自己血輸血|メリット・デメリット、適応・禁忌、手順など
- 公開日: 2024/4/5
自己血輸血とは
「自己血輸血とは、周術期に患者自身の血液を確保し、術中・術後の貧血の改善にそれを輸血する方法」1)であり、自己血輸血は院内での実施管理体制が適正に確立している場合は、医学的適応があれば自己血輸血を行うことを考慮します。
自己血輸血の種類は、貯血式自己血輸血、希釈式自己血輸血、回収式自己血輸血の3つがあり、症例により単独または併用して実施します。
自己血輸血のメリット・デメリット
自己血輸血には、同種血輸血に伴う輸血後感染症や免疫学的副作用の回避、手術時出血量の軽減、患者さんが医療に参加し病気と闘う意識を高める効果などがあります。今、献血者の減少が問題となっています。そのような状況のなかで自己血輸血を行うことは、同種血の有効な利用にもつながります。
最も多く施行されているのは、貯血式自己血輸血です。貯血式自己血輸血の問題点として、採血時の血管迷走神経反射(VVR)や細菌汚染、返血時の取り違えなどがあります。
自己血輸血の種類
1.貯血式自己血輸血
患者さん自身の血液を手術を施行する医療機関内で手術前にあらかじめ採血して保管しておき、術中・術後に患者さんに輸血する方法です。1回の採血量の上限は400mLです。体重が50kg以下の患者さんは、400mL×患者体重/50kgを参考にします。採血基準として貯血前Hb値11g/dL以上、採血は1週間に1回とし、手術予定日の3日以内は行わないため緊急を要する手術には適用できません。多くの施設では全血冷蔵保存をしています。施設の設備、貯血量や貯血期間によって保存方法を選択します(表1)。
長所 | 短所 | |
全血冷蔵保存 | ・特別な器具、装置を必要としない |
・保存期間が限られており、貯血量に限界がある ・採血後に貧血が進行する場合は貯血が困難である |
MAP加赤血球+新鮮凍結血漿(FFP)保存 | ・MAP加赤血球は、42日間の保存が可能である ・FFPを凝固因子補充に利用できる |
・大型遠心機が必要 ・エルシニア菌の汚染の危険性がある |
冷凍赤血球+新鮮凍結血漿(FFP)保存 | ・凍結赤血球は10年の保存が可能である ・FFPを凝固因子補充に利用できる |
・特別な設備が必要 ・冷凍や解凍などの操作が困難 ・血液の回収率が若干低下する |
当院の採血スケジュールとしては、手術日が決定後、①貯血式自己血輸血の適応を確認、②術前4~1週間前に2回の採血スケジュールをたてます。③検査データを参照して鉄剤内服(100~200mg)を開始します。術前検査等で診療科外来受診時にできるだけ合わせて計画します。
2.希釈式自己血輸血
手術室で全身麻酔導入後に患者さんの血液を採血し、代用血漿を輸液することで循環血液量を維持した状態で血液を希釈する方法です。手術中に失う血液も希釈されたものであるため、実際に失われる血液は少なくなります。採血した血液は、手術室内で室内保存し手術後半から終了時に手術室内で患者さんに返血します。採血量は貧血がない場合、15~20mL/㎏までが一般的です。希釈式自己血輸血は取り違え防止のため、手術室内での返血開始を原則としています。有効期限は原則として採血日(手術日)の24時までとしています。
長所 | 短所 | |
希釈法 | • 緊急手術にも対応できる • 新鮮血を用意できる • 希釈効果があり出血量を減らすことができる |
• 採血量に限界がある • 循環動態の変化の危険があるため、熟練した麻酔科医が行う必要がある |
※麻酔科医の速やかな準備・採血により、当院では手術時間の延長はほとんど認めずに施行可能です。
3.回収式自己血輸血
術中に出血した血液を吸引、または術後のドレーンから血液を回収し返血する方法です。前者を術中回収式、後者を術後回収式といいます。術中回収法は、手術中に出血した血液を吸引により回収し、生理食塩液を加え遠心分離機で洗浄し不要な成分を取り除き赤血球だけを返血します。回収式自己血輸血では、微小凝集塊除去フィルターの使用が必須です。普通の輸血用フィルターを使用した場合、脂肪塞栓など急性呼吸器症状を起こす可能性がありますので、必ず微小凝集塊除去フィルターを使用してください。
長所 | 短所 | |
回収法 | ・出血量の「予測が困難な手術や、主に術後だけ出血する手術では有効である ・大量出血にもある程度対応できる ・緊急手術にも対応できる ・手術前の自己血採血を行わないため、患者への負担が軽減される |
・回収した血液に最近や脂肪球などの異物混入の危険性がある ・術中・術後洗浄式回収法では回収するのは赤血球だけである ・溶血の危険性がある ・適応が限られている。例えば回収血に最近が含まれる手術では実施できない ・洗浄式回収装置は高価である |
貯血式自己血輸血の適応と禁忌
貯血式自己血輸血の対象は、出血量が600mL以上の予定手術で手術までに時間があるものが適応となります。T&S(タイプ アンド スクリーン)対象患者さんは原則として適応となりません。産科領域では、全身状態が良好、原則として持続出血がない、採血時Hb値10g/dⅬ以上を目安とします。
適応 | 禁忌 |
・循環血液量の15%以上の出血など輸血が必要と考えられる場合 ・全身状態が良好で緊急を要しない待機手術 ・まれな血液型や不規則抗体がある ・患者さんが自己血輸血の利点を理解し、協力できる場合 |
・全身的な細菌感染患者さんおよび感染を疑わせる患者さん ・不安定狭心症、中等度以上の大動脈狭窄症患者さん ・NYHA Ⅳ度の患者さん |
貯血式自己血輸血の実施
ここでは、貯血式自己血輸血の実施について解説します。
【事前に行っておくこと】
同意書の有無、本人の理解が得られているか、採血日までの準備について説明されているかを確認します。また、血液検査で異常がないかも見ておきます。
当院では、採血前の準備として
①バランスの良い食事
②規則正しい生活
③当日の十分な水分補給
④歯科治療を72時間以内にしないこと
⑤前日の過度な運動・飲酒を控えることを説明しています。
【実施当日】
●物品の準備
消毒用エタノール綿
ポビドンヨード液
駆血帯
防水シーツ
採血バッグ
採血器 または台はかり(秤):1kg用
ローラーペンチ
チューブシーラー
●採血の手順
①患者さんの全身状態を確認
感染を疑う所見はないか、前日の睡眠時間や当日の食事の時間、脈拍・血圧、貧血がないかをみます。体温が37.5℃以上は採血しません。
②自己血採血ラベルへの署名と同意書等を確認
患者さんに自己血採血ラベルに署名をしてもらいます。ラベルの内容に間違いがないかを確認して採血バッグに貼付します。また、同意書についても確認します。
③腕の下に防水シーツを敷き、穿刺部位を消毒する
採血するほうの腕の下に防水シーツを敷きます。穿刺部位を決定し、消毒用エタノール綿で消毒します。その後、ポビドンヨード液で穿刺部位から外側に向けて円を描くように消毒します。完全に消毒が乾くまでま待ちます。
④採血バッグのチューブをクランプする
空気が入るのを防ぐために行います。
⑤穿刺し、採血針が血管に入ったことを確認後、クランプを外す
⑥採血針が抜けないよう、テープで固定する
⑦採血中は患者さんの様子を観察する
採血中は医療者が常駐し患者さんの様子を観察します。
リラックスして採血が行われるような環境づくりに留意し、適宜血圧や脈拍、冷感の有無をチェックします。
貯血式自己血輸血の採血業務にかかわる看護師に覚えておいてほしいのは管迷走神経反応(VVR)についてです。VVRは採血時に血管拡張による血圧低下と、迷走神経の興奮による徐脈などを主症状とする反応です。特に採血終了直後にも見られますが、採血の途中あるいは採血および点滴終了・抜針後も出現する場合もあります。採血中は、患者さんへの声がけを多くして、その表情や返答に異変がないか注意し、万一VVRが起こっても初期症状の段階で発見できるようにし、発症時は速やかに対応します。VVR出現時は、直ちに採血を中止し、頭部を下げ、下肢を挙上します。バイタルサインを測定し、低血圧が改善しない場合は、生理食塩液や乳酸リンゲル液を点滴静注します。さらに必要があれば、硫酸アトロピン等の薬剤を使用します。初回の採血患者さん、低体重者、若年者、緊張が強い患者さん、睡眠不足、空腹の患者さんはVVRを起こしやすいといわれています。
血管迷走神経反応判定基準を示します。
必須症状、所見 | 他の症状 | |
Ⅰ度 |
血圧低下、徐脈(>40回/分) |
顔面蒼白、冷汗悪心などの症状を伴うもの |
Ⅱ度 | Ⅰ度に加え、意識消失、徐脈(≦40/分) 血圧低下(収縮期血圧<90Pa) | 嘔吐 |
Ⅲ度 | Ⅱ度に加えて痙攣、失禁 |
※必須症状、所見がなければVVRとはいいません。
※採血終了直後に発見する例が多いが、採血途中や帰宅途中に起こることもあります。
貯血式自己血輸血実施後時の観察ポイント
自己血輸血実施後時の観察ポイントは、同種血輸血と同様です。自己血輸血特有の注意点ですが、採血バッグには200mLと400mLがあり、採血量に見合った抗凝固剤がバッグ内に入っています。採血量が規定と異なる場合には注意が必要です。例として、採血量が少なすぎるとクエン酸中毒になってしまうため輸血速度を調整します。採血量が多い場合には凝集塊による目詰まりが起こらないか頻回に確認します。
引用・参考文献
1)学会認定・臨床輸血看護師制度 カリキュラム委員会:看護師のための臨床輸血 第3版.中外医学社,2022.p.101-8.
●厚生労働省医薬食品曲血液対策課:輸血療法の実施に関する指針(改訂版)(2021年10月29日閲覧)https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/iyaku/kenketsugo/5tekisei3a.html
●脇本 信博:実践・輸血マニュアル~自己血輸血から輸血療法全般の理解を求めて~.医療ジャーナル社,2012.
●日本赤十字社:輸血療法マニュアル 改訂7版、日本輸血・細胞治療学会、2018.
●日本赤十字社:輸血用血液製剤取り扱いマニュアル 2019年12月改訂版.
●日本自己血輸血・周術期輸血学会:貯血式自己血輸血の概要と実際(2022年12月12日閲覧)https://www.jsat.jp/jsat_web/jissai/cyoshiki.html