胸痛を訴える患者さんのアセスメントと対応
- 公開日: 2021/1/22
事例紹介
患者背景Dさん、50歳代、男性
・既往歴:糖尿病、手術歴なし
・内服薬:なし
・アレルギー:薬物アレルギーなし、食物アレルギーなし
現病歴
午前11時頃に突然動悸が出現。その後、安静にして様子を見ていたが症状が治まらず、気分が落ち着かなくなり、午後12時頃に救急外来受診。胸を押さえながら「動悸がするし、胸に違和感もあって気分が落ち着かない」と訴える。動悸がしたり、胸に違和感を覚えたりすることはこれまでも何度かあったが、苦しさや痛みなどを感じたことはなく、すぐに治まったため受診はしていない。
身体所見
意識レベル GCS15(E4V5M6)、呼吸18回/分、心拍70回/分(洞調律)、血圧120/60mmHg(右上腕)・120/64mmHg(左上腕)、SpO₂ 99%、体温36.0℃
初期アセスメント
・外観:顔色不良などないがソワソワして落ち着きがない
・気道:会話は可能で気道開通あり、気道狭窄音なし
・呼吸:呼吸促拍なし、喘鳴なし、呼吸補助筋使用なし
・循環:顔色不良なし、末梢冷感あり、冷汗あり、皮膚湿潤なし、橈骨動脈触知良好
・意識:意識は清明、瞳孔不同なし、四肢麻痺なし
・脱衣と外表、体温:外出血なし、異常体温なし
・家族:付き添いなし
検査
・12誘導心電図:ST上昇
・臓超音波検査:前壁中隔の壁運動低下あり
・胸部X線検査:陰影拡大なし、緊張性気胸なし
・心筋マーカー:CK-MB21 IU/Lの上昇
ST上昇型急性心筋梗塞(ST-elevation acute myo-cardial infarction:STEMI)の診断にてICUへ収容
不定愁訴かどうかを見極める
「胸痛」は主観的な体験であるとともに、他覚的・客観的所見に乏しい場合もあり、経過観察で問題ないか、緊急な対応を要するのかの判断が難しいケースがあります。また、胸の痛みを「胸の違和感」「息苦しさ」で表現する患者さんも多くいます。事例の患者さんは、以前より胸の違和感を認めるため、不定愁訴かどうかを見極めることから始めます。
事例において見極めが必要な患者さんの訴え
・動悸や胸部に違和感がある
不定愁訴かどうかの見極め方
Dさんは、これまでも何度か動悸や胸部の違和感を経験しており、すぐに治まっていること、胸部症状も軽度であったことから不定愁訴が疑われます。
しかし、今回は冷汗や末梢冷感がみられ、客観的に捉えられる新たな症状が出現しています。このことから、不定愁訴の可能性は低いと考えられます。
また、糖尿病による神経障害のためか痛みを自覚していませんが、突然の動悸、胸部の違和感、冷汗から胸痛を生じていることが示唆されます。そのため、主訴を胸痛と捉え、緊急度・重症度の高い疾患がないか見極める必要があると判断しました。
状態を把握する
事例から読み取るべき患者さんの状態
・冷汗、末梢冷感がみられる
・動悸と胸部の違和感が1時間以上持続している
・痛みの自覚症状がない
・12誘導心電図でST上昇がみられる
状態把握のために必要な知識とポイント
ポイント1:ABCDを評価するDさんは、ショックの症状の1つである冷汗を認め、第一印象で重症感があります。バイタルサインは比較的安定していますが、冷汗や末梢冷感がみられることから、循環に異常をきたしている可能性があります。
ポイント2:胸痛の原因を把握する
胸痛の原因として見逃してはいけない疾患・病態は5つあり、ファイブ・キラー・チェスト・ペインズといいます(表1)。胸痛の患者さんの場合、この5つを思い浮かべる必要があります1)。
表1 胸痛で注意すべき5つの疾患・病態(ファイブ・キラー・チェスト・ペインズ)
・急性冠症候群
・急性大動脈解離
・肺塞栓症
・緊張性気胸
・食道破裂
Dさんは、心拍数が70台で血圧に左右差もなく、明らかな異常はみられませんでした。しかし、発症様式に的を絞った問診と身体所見から、冠危険因子である糖尿病の既往がある、突然の動悸と胸部の違和感が出現し、1時間以上持続している、冷汗や末梢冷感がみられるなど、急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)を示唆する所見を認めました。
また、糖尿病患者さんがACSを発症した場合、胸痛の訴えが少ない傾向にあるとされています2)。Dさんが痛みを自覚していない点も、ACSが疑われる要因の1つと考えられます。
ポイント3:12誘導心電図の所見を確認する
ACSが疑われる場合、まずはST の上昇に注目します。ST上昇を認めた場合、ST 上昇型心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction:STEMI)を発症しているおそれがあり、早急な対応が必要となるためです。Dさんは、12誘導心電図でST上昇がみられており、STEMIの可能性がある状態といえます。
12誘導心電図のほかに必要な初期検査は、血液ガス分析、心臓超音波検査、迅速超音波検査(rapid ultrasound for shock and hypotension:RUSH)、胸部X線検査、造影CT検査、血液検査(血算・CK・FDP/DD)、心筋マーカー(CK-MB・トロポニン・H-FABP)があります。
緊急度を判断する
Dさんは、冷汗がありショックの徴候を認めること、STEMIの可能性があることから、緊急度は高いと判断します。
状態に合わせて対処する
Dさんはショック徴候が認められているため、速やかに医師へ報告します。
さらに、12誘導心電図でST上昇を示しており、STEMIの可能性が高い状態です。ST上昇を示した患者さんに対しては、生命予後および神経学的転帰の改善の観点から、プライマリ経皮的冠動脈インターベンション(primary percutaneous coronary intervention:pPCI)の施行が推奨されています3)。
生理的状態の観察・評価を繰り返し行うとともに、door to balloon time (DTBT)*に向けて、アルゴリズム(「JRC蘇生ガイドライン2015」第5章 急性冠症候群.p.44.図8を参照)に沿って準備を迅速に行います。
心拍出量減少に関連した胸部圧迫感、初期対応の切迫感は不安や恐怖を助長させます。不安や恐怖は心筋の酸素消費量の増加につながることがあります。今後の見通し、検査・治療について説明を行い、精神的・身体的な安静が得られるよう援助します。
*STEMIの患者さんが病院到着してから治療が開始されるまでの時間
医師に報告する
今回の事例では迅速にPCIを行う必要があります。このような緊迫した場面では、ISBARCを活用し、要領よく手短に報告することが重要となります(表2)。ポイントは結論から報告することです。医師と良好なコミュニケーションを図り、患者さんの安全に繋げましょう。
表2 ISBARCを用いた報告例
報告例 | |
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Identify (報告者と患者の同定) | ・トリアージ看護師の〇〇です。動悸と胸部の違和感を訴えている患者さんがいます。 |
Situation (患者さんの状態) | ・冷汗を認め、ショック徴候があります。 |
Background (入院の理由・臨床経過) | ・突然の動悸と胸部の違和感が出現し持続しているそうで、胸を押さえています。 ・心拍数70台で血圧左右差ありませんが、12誘導心電図でv1-v4にST上昇がみられます。 |
Assessment (状況評価の結論) | ・急性冠症候群の可能性が高いと思います。 |
Recommendation (提言または具体的な要望・要請) | ・初療1ベッドにすぐに来てください。 |
Confirm(指示受け内容の口頭確認) | ・(医師から指示があれば、指示の内容を復唱) |
対応の流れを振り返る
胸痛を訴える患者さんへの対応の流れについて、フローチャートで振り返ります。
引用・参考文献
1)徳田安春:胸痛のレッドフラッグ5疾患.迅速・的確なトリアージができる! ナースのための臨床推論.メジカルフレンド社,2016,p.21.
2)DeVon H. A,et al:The association of diabetes and older age with the absence of chest pain during acute coronary syndromes, Western J. Nurs. Res 2008;30(1):130-44.
3)日本循環器学会,他編:急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版),p.33.(2021年1月21日閲覧)http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2018_kimura.pdf
●日本救急看護学会 監:救急初療看護に活かすフィジカルアセスメント.ヘルス出版,2018,p.150.