼吸音なし。筋性防御・反跳痛あり。打診痛あり。外傷なし。末梢は温かい。皮膚の湿潤ややあり
検査
血液検査:Hb 7.2g/dL、Hct 23.2%、WBC 14000/μL、CRP 2.18mg/dl、pH 7.253、PCO2 30.5mmHg、PO2 97.8mmHg、HCO3‐ 12.4mmol/L、BE -13.0mmol/L、Lac 4.21mmol/L
不定愁訴かどうかを見極める
「腹痛」は主観的な体験であるとともに、他覚的・客観的所見に乏しい場合もあり、経過観察で問題ないか、緊急な対応を要するのかの判断が難しいケースがあります。また、事例の患者さんは、普段から腹部の不快感や不調を認めるため、不定愁訴かどうかを見極めることから始めます。
事例において見極めが必要な患者さんの訴え
・突然の激しい腹痛に襲われた
不定愁訴かどうかの見極め方
本事例は、2カ月前からと長期にわたる経過であること、腹部全体で非局在性の痛みの分布であること、腹部症状の程度が軽度であったことから、不定愁訴が考えられました。
しかし、突然の激しい腹痛の出現や嘔吐がみられるなど、客観的に捉えられる新たな症状が出現しています。その変化は不定愁訴と捉えにくく、緊急度・重症度が高い疾患がないか見極める必要があると判断しました。
状態を把握する
事例から読み取るべき患者さんの状態
・顔面蒼白、眼瞼結膜蒼白、皮膚湿潤が認められる
・呼吸28回/分と頻呼吸、脈拍118回/分と頻脈である
・qSOFA 3点である
・末梢が温かい
・腹膜刺激徴候がみられる
状態把握のために必要な知識とポイント
ポイント1:ABCDを評価するA(気道)、B(呼吸)、C(循環)、D(意識)の評価を行います。Cさんは発語があり、気道の開通はみられていますが、呼吸はやや早く、顔面蒼白や末梢の湿潤を生じているため、循環に異常をきたしている可能性があります。会話ができていることから、意識レベルはJCSⅠ桁であると評価します。これらの情報を統合すると、Cさんは重症感があり、ショックの徴候を認めます。
ポイント2:急性腹症の可能性を確認する
腹痛の患者さんでは、急性腹症かどうかを見極める必要があります。急性腹症とは、急激に発症し、激しい腹痛を主訴とする腹部疾患の総称です。腹部膨満、嘔気・嘔吐、下痢や下血などを伴う場合があり、『急性腹症診療ガイドライン2015』では、「発症から1週間以内の急性発症で、手術などの迅速な対応が必要な腹部疾患である」1)と定義されています。
Cさんは2カ月前からの症状に加えて、急な症状の変化があり突然の激しい腹痛を訴えていること、嘔吐症状が新たに生じていることから、急性腹症の可能性が考えられます。
急性腹症の原因となる疾患・病態は多岐にわたりますが、緊急度の高いものとして、膵炎や胆嚢炎といった炎症性疾患、消化管穿孔などの臓器が破れることで腹腔内に炎症が生じる病態、上腸間膜動脈塞栓症や絞扼性イレウスなど腸管が壊死を起こし敗血症へ陥る病態、解離性大動脈瘤や急性冠症候群といった血管の病変があります(表1)。
病状が進行し、敗血症へ移行すると致命的となるため、これらをいかに早期に抽出するかが重要となります。
表1 急性腹症の原因となる主な疾患・病態
・腹部大動瘤脈破裂
・大動脈解離(心タンポナーデ)
・肝・脾・腎破裂
・消化管穿孔
・上腸間膜動脈閉塞症
・異所性妊娠
・心筋梗塞
ポイント3:敗血症のリスクを確認する
重症化する可能性の高いハイリスク感染症を簡便に識別するための臨床指標として、qSOFA(表2)が推奨されており、バイタルサインの測定と同時に判断します。
Cさんの場合、呼吸22回/分以上、収縮期血圧100mmHg以下、意識レベルGCS14点以下で、quick SOFAは3点でした。また、血液ガス分析によりLacの上昇と代謝性アシドーシスを認め、敗血症の初期に生じるウォームショックもみられたことから、敗血症性ショックに至っている可能性が高い状態といえます。
表2 qSOFA
項目 | スコア |
---|---|
呼吸数≧22/分 | 1 |
意識の変容 | 1 |
収縮期血圧≦100mmHg | 1 |
※2点以上の場合は敗血症を疑う
Singer M et al,The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3).JAMA.315(8),2016,801-10.を参考に作成
ポイント4:腹部所見を確認する
Cさんは腹膜刺激徴候である筋性防御・反跳痛がみられ、腹膜に炎症を起こしていることが示唆されます。腹部所見をとる際には、腹痛部位や痛みの種類(内臓痛、体性痛、関連痛)なども確認します。疾患や炎症の程度を予測できるため、大切なポイントとなります(表3、表4)。
表3 腹痛部位から予測される主な疾患
部位 | 予測される主な疾患 |
---|---|
心窩部 | 胃十二指腸潰瘍/穿孔、急性冠症候群、急性虫垂炎初期など |
右上腹部 | 胆嚢・胆管疾患、右腎疾患など |
左上腹部 | 食道炎/破裂、脾臓疾患、膵炎、血管系疾患 |
臍周囲 | 腹部大動脈瘤破裂、イレウス、腸炎 |
右下腹部 | 急性虫垂炎、右尿管結石、大腸炎/穿孔 |
右上腹部 | 胆嚢・胆管疾患、右腎疾患など |
左下腹部 | 便秘、左尿管結石、大腸炎/穿孔、異所性妊娠 |
臍下部 | 膀胱炎、卵巣疾患(卵巣捻転や出血など)、骨盤内炎など |
腹部全体 | 大動脈瘤破裂、腸間膜動脈塞栓、消化管穿孔、糖尿病性ケトアシドーシス |
腰背部 | 大動脈解離、腹部大動脈瘤破裂、膵炎、尿管結石 |
表4 内臓痛と体性痛
内臓痛 | 体性痛 | |
---|---|---|
状態 | 炎症が臓器内に留まっている | 炎症が壁側腹膜まで及んでいる |
痛みの性状 | 鈍い痛み | 鋭い痛み |
痛みの特徴 | 間欠的 | 持続的 |
部位 | 非局限性 | 限局性 |
腹膜刺激徴候 | なし | あり |
緊急度を判断する
Cさんは、顔色不良、呼吸促迫、頻脈、皮膚湿潤といったショックの徴候があること、敗血症性ショックを生じている可能性があることから、緊急度は高いと判断します。
腹痛の訴えであったとしても、上腹部痛であれば心筋梗塞の可能性が考えられ、緊急度は高まります。
状態に合わせて対処する
Cさんはショックの徴候が認められているため、速やかに医師へ報告します。
A(気道)、B(呼吸)、C(循環)の評価を行い、安定化を図り、医師の診察まで安全に対応ができるようモニターを装着します。モニタリングにより、バイタルサインの変化を持続的・視覚的に評価できるだけでなく、循環に関して静脈路を確保することで、循環動態の変化が生じた際に迅速な対応が可能となります。
安定化が保てない状況では、救急カートを準備しておくことも重要です。医師の指示が出たら、早期にX線や造影CTなどの画像検査を行えるよう準備し、緊急手術に備えて必要物品を揃え、周囲のスタッフと情報の共有を行います。
疼痛は主観的な要素であるため、患者さんが最も安楽と感じる体位をとってもらうことも大切です。Cさんは突然の激しい腹痛で苦しそうな様子だったため、下肢を屈曲してもらい、腹壁の筋緊張の緩和を図りました。ベッドから転落することがないよう、安全管理に十分注意します。
医師に報告する
ISBARCなどのツールを使用して、患者さんの状態を簡潔にまとめて報告します(表5)。看護師としてどのようにアセスメントしたかを報告することが大切です。
表5 ISBARCを用いた報告例
報告例 | |
---|---|
Identify (報告者と患者の同定) | ・○○病棟の看護師××です。急激な腹痛を機に来院されたCさんについて報告します。 |
Situation (患者さんの状態) | ・Cさんが腹痛を訴えショックの状態です。 |
Background (入院の理由・臨床経過) | ・持続的な激しい腹痛と腹膜刺激徴候がみられます。 ・会話は可能ですが、呼吸が早く、顔面蒼白や皮膚の湿潤などがみられ、qSOFAが3点です。 |
Assessment (状況評価の結論) | ・急性腹症の可能性があると思います。 |
Recommendation (提言または具体的な要望・要請) | ・すぐに診察をお願いします。すぐの診察が困難な場合は、CTなど検査指示をお願いします。 |
Confirm(指示受け内容の口頭確認) | ・(医師から指示があれば、指示の内容を復唱) |
対応の流れを振り返る
腹痛を訴える患者さんへの対応の流れについて、フローチャートで振り返ります。
引用・参考文献
1)急性腹症診療ガイドライン出版委員会 編:急性腹症診療ガイドライン2015.医学書院,2015,p.16.
●日本救急医学会 監:救急診療指針 第5版.へする出版,2018,p.318.
●橋内千一:qSOFA(quick SOFA)基準.日本版敗血症診療ガイドライン2016(J-SSCG2016)ダイジェスト版.西田修.真興交易医書出版部,2017.