寒冷凝集素症と新薬への期待
- 公開日: 2022/9/14
2022年8月3日、「国内初・唯一の治療薬「エジャイモⓇ」寒冷刺激で起こる『寒冷凝集素症』のアンメットニーズと展望」と題した、サノフィ主催のメディアラウンドテーブルが開催されました。ここでは、西村純一先生(大阪大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学)の講演「寒冷凝集素症と新薬への期待」をレポートします。
寒冷凝集素症(CAD)とは
寒冷凝集素症(cold agglutinin disease:CAD)とは、自己抗体の一種である寒冷凝集素によって溶血性貧血を引き起こす、希少血液疾患の一つです。基礎疾患を認めない特発性(一次性)と、何らかの基礎疾患を認める続発性(二次性)とに大きく分かれますが、一般的には特発性が多いとされています。
CADの疫学
溶血性貧血は、自己免疫性溶血性貧血(autoimmune hemolytic anemia:AIHA)、発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria:PNH)、先天性の大きく3つに分類され、約半数をAIHAが占めます1)。
AIHAはさらに、温式AIHA、CAD、発作性寒冷ヘモグロビン尿症(paroxysmal cold hemoglobinuria:PCH)に分かれ、そのうち4%の患者さんがCADと考えられています1)。
2020年のデータによると、日本におけるCAD患者数は60歳代後半から70歳代にかけてピークを迎え、男女差は認めません2)。
CADの病態
寒冷凝集素は冷式抗体のため、身体の末端部などの低温下で活性をもちます。ひとたび寒冷凝集素が活性化すると、多くの赤血球を引き付けて凝集が発生する(赤血球凝集)のと同時に、補体の結合と活性化が起こります。
身体の末端部で活性化した寒冷凝集素は、血中温度が37℃程度の体幹に移動すると活性を失い赤血球から離れますが、補体の活性は維持されます。補体が結合・活性化した赤血球は、マクロファージ(主に肝臓に存在するクーパー細胞)に貪食されることから、血管外溶血に至ります。
また一部では、補体の終末経路が活性化され、細胞膜侵襲複合体を生じる場合があります。この複合体は赤血球を直接溶血する作用をもつため、血管内溶血を来たします。
CADの症状、合併症
CADの症状は、「寒冷曝露下の赤血球凝集によって起こる末梢循環障害に伴う症状」と「溶血による慢性貧血」に大きく分けられます。
具体的に、前者では先端チアノーゼ、レイノー現象、末梢の感覚障害、皮膚の網状皮斑、皮膚潰瘍などがみられ、後者では貧血、疲労感、虚弱、労作時呼吸困難などを認めます。これら以外にも、溶血が血管外で起これば黄疸が、血管内で起こればヘモグロビン尿の症状が出現します。
そして、CAD患者さんの生命予後に最も影響を及ぼす合併症として忘れてはならないのが、血栓塞栓症です。欧米では静脈系の血栓塞栓症が多く3)、日本では動脈系の血栓塞栓症が多い2)という違いはありますが、いずれにしても、CAD患者さんに起こりやすいことがわかっています。
血栓塞栓症の発生率は冬が高い傾向にありますが、統計的にはほかの季節と大きな差はなく、四季を通じて発症するといえます2)。
CADの診断
CADを含む溶血性貧血を診断する際は、まず、症状や検査結果などから溶血の有無を確認します。溶血性貧血であれば、広範囲の直接クームス試験を実施し、AIHAであるか否かを確認しますが、陽性が認められた場合はさらに特異的試験にかけて鑑別を行います。補体に強く反応し、寒冷凝集素価が≧64倍であればCADと診断します。
CADの治療法
非薬物療法
非薬物療法としてポピュラーなのは、寒冷曝露の回避と保温です。患者さんに転地療養(暖かい地域への移住)を提案することもありますが、効果の程度は人それぞれで、亜熱帯地域にも重症患者さんは存在します。
非常に強い貧血を認める場合は輸血を行いますが、輸血は免疫学的機序による副作用や感染性の副作用を伴うこともあります。また、冷たい血液をCAD患者さんに注入すると凝集が起こり、補体が活性化するおそれがあるため、輸血セットは温めておくなど十分な注意が必要です。
ほかに、急性期や低体温法が必要な手術時には血漿交換が実施されることもありますが、効果は一時的です。
薬物療法
薬物療法として最も一般的なのがステロイド療法です。ただし、有効性は限定的で特発性CADには推奨されていません。リツキシマブ単独療法やリツキシマブ+ベンダムスチン併用療法も多くのCAD患者さんに対して行われていますが、保険適用外の治療です。
このように、CADの適応で承認された治療法がないなかで登場したのが、「エジャイモⓇ」です。エジャイモⓇは、CAD患者さんの溶血を抑制する目的で開発された薬剤で、日本人を含めた成人特発性CAD患者さんを対象とした国際共同第Ⅲ相試験において、その有効性及び安全性が確認されたことから、2022年6月に「寒冷凝集素症」を効能又は効果として承認されました。
なお、CADを含むAIHAは指定難病です。エジャイモⓇのような新規の薬剤を使用する場合は認定を受けて、医療費助成などのサポートを得る必要があります。指定難病の認定基準は、厚生労働省が示す重症度分類(表)とリンクしており、Stage3以上が認定の資格があるとされています。
エジャイモⓇの登場により、今後、CAD患者さんのQOL向上が期待されます。
表 AIHAの重症度分類
Stage 1 | 軽症 | 薬物療法ならびに輸血を必要としない |
---|---|---|
Stage 2 | 中等症 | 薬物療法が必要で、ヘモグロビン濃度10g/dL以上 |
Stage 3 | やや重症 | 薬物療法または輸血が必要で、ヘモグロビン濃度7~10g/dL |
Stage 4 | 重症 | 薬物療法および輸血が必要で,ヘモグロビン濃度7g/dL 未満 |
引用文献
2)Kamesaki T,et al:Demographic characteristics, thromboembolism risk, and treatment patterns for patients with cold agglutinin disease in Japan.Int J Hematol 2020;112(3):307-15.
3)Broome CM,et al:Increased risk of thrombotic events in cold agglutinin disease: A 10-year retrospective analysis.Res Pract Thromb Haemost 2020;4(4):628-35.